40 傾国の王
カーティスが卒業した年、立太子の儀は執り行われなかった。疑問に思い問いかける者には、ただ予定はないとだけ伝えられた。
エディスは今度こそ侍女をやめるはずが、第一王妃宮の侍女が二人も退職することになり、リディア妃に頼まれ、やむを得ずもうしばらく侍女を続けることになった。
たまたまの欠員ではあったが、結婚するまでの間もエディスをリディアやカーティスの目の届くところに置き、守りを固める意図もあった。エディスがそれに気づくことはなく、毎日真面目に仕事に励み、第一王妃宮に勤める者たちは大いに助かっていた。
第一王妃宮では執事がするような仕事もいくつか引き受けていて、王立学校には行けなかったが、エディスが王城で身につけたものは、カーティスの妻となってからも大いに役立ちそうだった。
この年、スタンレー家はようやく借金を完済した。
橋の幅を広げたことでオンシーズンでも渋滞はなく、移動もスムーズになり、避暑地に向かう貴族はかつて以上にスタンレー領の街道を使うようになった。街は潤い、クライトン侯爵からの援助も一年ほどで辞退できるようになった。
クライトン侯爵の推薦で、水害以降収益の上がらない隣の領を世話することになり、自分の経験が誰かの役に立つなら、とスタンレー子爵は軽い気持ちで引き受けた。ところが気が付けばアドバイス役ではなく自領に併合される話になっており、王から領地を拝領すると共に伯爵の称号を授かった。
領の経営は順調で、新しい領地の治水対策を進めながら、不測の事態に備えた貯蓄もできるようになっている。
カーティスの卒業から一年後、ジェレミーの卒業に合わせて立太子の儀が執り行われ、ジェレミーが王太子となった。それは王の約束通り、王子であるジェレミーが十八歳の時だった。
王はジェレミーを王太子にするにあたり、その条件として、メレディスとジェレミー双方に第一王妃リディアとその子供達を今まで以上に敬い、王家の協和を何より優先させることを求めた。
メレディスは自身の息子が王太子になるならばとためらいなく承諾し、その証として例えリディアに何があろうと第一王妃を名乗ることはないと自ら宣言した。
以後、メレディスはつきものが取れたように第一王妃の座に執着するのをやめた。リディアの代わりに国政に携わるのは相変わらずだったが、家族を第一の敵とみなすことはなくなり、ジェレミーの継ぐこの国の益を考え、これまで以上に外の敵との駆け引きに手腕を見せるようになった。
カーティスは自分が王太子とならなかった様々な噂を全く気にすることなく、何の反論もしなかった。そして王から王家直轄地を譲り受けて公爵になり、スタンレー伯爵令嬢エディスを妻に迎え、王城を離れた。
騎士団は王太子の所管だったが、ジェレミーは自身が剣を得意としないこともあり、名誉職と心得てあえて干渉しなかった。
有事には王の命でカーティスが騎士団を率いることもあり、騎士団長でさえ直属の王太子以上にカーティスのことを頼りにすることが多かった。
やがてジェレミーが王になると、カーティスを騎士団の統括者に任命し、外交は王ジェレミーが、守りはカーティスが担うようになった。
カーティスのことを王のスペアではなく、影の王として畏敬の念を抱く者も少なくなかった。中にはカーティスに王となることを勧める者もいたが、そんな時、カーティスは自分の誕生日はいつかと尋ね、相手が言い淀むと、答えられない国民が皆殺しになってもいいなら、と一笑に付し、王との和合を崩すことはなかった。
リディアが決して語ることがなかった、カーティスの運命の啓示。
それは傾国の王。
カーティスが王となれば、兄弟間で争いが起こり、国は二つに割れる。
カーティスが王から追いやられれば、やがて王を弑する。
どちらであろうと国は乱れ、衰える。
国を守る唯一の方法、それはカーティスが自ら進んで王を辞し、王を支えること。
それには何かもわからぬ「運命の種」を手に入れることが不可欠。
同時期に二つの傾国の予兆が現れ、リディアは事の深刻さにいつになく考え込んだ。
メレディスを抑えるのは自分の役割。しかしカーティスを救えるのは、自分ではない。
カーティスが十一歳の誕生日、ずっと待ち望んでいたそれがようやく占術に現れた。
カーティスを支え、信じ、いたわる心を持つ者。
カーティスが愛し、王位と引き換えにしても守り抜きたいと願う存在。
それこそが、カーティスを、この国を救う「運命の種」。
カーティスはそれを手に入れるのか、それとも風に飛ばされ、次のめぐり逢いを待つのか。
リディアの心配をよそに、カーティスは自らの力で「運命の種」を見いだし、その手を取った。
その種が芽吹き、花を咲かせ、実を結ぼうと、リディアはこの啓示を生涯にわたり決して口外することはなかった。
その後もルーべニア王国は世襲問題に揺るがされることもなく、母は違えど王の兄弟仲は悪くなく、互いを認め、それぞれがこの国のために尽くし、平穏な治世が続いた。




