31 王妃の占い1
リディアは占い師。
王家にも招致される占術の家系に生まれ、一族の中でも稀代の才能をもち、国や王族の危機を幾度となく予言し、回避させてきた。
リディアの占術の力はもちろん、その人柄を気に入った王子アレクシスはたびたびリディアの元を訪れては口説いていたが、そっけなく断られていた。アレクシスは無理は通さないが、あきらめることもなく、二人はそんな関係をそれなりに楽しんでいるように見えた。
アレクシスが王になった時、リディアに占いを求めた。そして占いの告げる未来を聞くと、王命をもってリディアを王妃に迎えた。
リディアは王妃になることを望んではいなかったが、一つの使命のために王の隣にいることを承諾した。
リディアの使命。それは、近い将来、王が娶ることになる相手、メレディス・ウォルジー公爵令嬢がこの国の最高位につくことを阻み、その心を鎮めること。
メレディスが国の頂点に立ち、心を荒ぶらせれば、この国に大きな災いをもたらす。それは何度占っても揺らぐことがなかった。
国を守ること。それは王の占い師がやり遂げなければならないことだった。
リディアをとある侯爵家の養女にし、一存で王妃にすると決めた時、多くの者が反対した。中でも娘が王妃となることが確実と言われていたウォルジー家の反発は相当なものだった。
リディアが王妃になった一年後、王はメレディスを娶ることになった。
王妃としてのリディアの力不足を指摘され、半ば強引にねじこまれた形となったが、第二王妃となる条件を付けられたウォルジー公爵はしぶしぶそれを呑んだ。
リディアは自分の占いが外れたら、あるいは誰かが自分の占い以上の成果を出せばいつでも占い師を引退し、王妃をやめて構わないと周囲に公言していたが、リディアの占いが外れることはなかった。
リディアを第一王妃の座から引きずり下ろすことはメレディスの悲願だったが、リディアの占術の力は的確で、王の信頼も厚く、メレディスを常に二番手に追いやった。
リディアとメレディスは共に王城に住んでいたが、その住まいは離れていた。
メレディスはリディアの動向を探り、弱みを握るため、第一王妃宮にウォルジー家の息のかかった侍女侍従を送り込んだが、すぐに見破られ、部屋付きとなることはなかった。それならばと脅迫や甘言で今いる侍女達を味方につけても、気が付けば王城を去っていた。
目が合えば、ただ笑って会釈する。それなのにまるですべてをわかっているかのようなリディアの態度に、いつしかメレディスは恐れを感じるようになっていた。
先に子供を得たのはリディアだった。
第一子カーティスが生まれた時、王に乞われて我が子カーティスを占った。
リディアは手の中のカードを睨むように見つめ、この子の行く先がカードに出てこない、と答えた。そしてカーティスが王になることを望まないと王に告げたが、最後は王の決断に従う、と付け加えた。
本来であれば、第一王子が王太子となるのがこの国のしきたりだが、王はリディアの発言の意図を考え、王太子を定めるのは王子が十八になるまで待つことにした。
やがて、メレディスにも一年遅れで王子が生まれた。
カーティスの時以上に盛大な祝賀の儀が行われ、その生誕を国の内外に知らしめた。
メレディスは自分の子ジェレミーを王太子とすることを強く願ったが、王は先の約束を覆すことはなかった。
二人の王子は誕生日が近く、それぞれの宮で行われていた誕生を祝う祝宴は派閥を明確にし、国を二分しかねなかった。
王の命により、カーティスが四歳になってからは二人の王子の誕生日の祝いは合同で行われることになった。
メレディスは二人の王子のためのパーティを主催することを申し出、王に許された。王は平等であることを求め、表面上は一つの会として運営していたが、パーティの日は毎年ジェレミーの誕生日に合わせ、周囲に有無を言わせなかった。
誰もが祝いの言葉を述べるその日は、ジェレミーの誕生日。
悦に入るメレディスに対し、リディアが意見することはなく、カーティスはずっと小さなわだかまりを持っていた。
メレディスは公の行事に出たがらないリディアに代わり、公務では常に王の隣にいて、機会があるごとに自分こそ王妃だとアピールした。そして自分の子供ジェレミーを王と自分のそばに置き、自分達こそ王家一家なのだと周囲に見せつけた。それはリディアが第二子を身ごもると余計に拍車がかかった。
本来であれば十歳の誕生日に婚約者を決めるのが王家の習わしだが、カーティスが十歳となる年にはメレディスは意図的に準備を行わせず、それを後になって「忘れていた」と答えた。元々メレディスのすることに積極的に反対しないリディアだったが、その頃は第二子クレアの子育てに手を取られ、それに乗じたメレディスの第一王妃宮への度重なる干渉にも手を焼き、王妃宮に引きこもることが多かった。母を妹に取られる寂しさも重なり、カーティスはより頑なになっていった。
翌年、ジェレミーが十歳になる誕生日に合わせて国中の令嬢を集め、二人の王子の婚約者の発表を行うことになった。
メレディスは去年のことを笑いながら詫び、二人のためにとっておきの令嬢を選ぶと言った。
しかし王は、
「リディアの占いをもとに、婚約者を選出せよ」
と命じた。概ね婚約者の目星をつけていたメレディスは歯噛みしたが、王の命に背くわけにはいかなかった。
カーティスの十一歳の誕生日当日、婚約者を決める誕生会を一週間後に控え、リディアはカーティスを占った。
「カーティス、あなたの運命の種は、タンポポの種のよう。今はふわふわと宙を舞い、どこに留まるか定かでないながら、一度根付けばあなたのそばにいて、あなたの救いとなるでしょう。その言の葉は時に棘を持ちますが、その言の葉に秘める警告の棘を無視すれば、この国の行く末をも危うくする。その種から咲く花をあなたが手に入れられるか、それは今はわかりません。次の誕生のパーティ、あなたには婚約者が決まりますが、あなたはそれを嫌がっている。それならば、うまく逃げ切ったならあなたの婚約発表は控えることを約束しましょう。ですが次の誕生のパーティであなたが逃げる道を選んだなら、種は遠く飛ばされ、あなたの大地に根付くことはないでしょう」
カーティスは母の占いの力がどれほどのものか充分理解していたが、自分のことになると何となく胡散臭いものに思えていた。
第一王子として生まれ、周囲は王を継ぐ者として扱う。
しかし母であるリディアは自分の地位にも子供の地位にも関心はない。
もう一人の王妃メレディスは第一王妃の座を狙い続けており、執拗に自分の子供を王につけようと画策し、それに賛同する者も多い。そして見せしめのように、カーティスをジェレミーより格下に扱いたがる。
誕生日のパーティの日程も、十歳が慣例の婚約者選定もジェレミーに合わせ、それがおまえはついでだと言われているようで、カーティスは不快感を募らせていた。
だから、ささやかな抵抗ながら、婚約者を選ぶパーティから逃げることにした。
ジェレミーの誕生日だ。ジェレミーだけを祝い、ジェレミーだけ婚約者を決めればいい。そう思っていた。
あの時、エディスに会わなければ。




