16 婚約者の変更
それから一月もしないうちにジェレミーとマジェリーは婚約解消となった。本人たちの合意は早かったが、いつまでも反対していたのはメレディス妃で、それを説得したのは他ならぬジェレミーだった。
そして学年が変わる頃、当初の予定通り、マジェリーはアドレー国の王子マリウスと正式に婚約した。
愛する者同士を結び付けたジェレミー王子の寛大さに株は急上昇、急に空席になった大物の婚約者候補を目指し、あちこちから縁談が持ち込まれて大変だと聞いた。
カーティスは王から何か任務を受けているようで、学校に通いながら騎士団にも頻繁に出向き、遠くの領に泊りがけで調査に行くこともあった。騎士団に関わることになるとエディスが同行することはなく、その内容を聞かされることもなかった。
カーティスがいない日はクレアの相手をし、戻って来るとカーティスの元に戻る。兄に会いたいクレアがついて来ることもあり、そうなると留守中の報告は愉快なクレアネタが多くなる。
クレアがいないところでは真面目な報告もしたが、王城で起こっていることは留守にしていてもエディス以上にカーティスの方が把握しているようだった。噂高い侍女たちに囲まれているのに、どうしても世情に疎い部分がある。エディスはこればっかりは仕方がないものとして諦めていた。
王城ではアマンダの王妃教育が再開された。マジェリーがいなくなっても引き続き王妃教育は第二王妃が担当していたが、アマンダは第一王妃宮に立ち寄ることなく直接第二王妃宮に通っていたので、エディスがついて行くことはなくなった。噂では、アマンダは以前とは違い、真摯に取り組んでいるようだ。
このままアマンダが学校を卒業するのを待って結婚することになるのだろう。それに合わせてカーティスが王太子となるのではないか、というのがもっぱらの噂だ。
そうなると、エディスはアマンダの侍女になるのか、クレアの侍女になるのか。
あるいはそろそろ侍女からの引退を考えてもいいかもしれない。
王妃教育の影響なのか、アマンダの中で何かが変わっていた。
アマンダは感情に流されやすいところがあったが、一呼吸置き、冷静になってから行動するように意識しているようだ。この習慣はアマンダを大きく変え、周囲も落ち着いた、大人になったと高く評価していた。
身につける物も最大級に飾り立てるのではなく、時にはシンプルに、侍女の提案する落ち着いた装いをすることも多くなった。
先日夜会で見かけた時はずいぶん大人っぽい恰好も似合うようになり、婚約者がいながらも多くの男性から声をかけられ、笑顔を向けながら大人の対応をしていた。元々容姿は整っている方ではあったが、さらに美しさに磨きをかけ、人の目を引いていた。
見たところ、以前よりカーティスの好みに寄ってきているようではあったが、最近はアマンダがカーティスに対してそれほど執着していないように感じた。
お茶会も実に事務的で、十五分も一緒に座っていない。
今も続く乙女のお茶会の中でもほとんどカーティスの名前が出ず、侍女の話でも何人かの男性の名前が挙がるものの、カーティスの名はない。
夜会ではエスコートを受けているが、一曲踊って終わり。後はお互い自由にしている。
ときめく心がなくなったのか。それともこの距離感に慣れてしまったのか。
それでいいのか婚約者。
親が決めた婚約など、そんなものなのだろうか。
無難に落ち着くのが終着点だとしたら、結婚とは寂しいものだなとエディスは思った。
マリウス王子が卒業した翌日、マジェリーはアドレー国に旅経つ前に王城に挨拶に来た。
その日はアマンダも来ており、カーティス、ジェレミー、アマンダ、そしてカーティスについていたエディスにも別れの挨拶をする機会があった。
謎の聴講生が変装したエディスであることは、いつの間にかみんなに知れわたっていた。
マジェリーからレポートでSを取ったのはマジェリーとエディスだけだったと聞かされ、
「もっと一緒に学びたかったわ」
と言われてエディスも嬉しくなった。
ジェレミーとは元婚約者とも思えないような不思議な距離感があり、淡々と話す二人は今はもちろんかつても恋愛感情など抱いたことはないようだった。王城での王妃教育の間、一貫してクールに見えたマジェリー。しかし冷静なように見えて実は情熱的な公爵令嬢は、新天地で待つ愛する王子のことが話題になると一転し、散々のろけた後、笑顔で王城を去って行った。
「政略結婚と恋愛って、両立できるのね」
アマンダは頬に手を当て、溜め息をついていた。




