7 婚約者たちの面倒ごと
カーティスが二年生になると、婚約者のアマンダ、弟である第二王子のジェレミー、その婚約者のマジェリーが新入生として学校に入学した。なかなか濃い面々がそろった年だ。
アマンダとマジェリーは同じクラスで、そうしないうちにアマンダ派とマジェリー派の派閥ができ、関係は微妙ではあったが、どちらも令嬢らしく問題を起こすようなことはなかった。
そこに第三の勢力が現れた。
エイミー・ウォード男爵令嬢。父親は一代で財を成したやり手の貿易商で、五年前に男爵位を得た新興貴族。それ故にエイミーは庶民感覚が強く、一部貴族からは礼儀がなっていないと不評を得ていたものの、持ち前の明るさと見た目の愛らしさ、実家の財力でそれなりの人気を博していた。
学校から帰ってきたカーティスから時々耳にしていたその名は、日を追うごとに頻繁に聞くようになっていった。どうやらお気に入りらしい。年頃の少年だ。問題を引き起こさない程度の分をわきまえた付き合いで済ませてくれることをエディスは願った。
月に一度のアマンダとのお茶会は、二人に合わせて学校内のサロンを借りて行われるようになり、その時だけエディスも学校に向かい、サロンのキッチンを借りお茶の準備をしていた。
アマンダは相変わらず饒舌で、学校であったこと、サロンであったこと、夜会であったことなどをカーティスに語っていたが、やがて回を追うごとにエイミーを中傷する発言が増えていった。
半年ほど過ぎたある日、アマンダは友人のアーシャの婚約者に手を出すエイミーのことを怒りながらカーティスに話した。
「…先日なんて、エイミー様がリオネル様の腕をとって歩いてらしたんですのよ。リオネル様にはアーシャ様という婚約者がいらっしゃるのに。私がそのことを注意したら、それの何がいけないんですか、ですって。アーシャ様が悲しまれているのに、リオネル様もへらへら笑うばかり。あんまりだと思いません? 元平民と言えば何でも許されるわけではありませんわ。この学校ではみんな平等とは言え…」
その話を聞いているうちにカーティスの笑顔が消え、いつもなら黙って聞いているところだが、大きくため息をついた後
「よくもまあ、悪口ばかり出てくるものだ」
とだけ言って、お茶会も途中でそのまま部屋を出て行ってしまった。
残されたアマンダはなかなか席を立たず、やがてぽろぽろと涙を流し、机に伏せて声をあげて泣き出してしまった。
気の強いアマンダがここまで泣くのを放っておけず、エディスはハンカチを差し出すと、ハンカチと一緒に手を握られた。
「カーティス様をエイミー様に取られてしまうわ。あの人、何人もの男の方に色目を使って…、カーティス様とだって仲良さそうに腕を組んで歩いて…、うううっ、」
カーティスからちらほらと聞いている感じから、何となくカーティスがエイミーに好意を持っているらしいことは察していたが、浮気(?)相手を悪く言われたからと言って婚約者を置いて退席するような態度には問題がある。もちろん、悪口を言ったアマンダにも責はあるだろうが、早いうちに関係を修復しないとまずいように思えた。
アマンダがカーティスのことを悪からず思っているのなら、これを機会にアマンダ自身にも変わってもらいたい。そう思ったエディスは、侍女としては少々出過ぎていると思いつつ、アマンダに声をかけてみた。
「アマンダ様、カーティス殿下のエイミー様へのお気持ちは、後で聞いておきます。ですが、ひと月に一度のお茶会の度に誰かを悪く言う言葉を聞かされるのも、つらいものですよ」
「だってっ」
「笑顔です、アマンダ様。百の言葉より、一つの笑顔。お茶会で殿下を独占できる短い時間、殿下が心安らぐように工夫されてはいかがでしょう」
落ち込んだ後だからか、アマンダは素直にこくりと頷いた。
アマンダは十三歳、恋にときめく乙女だ。
エディスはそっと甘めの紅茶を入れ直し、アマンダの侍女が迎えに来るまで学校生活の様子を聞かせてもらった。エイミーのことはともかく、それ以外はお友達もできて、得意な教科ではマジェリーを抜くこともあり、少し自信を持ってきた、と話してくれた。
アマンダはアマンダなりにマジェリーと比較されるばかりの王妃教育に悩んでいたようで、学校に通うようになって王城に通う頻度が減り、ずいぶんほっとしていると正直に答えた。
やがていつもお茶会が終わるくらいの時間になるとアマンダの侍女が迎えに来た。
「話を聞いてくれてありがとう」
そう言い残し、アマンダは帰って行った。