3.復帰
「ソレイユを失ったのはあまりにも痛手だ…と思っていたのだが。つまり貴官、そういう事で良いのだな?」
「条件がある」
リコルは怒りを抑えながらも、交渉の場に本部長を引きずり出す事にしたようだ。
しかし、一筋縄ではいかない。
「条件だと。貴官、どの面を下げてその発言を?以前、ソレイユと引き換えにここを去る、そういう条件で致し方なく貴官を手放した。
しかし彼女がいなくなった以上、貴官はまたその代わりを務めねばならない。そういう条件だったはずだ。そこから更に、何か条件を追加するつもりか?」
「無茶を言うつもりはない」
本部長は硬い顔のままため息をついた。
「一応聞いておこう」
「感謝する、本部長。条件は三つ」
――――――
人間では不可能な工事や探索を目的とし、より操りやすいようにと開発された強化外骨格、アシストオペレーター。人類は力を平和に注ぎ込むべく、研究に研究を重ねた。
その過程、誰が考えついたのか。いや、誰もが考えはしただろう。AOの軍事転用。
それが、彼女らの搭乗するアドバンスクリプト、通称ACESである。
エーシーズの大きさは成人男性の十倍以上、二十メートル程度。その大きさと迫力に魅入られる国は少なくなかった。
それら試作機は軍事的実験の為、力ある国から、力の無い国、それも火種を抱える国へと流れた。
しかし、そのあまりの威力故、次第にパワーバランスは崩壊。国という概念は崩壊してしまう。
そして更なる開発や研究、争うように新型を作って言った結果、軍事予算が莫大となり、政府が回らなくなっていく。最終的に権力は軍に集まり、軍部が実質的な国の役割を果たすこととなった。
リコルとセレナが所属していた、ヴェスパーも、国であり軍である。
歴史は繰り返される。世界は再び大戦争へと向かい始めることになった。
「ソレイユ!無茶をするな!」
「何のこれしき!」
セレナ・ナギ。彼女はリコル程では無いにしろ、才能のあるパイロットだった。
[うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!]
チャンネルの設定すら出来ないのか、情けない叫び声は全員に届いてしまう。
無理な突撃と同時に斬れない剣を振り回す敵機体。それをいなしたセレナは、コックピットがあると思われる胴体を袈裟斬りにした。
[こんなものが…エーシーズなんて開発されなければ…]
「本当にそうね…」
真っ二つになった機体。名前も知らないパイロットが絞り出した、悲痛すぎる最期の呟きは、敵味方関係なく遺された。
良心が痛まないかと言われれば嘘になるだろう。誰だって人を殺めたくなどない。敵は敗走を余儀なくされた。
「…」
「敵は去ったが油断するな。ソレイユ、切り替えろ」
「分かってる」
しばらくの沈黙の後、明るい声で戦友が尋ねる。
「そうだ、ソレイユはエースパイロットの候補だろ?そろそろ専用機が手に入る。考えは纏まったか?」
「まだ決まってはいないけど…」
「頼むぜ。自分専用ってことは、今まで感じていたかゆい部分が全部直せるって事だ。専用機に乗ってこそ自分の本来の実力が出せるってもんだろ?」
「結局なんだけどね…」
――――――
「『何度倒しても目の前に必ず現れるのは、いつだって量産機。
壊れてもすぐに直せるから便利で、それでいて愛着が湧きすぎない。使い捨てにしても、すぐに同じ機体に乗れる。
完璧には程遠いけど、だからこそ理想の機体』セレナはこう言っていた。だから私は、量産機に乗ることにした」
「アレはもう使わないということか。なるほど。では二つ目は」
「セレナが消息不明になった地域付近での任務をさせて欲しい。これが叶うなら、毎日出撃する」
「毎日か、貴官は正気では無いな。それでは三つ目はなんだ」
「その戦場で私の機体から、全ての無線に鼻歌を流したい。セレナはいつも歌っていた。この歌を聞けば無線を返してくれるかもしれない」
「確信が深まった。本当に、おかしくなってしまったのだな。
機体から全ての無線に、その意味を理解しているのか?」
「勿論、分かってる」
「隠密行動など出来はせんぞ。作戦に支障が出るのは当然として、貴官が生きて帰る事すら難しくなる。本当にわかっているんだな?」
「くどい。それでもいい。どっちにしろセレナを見つけられなければ私には生きている意味が無い。」
「例え、戦場に一人で向かうことになってもか?」
「私にそれが出来ないとでも?」
「…テストの用意をせよ。ネームド一人を含めた七人、これを倒して見せろ。実戦形式、それも訓練用の武器は使用しない。眼前の死から生き残る難しさを再確認したまえ。いいな?」
「イエス・サー」
いつもと変わらない鉄仮面。しかしそこにはいつの日か無くしていたはずの、あの人が忘れさせてくれたはずの狂気が宿っていた。