13 宿題を一緒に
馬車が王城に着くと、
「着替えたら、その鞄を持って部屋に来い」
そう言うとカーティスはエディスより先に馬車を降り、一人でさっさと自室に向かった。その、と言って指さされた鞄は、カーティスのものではなく、エディスのものだった。
すぐにお仕着せに着替えてカーティスの部屋に行くと、カーティスはすでに着替えを済ませていた。言われるままソファの上に自分の鞄を置き、いつもの仕事に戻った。
今日のカーティスの夕食は早めで、カーティスは部屋に戻るとすぐに自分の鞄とエディスの鞄を手にして
「ついて来い」
と、どこに行くとも言わず部屋を出た。
「鞄、お持ちします」
と伸ばした手は、いつものように無視された。
着いた先は王城の図書室だった。学校の図書館の比ではない、貴重かつ滅多に触れることもできない資料がつまっており、侍女の身では頼まれた本の受け渡しはできても、許可なく借りることなどできないものだ。
「こ、ここ、…あの、」
「俺がいる間、好きにしてろ」
そう言ってカーティスが広げたのは、例の歴史の講義のレポートだった。見たところ半分はできていて、少し調べ物をするのか、数冊の本を手にして席に着いた。
今まで目の前で宿題をしているのを見たことがなかった。学校には学友と交流を持つためのサロンはあるが、王族だからといって特別な学習室があるわけでもない。いつもどこでこなしているのだろう。自分が仕事を終え、退室した後か、今日のように城の図書室を使っているのか。
せっかく調べ物をするための環境を与えてもらったのだ。エディスは数冊の本を持ってくるとカーティスの隣に座り、時々王城の職員が出入りするのも気にすることなく、期限の近いレポートを一から完成させるべく、ペンを走らせた。
気が付けば、こりもせずまた居眠りをしていた。
完成させたはずのレポート。夢でなければここに、まさかまた…
昼間学校で盗まれたことを思い出し、飛び起きると、ちゃんと手元に完成したレポートがあった。
肩がひゅっと寒くなり、見ると自分にかけられていた上着が落ちていた。
カーティスのものだ。侍女でありながら主人をほったらかして居眠りをし、あろうことか主人の上着を借りるとは。
隣を見ると、カーティスもまた腕を組んだまま椅子にもたれて眠っていた。
こちらもレポートは完成したようだ。
友達と一緒に宿題を仕上げる。ささやかなあこがれが達成されて、あれほど募っていたレポート盗難犯への憎悪がさらさらと溶けていくような気がした。
自分とカーティスが持ち出した本を棚に戻し、それでもまだ眠っているカーティスを起こすのを少し可哀想だと思いながらも、
「殿下、起きてください。殿下」
と声をかけ、軽く肩に触れると、機械仕掛けのように両目がぱっと見開かれ、驚いたようにエディスを見つめていたが、急にふんわりと優し気な笑みを浮かべた。
「…? 殿下?」
再度エディスに呼ばれて我に返ると、急に笑みを消し、
「…できたか?」
と問いかけてきた。レポートのことを聞いているのだろう。
「はい、おかげさまで。ありがとうございます」
と答えると、大きな手でさわりと頭を軽くなでられた。
「よくやったな。…明日は休みでいい。ちゃんと寝ろよ」
明日休んでいいなら、明日レポートを仕上げたのに。そう思いつつも、こんな一等地で、一流の資料を使ってレポートを仕上げられたことには感謝しかなかった。
図書室を出て、部屋までついて行こうとしたが、
「城の図書室くらい何度も一人で来ている。大丈夫だ」
そう言って、送らせてはもらえなかった。
レポートを提出し、無事合格点をもらい、エディスのにわか学校生活は終わった。
学校での王子たちの様子については、
「学校でも皆さん楽しそうにしていました」
とだけ伝えると、リディア妃はにこやかに
「そう、良かったわ」
と言い、それ以上の報告を求められることはなかった。




