1 王子の誕生会
今年もルーべニア王国の二人の王子の誕生会が開催されることになった。例年であれば、伯爵家以上の子女が招待されるのだが、その年は王国にいる貴族の子女のうち年齢の近いものがあまねく招かれた。
二人の王子は年は一つ離れていたが同じ月に生まれていたので、誕生会は毎年合同で行われている。パーティ好きの貴族であっても、ほんの一週間しか違わない王子の誕生会が別に開催されれば準備だけでも大変で、どちらかにしか参加できない者も出てくるだろう。そうなると王子の人気を測ることになり、今後の国政にも影響を及ぼすことになる。
たかが誕生会、されど誕生会。主催者も招かれる側も対応を誤ることは許されないのだ。
今年の「みんなでお祝いしてね」な誕生会も合同開催だった。
招かれたのは爵位のある貴族の子供で、対象は八歳から十五歳まで。父兄の同行は不要。プレゼントも不要。気軽に来るように、と書かれながらも特に令嬢は欠席のないように、と付け加えられていた。
王家からのご招待だ。この国の貴族である以上、よほどの事情がない限り拒否権はない。
エディスもまた父に言われるままパーティに参加することになったが、貧乏子爵家に贅沢する余裕などない。
「参加すれば不敬にはならないんでしょ? 適当にやっておくから」
そう言って、父が無理して工面した金には手を付けないようにした。
母のお古のドレスを探し、侍女と一緒に自分の背丈に合うように縫い直した。かつてはオフホワイトなんて洒落た名がついたかもしれないその色は、どう見ても経年で黄ばんでいるようにしか見えない。
母の形見のネックレス。宝石箱の中身はかつての半分も残ってない。父はできるだけ手を付けないよう頑張っているようだが、これも来年には小麦に変わるかもしれない。ため息をつきながら、最後のお披露目の機会を持ててこの石も喜んでいるだろう、と思うことにした。自分は全く喜べる状態ではなかったが…。
手袋とストッキングは、去年伯母からいただいたものがあった。成長期とはいえ、まだまだ入る。いとこから譲ってもらったコルセットは自分にはまだ少し大きく、絞めたところでさほど締まった気はしないが、ないよりましだ。
当日、じいやに御してもらって久々に動かした家の馬車はひどくがたついていて、着く前に吐しゃ物でドレスを汚せばそのまま帰宅となる危険性もあった。
同行する侍女も侍従もいない。万年人手不足の家だ。言い出しにくそうにしているじいやに先に断り、送ってくれればいいから、というと申し訳ないとよよよと泣いていた。じいやこそ、この振動で腰をやられないか心配だった。
じいやが馭者台から降りるのを待つか、自分で降りるしかないだろうな、と思っていたが、車寄せに待機していた侍従らしき男がドアを開け、手を差し伸べてくれた。今日はこういう客も結構いるのかもしれない。
さすがに侍女も連れていないケースはレアだったのだろう。馬車の中を軽くのぞき込み、エディス以外誰も乗っていないことを二度見して、薄―い笑いを浮かべながらドアを閉めた。侍従たるもの、客に恥をかかせては二流だ。
まあ合格、とエディスは軽く礼をして、祖母が使っていた、もう匂いもしない香木でできた扇子を口元に当ててほほ笑んだ。
「どうぞ、ご自由にご歓談ください」
会場となっている庭園に案内すると、侍従はいなくなった。
すぐに体つきの変わる子供にドレスをホイホイと準備できるのは、上位貴族か、羽振りの良い家。しかし今回は王子たちの婚約者、つまりは将来の王妃を選ぶ場も兼ねているのは暗黙の了解事項で、令嬢を持つ家はどこも砂漠の砂粒ほどの可能性をかけてそれなりにめかし込んで参加していた。
しかし、財力の差を埋めるのは容易ではない。美しく着飾った令嬢、子息が王族のいる上座に集まり、それはいつも招待される面々とほぼ変わりなかった。
そしてエディスがそこに加わることはない。
王への挨拶のために並ぶ列はなく、誰も王からの呼び出しを受けることもない。練習した挨拶も不要だった。
中央のテーブルに置かれた、五段重ねのどでかいケーキ。ここにいる全員で分けるなら食べきれるだろうが、無駄な大きさだ。
軽食にスイーツに果物。どのテーブルにも見た目も麗しく、味も麗しそうな食べ物が置かれている。
エディスは会場の一番端に用意されたテーブルに向かい、さっきまで馬に酔いかけていたことも忘れてその上にある食べ物を端から順番に皿に盛り、さすが王家、と滅多に味わえない最高級の味を堪能した。
エディスの周囲には、同じくきらびやかな面々とは交じり合うことのできない家格の子女たちが、それぞれ見知った友人を見つけて会話を楽しみ、友人を通して新たな縁を結んでいた。中には走り回っているやんちゃな子供もいて、家令が必死に止めている。
エディスもまた数人の知り合いに挨拶はしたが、現在絶好調に落ちぶれているスタンレー家と仲良くしようとする者はおらず、話の輪に入ることも自ら遠慮した。
王様も罪なパーティをするもんだなあ…。
パーティへの出席は、貴族に散財させることが目的だとしても、斜陽の家には追い打ちをかけるものだ。
一昨年の大雨で領内の崖が崩れ、橋が流された。スタンレー家の領と王都をつなぐ道は長い間行き来することができなくなり、どこへ行くにも大回りを余儀なくされた。
その道は王国の北にある湖周辺の避暑地に向かう最短ルートでもあり、道沿いにあった街はそれなりに賑わっていたが、水害以降人の流れは途絶え、商売をやめ、領を離れる者も多かった。
道が本格的に復旧したのはついこの間。橋は通れるようにはなったものの、全面開通にはもう少しかかる。ここからどれくらい取り返せるのか…。安全第一と周辺の補強も怠らず、橋は馬車二台が通れる広さに広げ、かなり金をかけて修繕したせいで、領の収支は真っ赤っか。領主であるスタンレー家もしかり。取り返すのが早いか、破産が早いか…。