38 誕生日の晩餐
エディスがカーティスの婚約者になって初めての誕生日。
王と第一王妃の家族がそろう中、エディスはカーティスが一緒に席につくよう勧めても断り、相変わらず侍女として後ろに控えていた。
和やかに食事が進む中、クレアが突然
「私、おにいさまとエディスの結婚に反対するわ」
と言って食卓に両手をついて立ち上がり、はずみでフォークが床に落ちた。
「クレア、はしたないわ」
とリディア妃がたしなめても席につこうとはせず、
「だって、おにいさまとエディスがお城からいなくなったら嫌だもの」
と言って、カーティスを睨むような目で見ていた。誰かから二人が結婚すると城を出ていくことを聞いたようだ。
どう説得しようかカーティスが考えていると、エディスが新しいフォークをクレアの手元に置きながら、何の躊躇もなく
「わかりました。クレア様のおっしゃる通りにしましょう」
と言った。
カーティスは目を見開いて動きを止め、手にしていたフォークが手から滑り落ちた。わかりやすいほどの動揺を見て、王もリディア妃も驚いた。
「ほんと? じゃ、ずっと一緒ね」
エディスは機嫌を良くしたクレアの椅子を引き、席に座らせた。
「殿下は私の代わりが来るまでお城にいてくれますよ。ですが私は、もう侍女をやめることが決まってますので、お暇させていただきます」
「えーーーっ、つまんない! エディスにもいてほしいのに」
クレアは頬を膨らませてみせた。しかし、
「残念ながら、それはできません。殿下との婚約が解消になったら、お城を出て、次のお相手を探さないといけませんから」
エディスは明らかに落胆を深めたカーティスを気にも留めず、淡々とクレアに告げた。
「じゃあ、次のお相手の方と一緒に遊びに来てくれる?」
「お相手が貴族の方でしたら、夜会のお呼びがかかれば伺うこともあるかと。…ですが残念ですね」
ふう、とわざとらしいため息とともに、エディスは少し遠くを見た。
「クレア様が妹になったら素敵だと思ったんですが…」
「いもうと???」
クレアはきょろきょろと目を動かし、母を見ると、リディア妃はにっこりと笑い、頷いた。
「私と殿下が結婚すれば、クレア様は私の妹になります。…でも、クレア様が反対されているのですから無理ですね」
それを聞いて、クレアは息を飲んだ。
「新しいお相手の方の妹が意地悪だったら、どうしましょう。『エディス、おまえは家で働いていなさい。夜会へは私が行ってくるわ。私が王女様とお友達になるのよ』」
「ダメよ、そんな意地悪、許さないわ!」
声を低くして悪役になるエディスと、本気で怒っているクレアを見て、王でさえこみ上げてくる笑いを止められなかった。
「…お城を出ても、会いに来てくれる?」
クレアが泣きそうになっても、エディスは変わることなく淡々と答えた。
「侍女をやめて城を出れば、…無理でしょうね」
クレアもわかっていない訳ではなかった。侍女をやめた者の多くは城を訪れることはない。気軽に来られる場所ではないのだ。年に数回しかない夜会でさえ、招かれるのは一部の貴族だけ。
しかし、何かの拍子にふとひらめいた。
「…おにいさまと一緒になら、お城に来られる?」
軽く頷いたエディスは、少し口元を緩ませていた。
「ここは殿下の『おうち』ですから」
「それなら、…おにいさまと結婚してもいいわ。お城を出ても会いに来てね」
「はい」
こくりと頷き、大事な妹となる王女の可愛い甘えに、エディスは嬉しさを募らせながらも、
「ですが、お城を出るのはまだ日程も決まっていない先のことですよ」
と答えた。
食後にはカスタードパイが用意され、それはクレアの好物だった。
エディスはクレアの目の前に運びながらも、食卓に置く寸前でぴたりと手を止め、
「あ、お行儀の悪かったクレア様は、パイはなしでしょうか」
と言って皿を持ち上げた。
「だめ! おにいさま、エディスが意地悪を言うわ」
エディスを叱って欲しそうにカーティスを見るクレアに、カーティスは
「おまえも充分意地悪を言っていたぞ」
と、笑いながら返した。




