33 王妃の占い3
婚約者発表を前に、メレディスは封筒に入れられていたリディアの占いの結果を見た。選ばれた候補者は自分の選択と同じだったが、組み合わせが違っていた。
メレディスは結果を書いた紙を用意していたものに差し替えた。
自分の息子ジェレミーに、占いで出た侯爵家令嬢アマンダではなく、カーティスの相手となるはずの公爵家の令嬢マジェリーを。
そして、そのまま相手を入れ替え、カーティスにはアマンダを。
差し替えるところを後ろで見ていたリディアに気が付き、メレディスは小さな悲鳴を上げた。
「あなたの選択が正しいと、そう信じるのね? メレディス」
公爵家出身の自分を敬称もつけずに呼ぶ。それは第一王妃だからこそ許された「特権」だ。初めて会った時からずっとリディアからは呼び捨てにされていた。
下賤な占術の家系の女を侯爵家の養女に仕立ててまで王が望んだ女、リディア。地位も、名誉も、財も、何一つ負けていない。それなのにこの女に勝てたと思えたことがない。
「いいでしょう。あなたの好きにするといいわ。そうね、今回の婚約は仮のもの、としましょう。この子たちの婚約の最終決定を七年後にしましょうか。七年後、あなたの選択が正しいなら、私は第一王妃の地位をあなたに譲りましょう。あなたがこの私のカードよりも優れているというのなら、喜んで」
そう言って、自分の占いを勝手に変更したことを少しも非難することはなかった。
婚約者を発表したのはメレディスだった。手にしていたのはリディアがよく占いの結果を書き込む紙だが、リディアはそれに触れもしなかった。
メレディスが発表を終えると、リディアはゆっくりと立ち上がった。
「この婚約は暫定であり、七年後に最終決定します。四人が自らのパートナーを見極め、信じ、慈しみ、共にこの国のために生きる覚悟を持つことを願います」
王はメレディスの策略を察しながらも、そのまま様子を見ることにした。それはリディアが、隠れていた庭園から出てきたカーティスを見て、思わぬ笑みを見せたからだ。
その笑みの奥でリディアが見ているものを、共に見てみたかったのだ。
そして運命は巡り始める。
父王の命に逆う子供であれば、進言など聞いてはもらえなかっただろう。
カーティスは婚約を受け入れ、頃合いを測ってここ一、二年続いた水害の復興に対する土木事業への助成を父王に提案したところ、受け入れられた。申し込みのあった中にはスタンレー家の事業も含まれていた。
助成金の審査に訪れた役人は領の経営状況も確認し、債務の調査も行った。利息の払いで精一杯だったスタンレー家だったが、再計算により既に借金の十分の一を返済していることがわかり、不適切な債権者は罰を受けない代わりに正当な額で債権を手放し、別の者が債権を引き継いだ。その後助成金も無事交付されて、スタンレー家は破産を免れた。
助成金の結果を待たず、王城の侍女募集にエディスが申し込んできた。
珍しくリディアが娘のクレアのために若い侍女が欲しいと、最年少だったエディスを自身の宮に希望し、すぐに認められた。
見習い期間が終わり、正式に侍女として雇用されると、カーティスは自分の侍女に欲しいと母に願い出、認められた。
エディスには婚約者がいる主人としてしか見てもらえず、初めて会った時からずっと気に入っていながら、それを口にすることが二人の関係を崩してしまうのは明らかだった。
いつでも一番に扱っているのに、侍女として一線を引き、間違いを起こすことなどあり得ない気構えを見せつけてくる。更には自分の婚約者となっているアマンダとの関係がうまくいくよう気を配られ、それが自分に気がないことを示されているようで腹立たしかった。
何とかしてアマンダとの婚約を解消することばかり考えていた。婚約さえなくなれば、自分の思いを伝えることができるのに。
しかしエディスの言葉は、無茶を通そうとする自分への警告のようだった。言葉はきつくても、いつもカーティスのことを考え、正しい道へと導こうとしている。
言うことは正論だが、表現が時々おかしく、それが面白くてついからかってしまう。そのくせ、芯を突いた答えにはっとさせられることもあった。
メレディス妃への当てつけから、あえて自分が王になり、ジェレミーを追いやることを考えたこともあった。
逆にやけくそになり、王になどなるものか、地位も身分もすべて捨ててしまえと思うこともあった。
それを、エディスは自分が王になろうと、弟が王になろうと「大差ない」と言った。
その言葉に、納得してしまった。
王になりたいか。そう問われれば、どっちでもよかった。
先に生まれたからといって王になる必要などない。
当てつけのために王になるなんてバカらしい。王は恨みを晴らすためになるものじゃない。
ジェレミー自身に王に向かないほど難があるわけではない。そしてそれはカーティスも同じだ。
どちらでもいい。それならなりたい者がなればいい。それだけだ。
しかし、王にならないなら、王のスペアにならなければいけない。それは逃げることのできない自分の宿命。
それならば、王のスペアとして生きるとはどういうことか、考えてみた。
王が正しくあり、健康であるなら不要な存在。王が道を間違えた時に止める力さえ持っていればいい。
王より自由で、やりたいことをやり、油断するなら時々王に揺さぶりをかけてやればいい。
常に誰かが守りにつき、人を動かすことはできても自ら動けないような者にどうしてなりたいだろう。
自分はやりたいようにやる。動きたいときに動き、追いかけたいものを追いかけ、守りたいものを守る。王のスペアだろうと自分は自分だ。
そう思えたのは、毎年自分の誕生日を、自分のために祝ってくれる人がいたからだ。
何かのついでではなく、誰かのスペアでもなく、自分を自分として見てくれる人。自分を思ってくれる人。
その存在がカーティスには必要で、それはすでに自分の足元に芽生え、根を伸ばしていた。
それなら運命の種から咲く花を手に入れることを考えよう。
カーティスは自分の婚約を解消する方法を模索する一方で、スタンレー家に来る縁談をことごとく潰し、エディスに近づく男を追い払い、やがてエディスに恋愛目的で声をかける者はいなくなった。まれに勇気ある新人もいたが、やがて気の利いた先輩の忠告かカーティス自身の圧力により事情を察することになった。
当然、美しく着飾って夜会に参加など絶対にさせなかった。夜会の日は侍女として参加、一択だ。
そうすることがエディスの女性としての自信を失わせていたとしても、カーティスが同情することはなかった。
他の男に気を向ける必要などない。エディスは自分のものになるのだから。




