SS再掲 遅れて来た運命の種
コミカライズ記念にSSか別の短編を書こうとしましたが、SSはエディスが降臨せず、短編はうっかり長くなってまだ書き切れていません。
しかし感謝の気持ちを時流に乗せねば、ということで、焼き回しで恐縮ですが書籍版出版時に公開していたSSを再掲載します。
コミカライズ版 「警告の侍女~辛口侍女は王子殿下のお気に入り」(サザメ漬け様)をよろしくお願いします。
ピッコマ先行配信中。
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ああ、感無量。
とある夢の話。
ここルーベニア王国では、王家のしきたりにより十歳になった王子に婚約者があてがわれることになっている。
例年二人の王子の誕生を祝う会は合同で行われ、会をとりしきる第二王妃メレディス妃の一存で、メレディスの子である第二王子ジェレミーの誕生日に開催されていたが、その年は第一王子カーティスの婚約者発表に合わせ、国王の命令により第一王子の誕生日に行われた。
誕生会の席で第一王子の婚約者にマジェリー・ブラッドバーン公爵令嬢が選ばれたと発表された。誕生会には例年通り伯爵家以上の家格の子息・令嬢達が呼ばれ、未来の王と王妃に祝福の拍手が沸き起こった。
しかし、そんなことはエディスには全く関係なかった。元々子爵家にはお呼びもかからない王族の誕生会。派閥に属さない小さな領の娘にとって、悪政を敷かなければ誰が王になろうと大した問題ではなかった。それよりも第一王子の誕生日はエディスの亡くなった母の誕生日と同じで、祝福どころかむしろもう二度とお祝いできない日なのだと実感させられて虚しさが増すばかりだった。
母を亡くして一年、続いて起きた領内の川の氾濫。家は流され、道は崩れ、少なからぬ死者が出た。水が引いた後も農作物や家畜の被害は甚大だ。父や兄と共にエディスも食料の買い付けに同行し、何とか領民が飢えないように手を尽くしたが、王都に続く橋が流されたのは痛かった。スタンレー領にとって王都と避暑地を結ぶ街道は物流の中核であり、中継地としての収益は領の要だったのだ。借金は返済しているにもかかわらず思ったほど元金が減らず、さらに一年が経つ頃には想像を超えた額になり、もう家には換金できるめぼしい物はなかった。
父が隠していた自分への縁談を知ったエディスは、領のためにその話を受けると父に言った。泣いて詫びる父に対し、エディスは三つあった縁談を見比べ、更にいい条件にならないか交渉するよう父と兄をけしかけ、最も条件の良かったカーディナル子爵家に嫁ぐことにした。
借金の返済
スタンレー子爵家の存続
橋の建設続行
橋はカーディナル領も恩恵を受けており、建設には積極的だったが所有権を要求してきた。さらに通行税を取る提案を受けたが、スタンレー子爵は街の発展には自由な行き来が欠かせないと最後まで渋り、暫定五年間は税は取らないことで決着した。
十四歳になるとエディスはカーディナル元子爵の元に嫁いだ。
夫となったグレゴリー・カーディナル氏は子供に家督を譲り、カーディナル領内の別邸でのんびりと余生を過ごしていた。話し相手には少し若すぎるエディスだったが、偏屈なグレゴリー氏に怯えることもなく、皮肉も聞き流す。淡々と働く若い妻をグレゴリー氏は気に入り、時には着飾らせて王都に連れ出し、珍しいペットでも見せるように周囲に自慢していた。エディスは周囲から向けられる好奇の目に媚びも愛想笑いも不快感さえ見せず、夫に言われるまま付き添っていた。 その姿は祖父に付き添う孫のようだった。
結婚から二年、グレゴリー氏は持病が悪化して寝たきりになり、三ヶ月後に他界した。エディスは侍女達と共に介護し、最後を看取った。
グレゴリー氏との間に子供ができなかったこともあり、義理の息子である子爵から遺産を受け取る代わりにカーディナル家とは縁を切るよう申し入れられた。エディスは橋の所有権譲渡を求め、遺産を減額することで合意し、スタンレー姓に戻った。
橋はスタンレー家のものとなり、その後も通行税を取ることはなく、街は賑わいを取り戻していった。
エディスは遺産の三分の二をスタンレー家に渡したが、結婚したての兄夫婦と同じ家で暮らす気にはなれず、自ら王都行きを決め、早々に家を出た。
その頃王都では、第一王子との婚約を破棄し、他国の王子の元へ嫁いだブラッドバーン公爵令嬢の話題で持ちきりだった。
王子は婚約者に執着し、嫉妬にかられ、様々な嫌がらせをしたが、
公爵令嬢は真実の愛を貫き、他国の王子妃になった
王都の一角、とある貴族の屋敷で働いていたエディスは同僚達の噂話を耳にした。
しかしエディスには、婚約者以外の相手に心を動かされ、秘めることもできない不貞行為を「真実の愛」などという聞こえのいい言葉でごまかしているとしか思えず、嘘くさい恋の美談に関心を寄せることはなかった。
第一王妃に続いて王が身罷り、王の遺言により第二王子が次の王になることが決まった。
戴冠式が行われた大聖堂で事件が起こった。第一王子と王子が率いる騎士団が第二王子を国王毒殺の罪で誅伐し、王妃と第二王子派の貴族が一掃された。多くの家が断絶となり、ルーベニア王国は殺伐としていたが、そう時を置かず元の落ち着いた日々が戻ってきた。新たな王は独裁的だが有能だった。
王が替わり数年が経った。
エディスは政変の影響もあって仕える家は二度変わったが、変わらず王都の貴族の屋敷で通いの使用人として働いていた。
その日もエディスは一日の勤めを終え、王都の一角にあるアパートに戻る途中だった。
路地で争う音を聞きつけ、見ると腕に怪我を負いながら三人の男と対峙するマントの男がいた。どちらも街中のごろつきとは剣さばきが違う。マントの男は息をつく隙もなく、このままでは命が危ない。
「衛兵さーん!! けんかしてますー! こっちこっちー!」
エディスの声に三人の男は慌てて逃げ去った。
もちろん衛兵など都合良く現れる訳もない。マントの男はエディスの機転に息をつき、そのまま立ち去ろうとしたが、エディスは足元がふらつく男を支えた。
「とりあえず少し休んだら? そんな体じゃ今度こそやられるわよ」
エディスは男に肩を貸して自分の家に連れ帰ると、ベッドに座らせ、腕の傷の手当てをした。水の入ったコップを渡すとあっという間に飲み干し、食事を作って戻ってくると、男はベッドの上で寝息を立てていた。
よほど疲れていたのだろう。エディスは男をそのまま寝かせ、自身は毛布をまとって壁にもたれて眠ったのだが、翌朝目覚めるとベッドで横になっていた。
男は初めからいなかったかのように消えていた。
数日後、突然家に立派な身なりの騎士が現れ、エディスは半ば強引に馬車に乗せられた。
王城に呼び出されたエディスは、偉そうに片肘をついて玉座に座る男を冷めた目で見ていた。
王はあの時助けたマントの男だった。自分より一つ年下だと聞いたことがあったが、思っていたよりずいぶん若い。
「先だっての礼をしよう。何なりと望みの物を言うがいい」
自分にできないことはないとでも言いたげな、いかにも王らしい言い方だ。
王を前に、エディスは恐縮することもなく問い返した。
「この間の犯人は捕まりましたか?」
「いや、まだだ」
「ではとっとと捕まえてください。それが私の望みです」
高価な物を望むこともなく、愛想笑いもしない女に、王は訝しげに目を細めた。
「おまえには関係ないことだ」
「この国は今は陛下、あなたで持ってますけど、あなたに死なれたら跡を継ぐ人がいません。死ぬなら跡継ぎを作ってからにしていただかないと」
その場にいる誰もが憂慮していることではあったが、それを街の女が王に進言したことに周囲はざわついた。図々しくも王妃狙いか? しかしエディスには自分を王に売り込もうとはしななかった。
「今あなたがいなくなれば、この国は他国に乗っ取られてしまいます。自分一人でこの国を守れると思っているなら傲慢ではないですか? ちゃっちゃとスペアを用意して、国民を安心させてください。私が欲しいのは平和な国での穏やかな人生です。それを国民に与えるのは王の義務でしょう?」
言いたいことを言って、何かをねだるでもなく、そのくせ要望は大きい。
一礼して去って行く女を見て、王は久々に声を上げて笑った。
その後、刺客のアジトが見つかり、その場にいた者は全員抹殺された。その中にアドレー王家の紋章をつけた者がいたが、アドレー王は最後まで預かり知らぬことで通した。
王の身辺には優秀な騎士がつき、以前より単独行動は控えるようになったが、時々城を抜け出し、ふらりと王都に出かけた。行き先はあの愛想のない女の家だ。ずっと女性に興味を持たなかった王が自ら女性の家を訪れているこのチャンスに、王城の関係者は王のお忍びを容認し、遠くから見守っていた。
「跡継ぎを作れと言ったのはおまえだ。責任を持って協力しろ」
突然家に来て引き受け難い命令をする王を、エディスは鼻であしらった。
「別に養子でいいのでは? 実子がいいならこんな年増の未亡人より、ピチピチの乙女のご令嬢が周りにいくらでもいらっしゃるでしょう。五人も侍らせれば二、三年で跡継ぎくらい、あっという間ですよ」
「五人……。おまえは俺をどういう男だと思ってるんだ」
エディスの物言いに眉をひそめた王に、エディスは毒味もしていない食事を差し出した。
「王としての責任感はお持ちだと思ってますよ。でもこんな街中に一人で来るなんて……。護衛の皆さんを困らせちゃダメですよ? これを食べたらお帰りくださいね」
口にする物を人一倍警戒してきた王が、迷うことなく食事に手をつけた。誰かと共に食事をするのはずいぶん久しぶりで、出された物は完食していた。
その年の王の誕生日、城での式典で忙しかったにもかかわらず、夜遅くに王がエディスの元を訪ねてきた。
「おまえからの誕生祝いはないのか」
祝いの品を要求されたが、エディスはプレゼントなど全く考えていなかった。全国民から祝われておいて、その上さらに一国民にねだるとは。
「すみません、用意してませんでした」
「この際、おまえでいい」
「私でいいと言われましても……。結婚でもします? でもプレゼントなら今日中ですよね。あと一時間もないし、また来年にでも検討し……、えっ?」
エディスの冗談を言質とばかり、王はエディスをかついで教会に連れて行くと、司祭をたたき起こして有無を言わさず結婚の宣誓をさせ、互いの名前を記した。教会での所要時間十分。誕生日に間に合っていた。
王族であることを伏せ、カーティスと名だけ名乗る謎の男。そしてエディス、……スタンレー?
平民だと思っていたエディスがスタンレー子爵家の出、貴族籍を持つことを知り、王は驚いた。
長年王の側近をしているデリックは、その話を聞いて呆れるしかなかった。
「みんな知ってましたよ。惚れた女の素性くらい確認するもんでしょう。スタンレー家に伯爵位を与えて揺さぶりをかければ、結婚くらい簡単なのに……」
「あの女が政略結婚を受け入れると思うか?」
「一度目も政略で父親より年上の男と結婚してます。家のためなら引き受けますよ」
「それじゃダメだ。……俺と結婚すると、言ってくれたから……」
早まって身分を偽って結婚したせいで、既婚者になったエディスを王家に迎えるには一悶着あるだろう。しかしカーティスは後悔していなかった。どうしても欲しかったものを、どんな形であれ自分のものにしたのだ。
残虐王と呼ばれながら、頬を赤く染める姿はまるで少年のようだった。
◆◆◆
結婚式まで一週間に迫った日にエディスが見た夢は妙にリアルで、はっきりと覚えていた。 目覚めて少し怖いと思うほどに。
「変な夢を見ちゃった。あの子供の時の誕生会でカーティスが婚約したのがマジェリー様で、マリウス殿下の出現でカーティスはマジェリー様にふられちゃうの」
夢の核心には触れず、からかうように話すエディスに、カーティスは不満げに顔を歪めた。
「何で俺がマジェリー嬢にふられるんだ? 婚約解消でいいだろ、ジェレミーみたいに」
「そんなこと言われたって、夢だし」
「夢でも許せるかっ!」
プリプリ怒っているカーティスを見ながら、エディスは誕生会の日にガゼボの裏に隠れていたカーティスを思い出していた。
孤独な王子に忠誠を誓う婚約者。
恋に盲目になるマジェリー。
リディア妃の占いでは、カーティスの婚約者は当初マジェリーだったと聞いた。
たとえカーティスと巡り会い、結婚できたとしても、一週間後の結婚式に招待した人達が誰もいないあんな世界は悲しすぎる。
エディスは夢が夢であったことにほっと息をついた。




