34 アマンダの恋1
アマンダがカーティス王子の婚約者に選ばれた時、父クライトン侯爵が大喜びした。
「このクライトン家から王妃が誕生するぞ!」
これほどまでに父が喜ぶ姿を見たことなかったアマンダは、自分がすごいことを成し遂げたと思い込んだ。
王妃。国で一番偉い女性。誰もに羨まれ、誰もが傅く。自分はそういう人に選ばれたのだ。
仲の良かったはずの友達が、突然自分を非難してきた。
選ばれたアマンダを妬んでいるのだと、母が言った。
さほど仲の良くなかった友達が寄って来るようになった。
表では褒め称え、裏で悪口を言っているのを聞いて、信用できなかった。
自分が王妃になるのに、第二王子の婚約者マジェリーも一緒に王妃教育を受けた。
一番にならなければいけないのに、王妃教育でマジェリーには勝てなかった。冷たげな公爵家のお姫様は完璧で、先生はいつもマジェリーを褒め、それが自分を非難しているように聞こえた。
休憩時間に出されたお菓子の味がしない。出されたお茶がおいしくない。
不安を王城の侍女に八つ当たりし、なのにそれを誰も咎めることなく、遠巻きに見ている。気が付けば、自分の侍女さえ話しかけて来なくなった。みんなヒステリックなアマンダを怖がっていた。
カーティス王子と会う時は、気合を入れて話をした。
自分をわかってもらうように。自分を気に入ってもらえるように。自分は価値のある人間だと思ってもらえるように。
凛とした姿で、顔立ちも整い、いつも笑顔で話を聞いてくれるカーティスは、理想の王子だった。
この人の隣で王妃になる。それが自分の生まれてきた意味なのだと思っていた。
ところが、王立学校に通うようになると、王子は同じクラスのエイミーという女と仲良くなった。
私という婚約者がいるのに、男爵家の令嬢といちゃついているなんて。
エイミーと腕を組み、にこやかに微笑むその顔は、自分に向けられている笑顔と同じだった。
初めは気にしていないふりをした。しかし不安が募れば募るほど批判的になり、エイミーはひどい女だと気付いてほしくて悪言を繰り返すようになった。
そしてある日のお茶会で、王子は笑みを止め、席を立った。
王子に嫌われたら王妃にはなれない。父が期待する王妃に。
どうしたら振り向いてくれるのだろう。このままではエイミーに王子を取られてしまう。
不安が募って泣いてしまったアマンダに、王子の侍女が話しかけてきた。
「笑顔です、アマンダ様。百の言葉より、一つの笑顔。お茶会で殿下を独占できる短い時間、殿下が心安らぐように工夫されてはいかがでしょう」
笑顔? 笑っていなかった…?
王子を独占できる時間。この世にそれを与えられているのは、自分一人。それなのに自分は今までずっと自分のアピールにばかり使っていた。
殿下が心安らぐように工夫? そんなこと、考えたこともなかった。
入れ直してくれたお茶は少し甘くて、ほっとした。
マジェリーと比べられているのがつらいと、初めて口に出してみた。
ただ話すことと、聞いてもらうことは違うのだと、その時わかった。
「話を聞いてくれてありがとう」
帰る時に、自然とお礼を言っていた。
それ以降、アマンダはカーティス王子とのお茶会の後、カーティスの侍女エディスともお茶会をするようになった。お茶会には自分の侍女も同席した。
カーティス王子のエイミーへの態度だって、みんなおかしいと思っていた。
振り向いてもらうための作戦だって、一緒に考えてくれた。
侍女はただ世話をしてくれる人じゃない。
威厳を持って使用人とは距離を置くのが主人だと思っていた。母はそうするものだと言っていたけれど、お茶会で話をするうちに、自分の侍女との接し方が変わってきた。
そして、侍女との付き合い方が変わると、友達との付き合い方も変わっていった。
侯爵家令嬢を見ている人。王子の婚約者を見ている人。そして自分を見てくれる人。
自分もまた、今までいかに人を見ていなかったのかを痛感した。
カーティス王子の心を引き寄せたい。
アマンダはエディスからアドバイスされた通り、カーティスを観察するようにした。
少し注意して見れば、カーティスが思いを寄せているのはエイミーではなく、エディスだということに気が付いた。しかし当人であるエディスがそれに気づくことなく、自分を励まし、自分の話を聞いてくれるのが嬉しくもあり、苦しくもあり、どうすればいいか、新たな悩みが生まれた。




