19 デート未満
不思議なもので、自分にその気がなくなると近寄って来る者が出て来た。
騎士団員のギルバート・シスレー。エディスと同い年で、子爵家の三男。王立学校を出てすぐに騎士団に入団。勤務歴半年ちょっとで、突如自己紹介してきて、以来城内で見かけると声をかけてくるようになった。
「エディスさんにも春が来たんですか!」
と第一王妃宮の新人侍女ローゼに冷やかされても、挨拶されれば返す程度の人なら王城の中には何人もいる。春が来たと言われてもどうも腑に落ちなかった。
しかし数日後、ギルバートに誘われて休みの日に一緒に街に行くことになった。食事にでも、という軽いノリで特に断る理由もなかったので了承すると、何故か後輩の侍女たちがそのことを知っていて、
「エディスさんがデートですって!」
と楽し気に噂を振りまいていた。
「おまえ、デートに行くらしいな」
その噂はカーティスの耳にも届いていて、ちょっと探るような口調で確認された。
「らしいですね」
「らしいって、自分のことだろう」
「まあ、食事に誘われただけなので、デートと言っていいか…」
「お前が男の誘いを受けるなんて珍しいな」
冷やかすように言われても、エディスは淡々としていた。
「今までお声がかからなかっただけです。…冷やかしだと思いますけど、何事も経験ですから。一応今年の目標は婚約者を見つけること、ですしね」
近くにいたデリックがエディスの物言いに呆れて思わず注意した。
「冷やかしとか、そんなことを言うから誘われないんだよ。誘う方にも勇気がいるんだから、いたわってやれよ」
そう言われて
「はいはーい」
と空元気気味ながらも明るく答えてみて、少しは浮かれてみるのも大事かと思い直し、しらけモードの自分を切り替えることにした。
街の広場にある噴水のところで待ち合わせし、連れて行ってもらった店は堅苦しくなく、味もよかった。仕事場では自分の方が先輩ながらさらりとおごられ、当然とも思えずお金を出そうとすると、
「まあ、初回はかっこつけさせてよ。出来れば次誘っても気軽に来てくれると嬉しいな」
そう言われて、お礼を言って厚意を受け取った。
店を出たところで、女子学生が二人、アクセサリーの店で楽しそうに話をしているのを見かけた。そのうちの一人がアマンダに似ていて、先日の侍女の話を思い出した。店の外に護衛と思われる者はいたが、侍女はついていないようだ。
もう一人が留学生のコリンヌだろうか。確かに仲の良い友達のように見えるが、友人と一緒とはいえ、ずいぶんと警戒心が薄くなっているのが気になった。
店のある辺りは人通りも多く、比較的安全とは言えるが、いつものアマンダであれば自分の立場をわきまえ、周囲の人とも距離を置いているのだが。
ギルバートと一緒にアマンダの行く先を追い、無事侯爵家の馬車に乗り込むのを見届けてから、自分たちも解散した。
「昨日はどうでした?」
と目を輝かせた後輩たちに聞かれ、アマンダのことは言わなかったが、ご飯を食べ、街をぶらついて終わった話で若い侍女には充分妄想できたようだ。冷やかされ、世間ではデートと言われながら、途中からはアマンダの監視にギルバートを散々連れ回しただけだ。
これではモテない訳だ、とようやくエディスは昨日の自分の対応が褒められたものではないことに気が付いた。




