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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ナッティは逃がさない

作者: ともはっと

カクヨムで6話構成で公開していたものを短編としてひとまとめにしてみました。

あまり考えずに書いたものなので、尻滅裂かもしれませんが、ご容赦を。

……尻滅裂……。すっげぇ誤変換。このままにしておこう……。

(今、こいつは、何をこの場で言ったのだろうか)


 それが、その言葉を盛大に発表した自身の息子、カースに対して、この国の国王であるワナイ王が思ったことだ。


 それは、カース・デ・モロン王太子と、その婚約者であるヴィラン公爵の一人娘ナッティン嬢の婚約発表とあわせて行われた、王太子の学園卒業パーティにて、聞くはずもない言葉を聞いたからこそ思ったことであった。



 普段は、自分の息子であるからこそ「こいつ」なんて言うはずもなく。

 王位継承権第二位の王子と継承権争いをして血で血を洗う争いをすることなくただの話し合いで継承権を獲得した、まさに王となるべくして王太子の座を手に入れた誇るべき息子なのだから。


 だが、今その息子は、ありえないことを、大衆の前で発表した。

 それに、国王である自分が「なにを?」と思うのだから、周りはもっとそう思っているのではないか。


 この王太子ともあろう――いや、すでにこのパーティが始まったときからおかしいと感じ、若干の怒りさえ覚えていた今の状況とそのまさかの懸念を、こともあろうに、今この瞬間に実現させてしまったのだろうと、辺りのざわつきと状況に、自身の顔面から血の気が引いていく様を感じてしまう。



 この愚息には何度も言い聞かせた。

 これからのこの国の発展には必要なことだと何度も言い聞かせた。

 その度に理解していると言い、この国の発展を願い、信頼のおける臣下の友人達と切磋琢磨していた息子はどこにいったのか。



 ワナイ王はなにかの間違いであろうと、ユニークなジョークではないかと――この大陸におけるもっとも格式高い学園と、五王国から評判で、そこに五王国のあらゆる爵位持ちの次期爵位継承者も集まっている学園の卒業式であるからして、この場にいる子の親は各王国でも選りすぐりのエリートであるのだから、どちらにしても今回のような馬鹿げたジョークは、王国の品位を疑われるものである――王太子の周りにいるその信頼の置ける未来の臣下達を見れば、言い放った本人を誇らしげに見ている。王太子だけではなく、一行の独断行動だということはよくわかり、更にワナイ王の顔色が変わっていく。



 では、先日、このパーティで重大な発表をすると説明した際にも神妙な表情で頷き、その発表に相応しい贈り物を用意したいと願い、王家御用達を無理やり呼び出して西国の宝石商から大量の宝石と指輪を購入していたが、その指輪は――まさか。



(待て待て。

 私はそんなことを重大発表しようとしたわけではないぞっ!?)



 ワナイ王は、このパーティが始まる時点で気づくべき、いや、おかしいと思った時点で、それを正すべきだった。


 このパーティの始まり。

 本日主役となるはずの愚息と、その愚息の正式な婚約者の発表において、婚約者の令嬢がエスコートもつけずに一人で入ってきたとこと。

 そのときに、王は、ざわつく会場とこのパーティを一時中断してでも、愚かな行為を止めるべきだったのだ。

 

 国王が息子のために主催したパーティにおいて、令嬢がエスコートもつけずに一人でパーティ会場に入ってくることも恥である。その令嬢がこの愚息の婚約者であれば尚更愚息がエスコートしなければいけない立場だというのに。

 愚息がエスコートをしていたのは誰だったかと憤りを感じながら、階下にいる愚息を背後から睨みつけた。


 その愚息の側にいるのは、去年学園に入ってきた新入生の後輩の令嬢。

 人当たりがよく、護ってあげたいと庇護欲もそそられると身辺調査で聞いていた、ナッティン嬢の王妃就任後に側仕えとして仕える予定の男爵令嬢だ。


 その男爵令嬢は護られるかのようにカースの背に隠され、またその周りはカースの護衛や側仕えといった、この国の将来を担う重鎮の子等にしっかりと護られている。


「……今、なんといわれたのでしょうか」


 そんな大勢の男達の正面で、ただ一人。


 我が王国最大の勢力を誇り、王国の盾でもあり剣でもあるヴィラン公爵――国王を決める特別な権力を持つ選帝侯という官爵をもつヴィラン選帝侯の一人娘、ナッティン嬢がその口調からも分かるほどに、冷徹なまでに冷気を伴う声をあげた。


 (なにをやらかしてくれているのだ)


 国王は思う。

 なぜなら、国王の側近であり親友であるヴィラン公爵が、長年付き合った間柄であっても、見たこともない怒りの形相で冗談抜きで刃を国王の首元に突きつけているからだ。


 幾ら親友であるからとはいえ、不敬である。

 だが、不敬を犯したのはこちらが先であり、それこそこちらが望んで頼み込んだことであるからこそ、これを冗談としてではなく、本気で受けるべきなのだと思えてしまい、ごくりと、国王は突きつけられた刃に喉を鳴らすしかなかった。


 何より、この不敬がまかり通ってしまうほどに、今この王国は、王族よりも公爵のほうが人気なことが問題でもあるのだが、それを解決するための今回の子同士の婚約だ。


 だからこそ。


 なにを、やらかしてくれているのだ。


 そう、国王は思うことしか今はできなかった。


 そんな、自身の親である国王の命が尽きようとしていることはお構いなく。


 階下で国王の愚息は、勝ち誇ったかのように高らかに馬鹿の一つ覚えのようにナッティンから聞かれた問いに答えるのだった。


「何度でも言ってやろう! この国の王太子である、私こと、カースに、お前は相応しくない、と!」


 と。









▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■




「……私に相応しくない、とは、どういう意味でしょうか、殿下」


 私――カースは、その冷たき瞳で冷気さえ発せられているかのようにその言葉を紡いだ目の前の令嬢にもう一度言い放った。


「ああそうだ! お前のような人のことをなんとも思わない冷酷な女は王妃に相応しくない!」


 その冷たい瞳とその声に、体がぶるりと震えるが、ここで尻込みする私ではない。

 なぜなら。

 私はこの王国の王となる存在。

 この王の側に相応しい存在はただ一人だけだ。


 私の周りに知らしめるように大きな声で発した発言に、先に私が発した発言が確かであったと、ざわざわと辺りがざわめいた。


 これでいい。

 これで私は彼女から解放される。

 そして、本来の愛を勝ち取るのだ。


 私は自分の背後に彼女から隠すように身を寄せる令嬢をちらっと見た。

 瞳は常に閏いを帯び、その瞳に見つめられるだけで自身の存在価値を確かめることができる。


「大丈夫だ」


 私が想いを馳せる彼女を安心させようと笑顔を向け、同じく今回の状況を踏み出すことを理解してくれた、共に彼女を護ってくれる優秀な友人であり未来の配下に任せると、私は改めて目の前の相手――私の発言によって、私の婚約者という肩書きを過去のものとしたばかりの、王妃候補と成り下がったナッティをにらみつけた。


 そもそも、ナッティは私に相応しくないというのも昔から分かっていたことだ。

 ナッティは事あるごとに私に盾突く行為を何度もしてきた。

 私は王になるべくして生まれた存在だ。

 そのように私に意見をする者など必要ない。私の発言が正しいのであるから、ナッティも私を常に立てて私の意見を肯定し続けていればよかったのだ。


 それだけに留めておけば、今回のようなことを私はしようとも思わなかった。

 もう少し穏便に済ませることだってできたのだ。

 それこそ、ナッティは才色兼備であるのだから、私の傍にいても見劣りしない程度にはよくできる女なのだから。


 なのに、彼女は、学園に入学してきたばかりの彼女――ロォーン男爵令嬢ディフィを執拗に苛めたのだ。


 なぜ苛めたのかは明白。

 入学したててで右も左も分からない彼女に、私が声をかけたからだ。

 それからも何度か交流を重ねていくうちに、気づけば私の側で私と共にいるようになった彼女が気に食わなかったのだろう。


 本来であればその場所にいるのは私だとでも言っているかのように、執拗に幾度となく嫌がらせを行ってきたそうだが、私の周りでそれを行うことがなかった為に気づくのが遅れてしまった。

 だが、つい先日。やっと尻尾を捕まえることができた。周りからそれも証言が取れている。


 ディフィが何度も受けた仕打ちは次第にエスカレートしていったと聞いている。

 彼女に言われもない嫌疑さえかけて孤立させていたという事実も、学園生活を楽しみにしていた彼女にとって苦痛以外の何物でもなかったであろうが、ナッティは公爵というこの王国にとって最も位の高い貴族の娘だ。

 その彼女が娯楽として楽しむ分には誰も文句は言えないし、私も同じように学園内で楽しんだこともあるくらいだ。

 ただ教科書を隠されるとか荷物が見つからなくなる等であればまだ可愛い嫌がらせとして笑うことも出来たのだ。


 それが彼女が男爵としての貧しさから爵位持ちの娘でありながら街中で路銀を稼ぐために働く食堂にも被害が及んでいたとなれば話は別だ。

 食堂に押し入り彼女を辱めようとした輩も、ナッティの差し金だったと聞いて、そこまで性根が腐った悪女だと思ってもおらず、私も落胆した。


 彼女は公爵の娘だ。

 そのようなことをしても許されると思っている節がある。

 であれば、それを正すのもまた元婚約者でもある私の役目であり、そのような大貴族が率先して嫌がらせを行うというこの事態を、この国を憂う一人の貴族として、断罪すべきであるのだ。


「そうであれば、今一度。聞き間違いではないように、私をどうされるのか、今一度お聞かせ願えますか?」


 キッとその目に涙を浮かばせて睨みつけてくる元婚約者の、そのような表情を初めて見た私は酷く動揺した。


 まさか、いつも強気なナッティでも悔しいと思って涙を見せるのかと。

 私が宣言してから常に俯き加減で表情が伺えなかった彼女が持ち上げた拍子に辺りに辺りの光に反射して宝石のように散らばる涙が、彼女の美しさを際出させた。


 思わずその姿に、私の心は揺らいでしまう。


 ぞくりと。

 普段の強気な彼女が見せたその涙に嗜虐心が芽生え、手元から手放すには惜しいとさえ思えてしまう。そんなことを思うのだから、私は少なからずナッティに情があったのかもしれない。

 だが、私の想いは本物である。

 だからこそこのような悪女とは縁を切るべきなのだ。


 そして私は、目の前の悪女に、周りにも、彼女に私の愛を伝えるためにももう一度宣言する。


「お前とは、この場で、婚約破棄する!」

「――嬉しい」


 ――だからこそ。

 ナッティが、嬉しそうに瞳に涙を溜めて私の言葉に食い気味に言ったその言葉に、


「……え?」


 と返すことしか、できなかった。







▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■





「丁度陛下もいらっしゃることです。今ここで高らかに婚約の破棄を宣言いただきましょう!」


 涙を流していたはずの彼女――今しがた、周りに忌諱の目で見られていたナッティが、嬉しそうに顔を綻ばせ、婚約破棄の発表を盛大にするように促す。


 まるで自身の宣言を無視してあくまでこの国の王へ促すその発言に、カースは一気に頭に血が上った。


「な……わ、私が宣言したのだからそれはもう婚約破棄となるであろう! なぜちち――陛下に行って頂く必要が――」

「名前の通りの馬鹿ですか貴方は」

「なっ!?」


 ため息交じりにぼそりとカース王太子だけに聞こえるように呟いたナッティは、はっと口を抑えて失言だったと自分を恥じた。


 とある人に聞いた「馬鹿でカス」という話があまりにも面白くて、その話の「カス」という部分がとにかく目の前の王太子にぴったり合うと常々思っていたからこそ出た発言であるのだが、ナッティはこの国においても王国の王を選ぶ選帝侯と呼ばれる公爵家の後継者であり、さらには、現公爵である父は、王位継承権をももつ【王爵】である。だからこそ、そのようなはしたない言葉は発してはいけなかった。


「貴方はあくまで王太子であり、国王ではございません。まずそこを履き違えないようにお願い致します」

「何を。私は――」

「この婚約は、貴方が持ってきた縁談でもありません。そしてそれは国からもちかけてきた縁談だということは理解されていますか? カース(ばかおうじ)様」


 だからこそ。

 しっかりと伝える必要があるのかと思うと、ナッティからは呆れたため息しか出てこない。だけども、あまりの嬉しさに、滲み出てしまうのはどうしようもなかった。


「貴様……この国の王太子を侮辱するとは」

「まず、侮辱をしてきたのは貴方ですよ」

「……は?」


 王太子だからこそ。

 国王だからこそ。

 そのように、扱ってはならないのだと、理解していないからこそ、この王太子は、王足りえないのだと。


「貴方が侮辱したのは、私だけではありません。貴方の父親である国王、並びにこの私との婚約に至るまでに奔走した関係各所――貴方に関わったすべての方を侮辱したのですよ?」

「……はっ。なぜ私がお前との婚約破棄で、お前ごときとの」

「ごとき、ですか。なるほど。貴方はつまりは――」



「――貴方を王として選定するべき、我が父である、選帝侯そのものを侮辱していることを、その程度、ごときと。おっしゃっているのですね?」

「選定……ははっ、なに――」

「カースっ!」


 この元婚約者は何を言っているのかと。

 世迷言を言って、そうまでして自分と別れたくないのかと失笑しかけたところで、カースを頭上から呼ぶ悲痛な声が館内に響いた。


 その声はあまりにも焦りに満ちた声であり、その声を出した相手がそのように焦ることを見たことがなかったカースは、目を見開いてしまう。


「お前は今、自分が何をしているのかわかっているのか……っ」


 そのカースが見た先にいたのは。

 自身の父――つまりは、国王である、ワナイ王だ。


「……は?」


 その王の首に添えられているのは、斬れ味の良さそうな剣である。その剣を、王に向けているのは、ナッティの父、ヴィラン公であると気づいたカースは、自身の腰に携えた剣を勢いよく抜いた。


「き、貴様っ! 血迷ったか! いますぐ父から剣を離せっ! 謀反に値する反逆罪だぞっ! みなのもの! 今すぐあの男とその馬鹿な娘をとらえ――」


 だが、この国の国王に白刃が向けられているという国の存亡のかかった状況にも関わらず。

 その場で剣を抜いて勇敢にも戦おうとしたのは、カースとその取り巻き――侯爵家で固められた仲間たちだけであった。


 その仲間たちの親である現侯爵達でさえ、自分の子のために戦おうとしないその異常事態に、王子達は孤立している事にすぐに気づいた。


「カース……そなたは……本当に、知らぬのか? 王族であるというのに、今この状況に陥っていることさえ……理解、できぬと……」


 王が、落胆の表情を浮かべ、項垂れた。


「すまぬ……ヴィランよ……このような者に、大事な一人娘をあてがおうとした」

「……時は戻らぬよ。この時間を無駄にしないためにも、何度も進言したのだけども、ね」

「……すまぬ。すまぬ……」



 カースは、自身の父である王が、人目も憚らずに涙を流しだしたことに、見放されたかのような印象を受けた。

 王のあまりの無様と落胆に、ヴィラン公も刃を納め、いくら親友とはいえ不敬を働いた謝罪のため、忠誠の証を見せるためにも臣下の礼にて王の前に跪く。


「選帝侯……? それが一体、なんだと……」


 それほどまでにヴィラン公が偉いのか。王はこの国でもっとも偉いのではなかったのか。


 選帝侯。


 それは一体なんなのか。

 カースは、何が起きているのか、理解できなかった。


「選帝侯。……それさえも知らないのですか? 馬鹿ですか?」

「な、なんだ……それはっ!」


 カースの言葉に、辺りの空気が一気に変わった気がした。


 その空気を、なんといえばいいのだろうか。


 『王太子が王となった暁には、滅ぶであろう』


 という空気であろうか。

 誰もが、この王太子を見限った瞬間であったのは間違いない。



 カースはここで自分は、この悪女から逃げることはできないのだと理解する。




 だが、カースはその考えは間違えていることに、気づかない。




 ナッティは、悪女でもなんでもない。


 ただ、彼が、彼自身が、馬鹿だからなのだと。

 本人が、気づかないだけなのだ。



▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■




 この国は西南北を他国に囲まれた国だ。

 各国とは不可侵の同盟を結んではいるものの、囲まれているからこそ国力は増えることはなく、また各国への牽制のために領都を設け、各都が軍備を充実させて牽制することでこの国は守られている。

 ただし、東のみは、人ではなく大森林『封呪の森』から魔物の侵略を防ぐために設けられた防衛拠点がある、少し特殊な領都であった。

 それが、ヴィラン公爵の治める辺境都市であり、五大王国随一の軍備と、東に広がる果てなき森を統べて開拓する役目を持つことから、王家と同じ権力を持つ、モロン王国の麾下でありながらも五大王国の一つとして数えられる、『国』なのである。


 中央と東のナニイット大陸を統べているからこそモロン王国は巨大で、他の王国に対しても発言力もある。


 そんな東の王国と言われる、『領都ヴィラン』と互いの力関係にも関わる有益で堅固な関係性を保つ為の、モロン王国王太子とナッティの婚姻話であり、嫌がるヴィラン公爵とナッティ令嬢を何年もかけて説得した、言わば、王国の一大プロジェクトであったのだ。



 それを、ただの一言。

 盛大に他国の重鎮もいる中で、カース王太子は、婚約破棄を言い放った。

 解消ではなく、破棄であるからこそ醜聞もまた悪い。


 それがこの今の状況である。


 ナッティ令嬢には落ち度はなく、また、沈着冷静、聡明であり、見た目も傾国とまで言われるほどに整った、彼女を手に入れればすべてが安泰とまで言われる引く手数多の才色兼備の令嬢である。


 どれだけの王国内の重鎮が彼女と王太子の婚約に力を注いだか。


 そのようなことも分からない王太子に、ナッティは三行半を叩きつけた。

 決して、王太子が思うような、「自分がナッティを言い負かした」状態には程遠い。


「私も貴方のような馬鹿と添い遂げたいとも思えませんし、あなた方の本来の婚約者もさぞかし恥ずかしいでしょうね」

「な、なにを」

「複数人の男子が、それも国を背負うべき未来の高位爵位の後継者が、たった一人の女性の愛を得ようと盲目的に愛を語るさまは、とても滑稽でしたわよ」


 ふふっと、不敵な笑みを浮かべては王太子の取り巻きを挑発するナッティ。

 王太子だけではない。

 ナッティが今断罪すべきは、その周りもである。


「現を抜かし、誰か一人でもその令嬢の愛を勝ち取ったならまだしも。誰一人得られず、しかも得られない愛に婚約者さえも蔑ろにし、自ら破棄して自由の身になろうとする始末」


 取り巻き達が痛いところを突かれたのか、「うっ」と呻いて俯いた。

 そんな中、カースだけは取り巻きの呻きにほくそ笑む。


 自分はこの中でもっとも高貴であり、令嬢の愛も勝ち得ていると思っているからだ。でなければこのような暴挙にもでないであろう。


「違うのですよ。貴方達が破棄をしたわけでは。貴方達が、御令嬢方々から呆れられて解消したいと相談を受けたからそうなったのですよ。破棄なんて、女方が迷惑を被るだけ。なぜ貴方達のために私達が被害を受けなければならないのかとか、思いませんこと?」


 婚約破棄は自分達が彼女のために行ったこと。


 盲目。まさにそれである。

 自分達以外がどうなるのかさえ考えないからこそそんなことができるのであって、浅はかな考えだからこそできるのだ。

 簡単に婚約破棄なぞ、できるはずがない。


 特に王太子の取り巻きであれば、爵位も上から数えたほうが早い。互いの領地への利益さえ生まれるのだから、そう簡単に破棄できるわけがない。

 なのに、いとも簡単に苦労せずにできてしまっていた。


 なぜ? 彼らは考える。


 婚約解消。

 婚約破棄とはまた違った意味を持つそれは、婚約そのものをなかったものとする。

 円満解決は、こちらである。


 そんな話は聞いていない。

 取り巻き達もこのような公式的な場ではないが、高らかに婚約を破棄したことで、自身の愛を彼女に伝えたのだから。


「自分達の親から、聞いていないのですか?」


 取り巻き達が自分達の親をきょろきょろと頼りなく探し出した。


 その親達は真っ青な顔で、今にも倒れそうになりながらも、自身の子供達が起こした問題をどのように収めるべきなのかを必死に考えている。

 まだ公の場ではなかったのであれば、何とでもできたのだ。

 だから他侯爵家の取り巻きは、破棄宣言――誰にも認められていないが宣言を行えたのだから。


 破棄であれば、破棄を訂正すればいいだけ。

 そんな浅はかなことを思って行ったであろう行為の危うさに、取り巻き達は自分達の元婚約者へ目を向けた。

 その婚約者達は、自分達を汚物を見るかのような目で、見るのも嫌だというていで見つめ続ける。


「あ……」


 婚約解消。

 その意味を、理解した。


 破棄であれば、このような場にさえ出ることができないのだ。

 解消であれば、傷がつかないのだ。窮地に陥ったときに庇護さえしてもらえたかもしれないのだ。



 彼等は自らの首を絞める。

 自分達の未来を、少しずつ理解していく。



 短い言葉だけでこの場を支配したナッティ令嬢。


 その短い言葉で、カース王太子と後未来の侯爵貴族は実力不足で能無しであると盛大に辺りに知らしめた後。


 ナッティは誰もが見蕩れてしまう程の笑顔で辺りを惚けさせながら、彼女は更に告げる。


「おいで――」


 そして、小鳥を呼び寄せ乗せるかのように手のひらをとある相手へと向けた。




▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■




「いくら私にとって遠い存在だとしても。いくら私が貴族の中でも下位であっても」


 そう彼女は、あの学園の美しい花がぱらぱらと心地良く舞い散る大樹の下で、高らかに謡う様に宣言していたではないか。


 それはカース王太子を含む王太子の子爵より上位の階級だけで固められた取り巻き勢が彼女に心を奪われた瞬間だった。


 まるで演目のようにその大樹の下で、舞うように、請うように、愛の言葉を告げる彼女。

 人懐っこい性格で、誰からも好かれる、可愛げのある男爵令嬢だ。


「私には、貴方を諦めることができないのです。なぜなら私は、深くお慕い申し上げているから――」



 その告白とも取れる彼女の仕草と言葉に、カースはすぐに虜になった。

 自分に向けて言われたその言葉に、その言葉に答えたい。今すぐ彼女に駆け寄りたいと思った。


 だが、それは婚約者のいる自分にとって禁句タブーではないだろうかと自分の気持ちにブレーキをかける。


 ……婚約を破棄すればいいのではないだろうか。

 いやだけども。

 もし彼女が自分のものにならなかったとしたら。

 私は、笑いものではないだろうか。

 だが、自由でなければ彼女の愛に答えることはできない。


 王太子としてそれは許されることではない。


 ああでも。彼女の傍で彼女と語らいたい。

 その瞳に自分だけを映しこませ続けたい。


 日に日に想いは募る。


 その想いが暴走へと至るまで、さほど時間はかからなかった。

 それは自身の取り巻きの彼女への猛烈なアピールがあったからこそ焦りからということもあったのだろう。


 彼女の名前を知った。彼女の名前はディフィと言う。

 爵位持ちの彼女であることを知った。ロォーン男爵の令嬢だ。それであればいくらでも私の力でどうとでもできるだろう。

 彼女の好きなものを知った。彼女に毎日のように贈った。

 彼女がどこに住んでいるのか。彼女がどこで働いているのか。彼女の私生活は。彼女が何をしているのか。彼女は今どこでどうしているのか。


 逐一、自身の護衛を走らせ調べさせた。朝も夜も、どこにいるのか逐一。

 体調が悪そうな時があればすぐさま駆けつけて介護し、彼女に困ったことがあればすぐさま駆けつけて護り。


 そうやって、周りの取り巻きからも護って自分との時間を少しずつ増やしていった。



「あの時、あの場で君が伝えてくれたあの告白を、私は受けようと思う」


 次第に仲良くなって、ついには先日告白をした。

 答えはもらわなくても分かる。いや、すでにもらっているのだ。

 彼女は、あの時から自分のことを愛していると――




「な、なぜ……」




 ――そう、思っていた。

 だから、カースにはそれが信じられなかった。




「おいで。私のネコ」


 ナッティがそう言った時に、自分達の背後から一気にナッティへと駆け寄っていくその影を。


 ナッティから隠していた彼女――ディフィが、ナッティへと令嬢にはありえない程にはしたなく駆け寄っていく様を。


「お姉さまっ!」

「あらあら。走ったりしてはしたないこと」

「お姉さまが私を呼ぶのなら私は誰にどうみられようともかまいませんわっ!」


 ナッティの開いた両腕に包み込まれるかのように、突撃するかのように飛び込んでいった彼女を。

 彼等は、見ることしか出来なかった。


 令嬢が外聞を気にせず走るなんてことをするわけがない。

 そんなことを思うのは当たり前だ。

 そもそも走ることができるようなドレスではないのだし、彼等からしてみると、彼女は自分達に護られるべき人であるので、自分から離れるようなことをするわけがないのだから。


「貴方達が何を勘違いしていたのかは存じ上げないのですが」


 自分へ甘えるように抱きついてきたディフィの頭を愛おしそうに撫でながらナッティは王太子達を見る。


「気持ち悪かったそうですよ。毎日のように見張られ続けて休める場所もなく、具合が悪い時も離れず付いてきて、お花を摘みにいくことさえままならなかったと」


 にこやかに宣告する彼女に、王太子達は何を言っているのか理解ができない。

 すでに自分達から彼女が離れていったことで、思考が追いつかないようだ。


「何度も相談を受けました。時にはあまりにも辛くて涙ながらに話をされたこともありました。ですので、私も何度も貴方達にはご忠告差し上げたとは思うのですが、聞き入れて頂けなかった上に、私のことさえも中傷する始末。その上、勘違いして自分達の婚約者方を傷つけていく様は、常軌を逸しておりましたわ」

「お姉さま……申し訳ありません……っ」


 ナッティの責めるような言葉に、ディフィが顔を真っ青にして謝罪の言葉を述べると「あら、貴方は被害者なのだから謝るところはどこにもなくってよ」と更に彼女が蕩けるように満面な笑みを讃えて彼女を慈しむ。


「だから。貴方達が。彼女の愛を得られているなんて思うことがそもそもの間違いなのですよ」

「あぁ……お姉さま……」

「なぜなら。私が――」


 くいっと、彼女の顎に手を添え、自らの瞳に彼女を満遍なく納めるかのような仕草。実際、ナッティと彼女の目には、お互いしか映っていない。

 そのナッティの瞳に映る自分と、自分だけがディフィの瞳に映っている。


 その瞳を堪能しながら、彼女は告げる。


「――彼女に愛を囁かれていた、本人なのですから」


 そう。

 ナッティは。

 女性が好きなのである。




▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■▢■



 王太子と取り巻きの無様を晒した卒業式から明けて一ヶ月後。


 ナッティと王太子の婚約は王国側の正式な場での謝罪を持って婚約解消となった。

 婚約解消に伴い、カース王太子とその取り巻きの侯爵家の第一継承権を持った若者達は廃嫡となり、王太子と共に東以外の領都、または外国へと移転し蟄居させられている。


 あの一件から、ナッティはより評価をあげてしまい、王太子との婚約も解消したことから、外国、国内、領内からも引く手数多となっていた。


 選帝侯であるヴィラン公もまた、婚約者のいなくなった公爵令嬢として、行き遅れ、適齢期にならないよう彼女に新たな婚約を求め、お見合いを勧めているのだが、彼女は頑なに拒んでしまっている状態だ。


 現場にいなければ、それは彼女が男性不信となってしまったとも思え、そこからまた新たに美談が生まれていくのだが、現場にいた誰もがそうではないことを知っている。


 そして、それを知っているからこそ、


「お姉さまーっ」


 彼女の周りには、今日もナッティが王都に開いたお茶会には令嬢が集まっている。

 その彼女を見る瞳はうっとりとした様相であり、彼女をどのように見ているのか親としては心配になるような表情を浮かべる令嬢がほとんどなことが、またヴィラン公を悩ませているのだが……


「あらあら……今日も皆さんお元気なこと」


 ナッティは適度に楽しんでいるようで。

 その傍らには、数名の令嬢が固定で付き従う。その中には、先の被害者であった、ロォーン男爵令嬢のディフィの姿もあった。


「……」


 だがその表情は暗く。卒業式を迎えてナッティが学園を卒業してから日に日に暗くなっていく。


 それはあの一件による関節的な噂によるものではないかとナッティは考えていた。


 ナッティはあの時、相手を真っ向から打ち崩して婚約解消を自らもぎ取った。

 しかし、ディフィは、被害者でありながら結局は何もしておらず、助けられた令嬢という肩書きがつけられてしまっていた。

 そこまでなら、また悲劇のヒロインという印象がつけられるのだが、悪いことに、噂が噂を呼び、複数人から婚約者を奪った令嬢として悪名が轟き始めていたのだった。


 ナッティはその悪名を払拭するためにこの一ヶ月間、ディフィのためとも言えるお茶会で、友人と共に奔走し、その払拭に成功していたのだが、それでもやはり愛するディフィの表情の曇りが取れないことを心配していた。


 婚約解消による攻防を繰り広げたナッティでも、何が原因なのかが分からないまま、愛しい女性の考えが分からないのは辛く。


「ディフィ、何か心配ごとがあるなら話して? 私も辛いわ」

「……お姉さま」


 その憂いを晴らしてあげたい。

 悲しげに自身の手に優しく触れるナッティがその想いを告げる。


「お姉さまは卒業されたのでもうすぐ領都に戻られる……私は、私は……もうお姉さまに会えないかと思うと、離れてしまうと、私は……」


 ディフィは意を決したように自身の想いを伝える。


 離れたくない。

 ただ、それだけのことで、そこまで悲しむディフィがとても愛らしくて、思わずナッティは盛大に笑ってしまった。


「お姉さまっ! 酷い!」

「あははっ……ごめんなさいねディフィ。許して頂戴。でもディフィ。ディフィは私の元へと来ないつもりなのかしら? 元々私の侍女になる予定だったわよね?」


 「寂しいわ」と伝えるナッティがにやりと意地悪そうな笑みを浮かべると、ディフィは、嬉しさに花開くように笑顔を浮かべた。


「っ! 是非! 今すぐにでも!」

「愛い子ね」



 そして二人の瞳にはまた互いしか映さなくなる。

 その二人の世界に、周りも熱くなって目をそらしつつも興味は尽きず。



 一度手に入れたものは逃がさない。

 彼女の本拠地の領都には、彼女の元へ馳せ参じる令嬢がこれからも多くなりそうだ。




 そんな彼女達を――



 ――ナッティは、逃がさない。





 完

読んでいただきありがとうございます!

面白かったら☆様評価を、どうぞよろしくお願いいたします。



ナッティはこれからも女性を虜にしていくんだろうなって思ってます。


なお、本作品は、本来は別作品のお話から抜粋したものとなります。


■シトさまのいうことにゃ ~今日もキツネさんはのんびりまったり勇者育ててます~

https://ncode.syosetu.com/n4786iy/


ナッティはほぼほぼなろう様側ではでてきておりませんが、カクヨム側の最新のほうでは本話の長い版が現在(2024/07/07時点)進行中となりますので興味がありましたらカクヨムのほうでもお楽しみいただけますと幸いです。(なろう様側で人気ないみたいなので更新止まってました^^;)

(そのうちこちらでもおっかけ更新する予定ではあります)

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