00 白日夢(傾国の王)
リディアは王の命により自分の子カーティスを占って以降、何度も白日夢を見た。
それは少しづつ違うところはあれど、結末は必ず同じだった。
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ルーべニア王国の第一王妃は、自分ではない誰か。王の愛を受けた、さほど身分の高くない貴族の娘。
カーティスは第一王子で、王太子となることが生まれながらに決まっていた。
国中が王の世継ぎが生まれたことを祝福した。
その一年後、第二王妃メレディスに子供ができた。
第一王妃の座を狙っていたメレディスが、我が子ジェレミーが王位につくことを狙わないわけがなかった。
誕生の祝賀はカーティスの時以上に豪華で、国中に金をばらまき、ジェレミーの生誕を人々が喜び、祝うよう入念に取り計らった。
あまりにメレディスの対抗心が強く、誕生日を祝うたびに国の勢力関係を推し量ることになり、カーティスが四歳になった年、王は王子の誕生日の祝いを合同で行うよう命じた。
メレディスは実家であるウォルジー公爵家の資金力を背景に、合同のパーティは自分が取り仕切る、と言い、平等であることを前提に王もそれを許した。
メレディスは祝いの会は必ずジェレミーの誕生日に行った。平等という名で一つにされたケーキにはジェレミーの年の数に合わせた飾りが施され、招待客も操作された。プレゼント置き場をあえて比べやすいように用意し、ジェレミーのもとに集まるたくさんのプレゼントを前に、いかに自分の子供が周囲に愛されているかをとうとうと語った。
第一王妃が抗議するとメレディスは笑いながら言った。
「それならば、来年はあなたがおやりなさいな。これほどの規模のパーティを開けるかしら。王に恥をかかせない、格式あるパーティをね」
王城の予算からさらに倍の金額をかけて準備されたパーティ。それと同じだけのパーティを運営することは第一王妃にはできなかった。やむを得ず辞退すると、
「あら、こんなこともできないなんて。あなたの子供に生まれてかわいそうねえ」
とメレディスはカーティスに視線を送り、嘲笑を向けた。カーティスの顔がこわばった。
十歳の誕生日で選ばれる王子の婚約者。
カーティスが十歳になる年、メレディスはあえて婚約者を選ばせなかった。
「忘れていたわ。来年、ジェレミーが婚約者を決める時に一緒にすればいいじゃない」
そう言って済ませようとしたが、これには王も苦言を呈し、翌年カーティス十一歳の誕生日は第一王妃が取り仕切ることになった。
カーティスの誕生日に行われた誕生パーティで、カーティスは王太子となることが王より宣言され、マジェリー・ブラッドバーン公爵令嬢が婚約者として発表された。
ジェレミーの婚約者になったのは、アマンダ・クライトン侯爵令嬢。
先に生まれたというだけでカーティスが王太子となり、自分の子供の婚約者の方が爵位が低い。しかもカーティスの誕生日にこんな大きな決定が発表された。主役は完全にカーティス。
メレディスにとって屈辱でしかなかった。
第一王妃宮にはメレディスの息のかかったものが送り込まれ、使用人たちの関係は徐々に悪くなっていった。やがて、馴染みの者たちはやめていき、第一王妃の周囲には信頼できるものがいなくなっていった。
カーティスの婚約者となったマジェリーは冷静で聡明な令嬢だった。将来の王妃として王妃教育を受け、カーティスにも敬意を示して忠誠を誓い、二人の仲は良好なように見えた。
しかし、王立学校でアドレー王国から来た留学生マリウス王子に出会い、マジェリーは一変した。初めての恋に舞い上がり、マリウス王子を追いかけ、カーティスの目の前でさえマリウスを優先した。それをマリウスも受け入れ、むしろこれ見よがしにふるまって、二人の仲を世間に知らしめた。
嫉妬したカーティスがマジェリーを諫めると、マジェリーは父であるブラッドバーン公爵を通じて正式に婚約解消を申し出た。理由を問い続け、何度も学校で呼び止められ、家にまで訪ねて来るカーティスに、いらだったマジェリーは意図的にカーティスが傷つく言葉を放った。
「あなたの何がマリウス殿下に勝てると思っているの? 背だってマリウス殿下の方が高く、あなたみたいにひょろひょろじゃないわ。あなたなんてただ王家で一番最初に生まれから王になるだけ。母親の家柄だってジェレミー殿下よりずっと低いじゃない。お情けでジェレミー殿下と同じ日に誕生日を祝われて、誰もあなたの生まれた日なんて覚えていないわ。私に必要なのはあなたなんかじゃないのよ」
カーティスはブラッドバーン公爵を敵に回したくないという父王の言葉を受け、婚約解消を飲んだ。
マジェリーは卒業を待つことなくマリウスと共にアドレー王国へ渡り、マリウスと結婚した。
婚約者に逃げられた王子として、メレディスはカーティスの悪評を流した。ブラッドバーン公爵に睨まれることを恐れてマジェリーを悪く言う者はおらず、そこにカーティスの狭心さ、暴力、よからぬ性的嗜好など、ありもしない噂が広がり、それを安易に信じる者もいたが、カーティスはただ黙っていた。
ジェレミーの婚約者アマンダは第二王子の婚約者でありながら、王妃教育を受けるようになった。
「いつジェレミー殿下が王に選ばれるかわかりませんもの」
これ見よがしに聞こえるように繰り返すアマンダは、メレディスにも気に入られ、王城で大きな顔をするようになっていた。
高圧的でわがままな令嬢。爵位の高さを何より優先するその態度はメレディスに似ていた。派手に着飾り、噂話に明け暮れ、自分の派閥に入らない者を冷遇する。ジェレミーはそんなアマンダを好んでいたわけではなかったが、母の言うとおり、婚約者として受け入れていた。
マジェリーがいなくなった今、この国の適齢期の女性の中では最も身分の高いアマンダ。クライトン侯爵も後ろ盾になってくれている。
自分こそが王になるのにふさわしい、と誰もが言った。
母の言うとおりにさえしていれば全てがうまくいく。ジェレミーはそう信じていた。
カーティスの新しい婚約者は決まらなかった。
カーティスは学校や騎士団で過ごす時間が長くなっていった。
第一王妃と年の離れた妹は体調を崩しがちで、ある日第一王妃は出先で倒れ、帰らぬ人となった。質の悪い感染症の疑いがある、とその日のうちに現地で火葬され、埋葬された。それには何の根拠もなく、王は激怒したが、何もかも遅かった。
多くの者が処罰され、ウォルジー家に近しい者が突き止められはしたが、ウォルジー公爵やメレディスの関わりを示せるほどの証拠は出なかった。
王は第一王妃の遺骨を掘り起こすよう指示し、王家の墓に埋葬した。
カーティスの妹は母の実家に預けられ、そこで暮らすうちに体調は改善した。毒が盛られていたのではないかと噂されたが、その証拠は見つからず、安全のためその後も王城に戻ってこなかった。
ずっと自分から母を奪っていた妹。滅多に話をすることもなく、自分に懐いてもいなかった。カーティスは妹がいなくなっても何とも思わなかった。
カーティスは一人第一王妃宮で暮らしていたが、何度か毒を盛られ、刃物を向けられた。王により腕の立つ護衛がつけられ、カーティスもまた自らの身を守る術を身につけた。
やがてカーティスは生活の拠点を騎士団の一室に置くようになり、自分のことは大半を自身でこなし、傍に置く者を厳選した。
広い第一王妃宮は住む主をなくし、暗く静まり返っていた。
やがて、メレディスが第一王妃となった。
メレディスは王太子をジェレミーに替えるよう王に進言したが、王は聞き届けなかった。
メレディスとその実家であるウォルジー公爵家はますます勢力を強めたが、それに反発する者がカーティスの味方になった。二人の王子、どちらを推すかで国は二つに割れていった。
間もなくカーティスが卒業するという時に、突如王が倒れ、その日のうちに崩御した。その有様は第一王妃の時に似ていた。しかし、誰もそれを口にする者はいなかった。
死因は心臓の病とされ、それ以上の調査は行われなかった。
国葬が終わると王の遺言書が出てきた。そこにはジェレミーを次の王にすると書き記されていた。
誰もがその遺言書を疑ったが、メレディスは王の最後の意思だと譲らず、二か月後、ジェレミーを王とする戴冠式が行なわれた。
戴冠式の日。
王を殺し、国を盗む大罪人の粛正に、王太子の名のもと騎士団が動いた。
カーティスはメレディスの目の前でジェレミーを討った。ジェレミーは王冠に触れることもなかった。
そして、メレディスもアマンダも捕らえられ、地下牢に幽閉された。
戴冠式に出席していたメレディスの父ウォルジー公爵、アマンダの父クライトン侯爵をはじめとするジェレミーを王に立てた貴族たちは、先王殺しに加担したとして次々に捕らえられ、爵位を剥奪された。
その中には第二王子派とまでは言えないブラッドバーン公爵も含まれていた。
戴冠式に出席するために帰国していたマジェリーは、父母を自分のいるアドレー王国へ逃がそうと試みたが、共に捕らえられ、一家は王城の地下牢に幽閉された。
マリウスはマジェリーの罪を認め、マジェリーをルーべニア王国に残すことに了承することと引き換えに自身の身の安全を保障され、国に戻った。
マリウスは最後までマジェリーの救済を嘆願することはなかった。
そして一週間後、関係した者は皆処刑された。
逆らう者を力で抑え、王となったカーティスは人々から恐れられたが、その統治能力は高く、多くの有力な貴族を廃しながらも国は持ち直していった。
その在位十二年後、王は王都の一角で何者かによりその命を奪われた。
身近に人を置かず、王妃もいなかった王に代わり、国政に携わったこともない王の妹が担ぎ出され、国を引き継ぎ、王国初の女王となった。
しかしそれは傀儡の王であり、王配となったアドレー王国のマリウスの手により、ルーべニア王国は事実上アドレーの属国となった。
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白日夢の中で、国を傾ける者たちは皆死を迎える。
しかし、二人の王子の誕生パーティで、カーティスが手を引く「運命の種」を目にした時を境に、予言じみた白日夢はぴたりと見なくなった。
長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。
お読みいただけましたことに感謝します。
2023.2.11 とある国の物語の完結日が建国記念の日だった。(狙ったわけでなく…)




