3 侍女募集
王子たちの誕生会から一年ほど過ぎたが、スタンレー家はまだ借金の渦の中にあった。
道が開通したことで人の流れができ、旅の途中の休憩地として街は活気を取り戻りつつあったものの、なかなか借金はなくならない。
エディスはその年に行くはずだった王立学校への進学を諦めた。父と兄は惜しんでくれたが、進学で金を使うよりも、もっといい話が湧いてきたのだ。
それは、王城の侍女募集。貴族の子女が行儀見習いを兼ねて応募することの多い人気職だ。
高貴な家では女子の労働は嫌われがちだが、王城に務めるエリート文官や騎士に見初められ、悠々自適な人生を狙う者も少なくない。エディスもそんな妄想も少しは抱かないでもないが、それよりも現実的に高賃金、福利厚生の充実に魅かれていた。
実は借金の肩代わりと引き換えにエディスに婚約の話も数件来ていたが、四十、五十を超えた男の後妻や第二夫人など、条件の良くない話ばかりで、父はエディスに話をするまでもなく断りを入れていた。そんな父も王城であれば、と申し込みを認めてくれ、運よく採用となった。
借金まみれでも真面目に納税している子爵家の懐具合を知り、優遇してくれたのかもしれない、とは兄アルバートの談だ。
その年採用されたのは五人、三人は王立学校を卒業したての者で、エディスは最年少だった。まずは侍女見習いとして半年間。その働きを見て継続雇用とするかどうか決定すると言われた。
エディスはリディア妃の住む第一王妃宮に配属となり、ベテランの侍女から仕事を学んだ。
第一王妃リディアと第二王妃メレディスは険悪ではないものの、さほど仲がいい訳ではなかった。メレディスの生家ウォルジー公爵家の政治的影響力が圧倒的に強く、リディアは第一とは名ばかりで、いつも控えめに、目立たないように過ごしていて、国の行事にも病弱という名目で参加を控え、いつも当然のようにメレディスが王の隣に座っていた。
実際には健康面には全く問題はなく、リディアは今の立場を受け入れていて、花を育てたり、音楽、刺繍、占いといった趣味に精を出し、王妃としての「面倒」な仕事を「引き受けて」くれるありがたーいお方として、メレディスを重宝…、いや一目置いているようだった。
適材適所。ある意味、このリディア妃もしたたかな方である。
二人の王子の婚約者として選ばれたのは、カーティス第一王子にはアマンダ・クライトン侯爵令嬢。ジェレミー第二王子にはマジェリー・ブラッドバーン公爵令嬢。出来試合だけあって、両人ともそれなりの家格だった。思い返せば、王家に嫁ぐ人材をあのようなパーティの場でほいほいと見つけられると思う方が不自然だ。家格はもちろん、財力も派閥も人間関係もじっくりと調べ上げたうえでの選定だろう。
カーティスは第一王妃の子供、ジェレミーは第二王妃の子供だった。第二王子に公爵家の令嬢があてがわれているのは第二王妃の政治力がものを言ったのかもしれない。
婚約者となった二人は定期的に王城に上がり、そろって王妃教育を受けていた。
王妃教育を担当するのは第二王妃で、第二王妃宮へ出向き、二人並んで講義を受ける。第一王子の婚約者であるアマンダにとって、第二王妃宮にはマジェリーほど行き慣れておらず、周りも知らない侍女ばかりで落ち着かない様子だった。そのためエディスがアマンダに同行し、後ろに控えることになった。
冷静でいて冷たさはなく、判断力もあり聞き上手なマジェリーに対し、おしゃれでおしゃべり好きで好き嫌いが多いアマンダ。共に学んでいても理解力に明確な差があり、マジェリーが評価されるほどにアマンダは勉強への意欲をなくし、しぶしぶ講義を受けているのは見ているだけでわかった。
爵位と令嬢の質はまた別問題ではあるが、現状では残念ながらアマンダの方が劣勢と言わざるを得なかった。
講義自体は面白いのに集中できないアマンダを見て、せっかくタダで勉強できるのにもったいない、学業なんていつでもできると思って甘えてるな、と思いはしたが、余計なことを言って令嬢の不興を買わないよう、口をしっかりと結んだ。
休憩時間に侍女仲間がアマンダに出した飲み物が気に入らないと難癖をつけられ、三十分にわたって嫌味を言われ、もう二度とアマンダのお茶出しはしたくない、と別の担当に配置換えになった。
次の担当者が決まるまでエディスがお茶出しを引き受けたが、幸い機嫌の悪い時ではなかったようで、侍女が代わったことにさえ気が付いていないようだった。
お茶を引くときに、アマンダのいた席から一口かじっただけで放置されたお菓子を数個見つけ、グルメなのも困ったものだとエディスはため息をついた。
侍女見習い期間が終わると、エディスは正式に侍女として採用され、そのまま第一王妃宮に残りリディアの子供であるカーティスの側付になった。
同じ宮をうろうろしていたので存在は知られていたはずだが、正式に側付になり挨拶をすると、クールな立ち姿から一転、カーティスはぷっと噴き出し、
「ご…ごじゃいましゅ、だ…」
と懐かしいネタをつぶやいてエディスを指さし、大笑いした。
いつにない王子の笑いっぷりに周りにいた者たちも目を丸くしていたが、言われたエディスはにこりともせず、よくも覚えていやがったな、と呪いを込めた視線を送った。
王子には既に側近が三人いて、身の回りのことはエディスがいなくても不足はないようだった。なので自分には大した仕事は回ってこないだろうと思っていたが、お茶出し、着替えの補助はもちろん、物品の管理、スケジュール管理、極秘でなければ仕事の書類の扱いも任された。側近のデリック、エド、イーデンはエディスに遠慮なく仕事を振り、時にはエディスに任せて誰もいなくなることもあった。そこまで信用されても少し不安ではあったが、期待を裏切らないよう与えられた仕事を着実にこなすことを心掛けた。
一月に一度行われるカーティスと婚約者アマンダの定例のお茶会の世話も、エディスの仕事だった。
アマンダの好き嫌いは概ね把握しており、さほど荒れることはなかったが、一方的に喋りまくるアマンダの話を微笑みを崩すことなく聞いているカーティスの我慢強さには敬服した。そのほとんどが自慢話で、一時間のお茶会はアマンダの独壇場だった。
アマンダが帰った後、新しいお茶を入れると、死んだように無表情のカーティスが、
「…長話が苦痛だって、婚約破棄の理由になるかな」
とつぶやくのを聞き、エディスは
「なる訳ありません」
と答えるしかなかった。