えっ?ダメインなんて聞いてねー
ちょっと待てや。こら。
楽しそうに歌う彼女を前に、瞬きすること2回。
ようやく現実を受け入れた私の正直な第一の感想は、初っ端冒頭の『ちょっと待てや』に尽きた。
だって、だって、だって!!誰がこの世界のヒロインが救いようの無い音痴だなんて想像するの!?
神様、私が何をした?一体全体どういう事かな?ん?
毎日この世界へ転生させてくれた事へ感謝のお経を唱えて、神棚まで密かに作った。
まだ足りない!?まだ足りないと言うのか?かくなる上は、公爵家の力を使って神社でも建立しろと思召なのか!?
作っちゃうよ!?ねー、作っちゃうからね?それはもぅ大層ご立派な神社!!
くらり。
脳内で激しくはぁはぁしていたはずなのに、現実の身体もちゃんとダメージを受けているようで、貧血のような浮遊感に一瞬片膝を付きそうになった。
落ち着け、私。荒ぶるな、私。思い出せ、令嬢魂。
事態を一旦回収したい。
突然だが私、ローゼリー・クレシェンドはいわゆる転生者と言う奴で、前世で取るに足りないようなオタクをしていた。
そんな前世の私には、推すに推している推がいた。
その推しは、私が前世夢中でプレイしていた乙女ゲーム『シンデレラプリンセス』略してシンプリの攻略対象の1人、正統派王子アルベルト様!!
プラチナブロンドのサラッさらな髪に、アメジストの瞳。どこか寂しげに微笑むその孤高の存在に、当時の私は画面越しに目が合って一発でノックアウトしたのだ。
あまりの高貴なオーラを前に、無意識に正座してプレイしてたっけなー。
そんな私が、転生者であると前世を思い出したのはつい2ヶ月前に遡る。
その日、御歳8歳を迎えられるアル様ことアルベルト王子の誕生祭的なセレモニーであるお茶会に参加したところ、一目目が合った瞬間に全てを思い出したのだった。
さすが!推しへの愛の力!!!!シンプリに転生とか最高じゃん!!と、打ち震えたのまではよかったのだが、よりにもよってまさかの悪役令嬢ポジション。
一瞬血の気が引いた私だったが、あれ待てよ?シンプリ死亡エンドってなくない?追放くらいなら前世一人暮らしのオタクには問題ないな。
むしろ、近くで愛を深め合う2人を見れるなんて最高か?最高だな。
てな具合で開き直って悪役令嬢を演じる事にした私だったのだが・・・。
気持ちよく歌い終わったヒロインちゃん、ことベルは私に向かってニコリと微笑んだ。
「どうでしたか?クレシェンド公爵令嬢さま?」
「・・・」
天使のごとく微笑むヒロインちゃんはまさに天使。
うん。かわいいよ。かわいい。すごく推せる!推せるけれど・・。
「歌だけは、ぜっん全推せねぇ」
「えっ?」
きょとんと首を傾げるベルに私はガシっと両肩を掴むと血走った目を向けた。
「このままじゃ、ほんっっっとーにまずいわよ!!」
「ひっ、」
私の危機迫る顔面に恐れをなしたのか、ベルは小さく叫ぶと目を見開いた。
あら、怯えた顔もかわいいわ。さすがヒロインちゃんと、関心しそうになる。
そもそも、ベルは何にも悪くない。
ここで一度、自分の為にも状況を整理したいと思う。
今私は園遊会に参加している。
お城で開かれる園遊会は、いわば貴族の義務で末端の貴族まで参加する大掛かりなものだ。
かく言うヒロインちゃんも末端ではあるが、貴族の端くれ。
公爵令嬢として、挨拶回りをしていた私は目ざとく視界の隅っこにヒロインちゃんを捕らえ、なみいる挨拶人の壁をすり抜け、問答無用でヒロインちゃんの手を掴むと、ギョッとしている周り及びヒロインちゃんを尻目に私は人気のない会場の隅っこにヒロインちゃを連れ出して、無理やり歌わせたのだった。
一応ね、シンプリファンとしては一瞬、ほんの一瞬悩んだのよ?
だって、ストーリーに幼少期にベルとローゼリーが出会ったなんてくだりないもん。
でもさ、目の前に生きたヒロインがいるんだよ?あんた。
そりゃ、誰だって攫う・・いや、お近づきになりたいでしょうよ?
はっ!今はそんな事云々と抜かしている場合ではなかった。
私は怯えるヒロインちゃんをじっとり見つめながら、さてどうしたものかと眉をひそめた。
そもそも何でヒロインちゃんに歌わせてるかって?
それはシンプリのストーリーに大きく関わってくるからだ。
シンプリのストーリーは、ヒロインちゃんが王城へ行儀見習いのメイドとして城へやってくるところから始まる。
とある昼下がり、歌好きなベルが洗濯を干しながら歌っていると、そのあまりの美しい歌声にアル様が誘われやってくるところから二人の接点が始まる。
ただ、この時はいたずらな風にはためいたリネンのシーツが邪魔をして、アル様はベルを見つけることは出来なかった。
ああ!今思い出しても萌える!悶える!!!
薄いリネンのシーツ一枚を隔てて二人がすれ違うシーン!!
アルベルト王子の存在に気付かないベル、美しい声の主を探すアルベルト王子!!
そして、幾度となく歌は聞こえども、姿は見えずのイベントを繰り返すうちに、アル様は、密かに声の主を探し始めるのだ。
ああ!前半の好感度を上げるプレイと幾度となく、すれ違う二人になんどじれじれと悶え、「ああああ!早く!ベルに気付いて!」と何度奇声を上げ喉を枯らしたことか。
あれは、作成者はよほど焦らしプレイが好きなのかと、どうでもいい事を勘ぐった。
と、まあそんな感じでその他の攻略対象者も、似たような出会い方をするし、イベントもある。
全てのルートで共通しているのは、謎の美しい歌声だけを残して、最初は姿を見せない、その他も何度か声はすれども姿は見えずのイベントがある。
ええそう!
そうですとも!お気付頂けただろうか?
美しい歌声を残して、去るのだ。
大事な事だからもう一度言おう!!
美しい歌声だ!
そう決して、決して、歌を覚えたてのインコがご機嫌で歌う歌ではダメなのだ!
そもそも、あのちょっとずれた歌を楽し気に歌うのはインコだから許されるのだ。正直私もその手の動画は好きだった。
が!しかし!ことヒロインちゃんに関しては許されねぇ!!!
イベントが成立しなくなってしまう。
そうなってくると、二人のあのじれじれからの甘々溺愛スチルを近くで見る楽しみも、アル様の幸せ推進計画も全てがおじゃんになってしまう。
「・・・んな事させないからな?」
「あっ、あの・・・クレシェンド公爵令嬢さま・・・?」
ベルの怯えた瞳を見つめたまま、私は彼女を掴む手により力を込めた。
「ほんっっっとぉに、危なかったわ!!」
「えっ?えっと・・?はい・・?」
幸い、まだ幼少期で出会いのイベントまでまだかなりある。
これは、幼少期のベルを見かけて、今しか聞けない幼女時期のベルの歌声を聴きたいというオタクの本能に従い、会場から攫って、公爵令嬢の立場から無理やり歌わせて逆に良かったのかもしれない。
私は、血走る目もそのままに口角だけあげ、ニヤリと笑った。
「ひいぃっっっ!!?」
その時の顔をベルに、あれは人生の終焉が今この時なのかと思った、と語られるのは、また数年後の話だ。
「あなた!わたくしのお友達になりなさい!」
「ひっ!ごめんなさっ・・・ふえっ?おっ、お友達?」
「そうよ!これからあなたはわたくしのお友達になって、その音を外して歌うインコを卒業するのです!」
「・・・インコ・・?」
私はがしっとベルの手を力強く握ると
「あなた!その今のままじゃ幸せに出来ないわよ!大丈夫!このわたくしがしっかりみっちり、ヒロインとは何かを指導してさしあげますわ!!」
「・・・・・。」
その後、無理矢理お友達になったベルに地獄のような歌のレッスンを受けさせるも、天性の音痴は治る事はなく、イベントを起こす為に私がベルになりすまして歌う羽目になる事や、そしてそこからテンプレのような攻略者達とのすったもんだが起こる事は、また別のお話。