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私の罪悪感とそれ  作者: ぎん。
2/2

はじまりってそんなもん【春】

彼は生きている。

彼はちゃんとこの世で生きている。

彼はこの生きづらい世の中の人間として、

そして私の恋人として、

カレは生きている。

 『演劇サークル~GuiLt~』通称『ギルト』に所属した私は今、涙をこらえている。

「ありがとうございました!」

三人の大きな声が、小さな劇場に響く。最初に見学で見ていたはずの物語で、ここまで感動するとは……。自分にもびっくりしていたが、物語の良さや役者、音響照明の影響力にも驚いていた。なんだか作り物で泣いてしまう自分が恥ずかしくて、誰が見ているわけでもないのに泣くのが嫌だ。


 客出しが終わり、私一人が客席に残っていた。そこに、先ほどまで観客を見送っていた全員が舞台上に集まってきた。満面の笑みで、今までで一番楽しそうに。

「みんな、お疲れ様でした!」

第一声、そう叫んだのは怜志さんだった。今回の舞台は春公演と言われ、新入生を主にターゲットとした、いわゆるサークル紹介のようなものだ。ただ、普通のサークル紹介と違うところは、新入生以外にもちゃんと観客がいることだ。その普通とは違うサークル紹介に、少し面白さを感じる自分がいた。

 今回の脚本・演出・座長を務めていた怜志さんのあいさつと、演者やスタッフたちのあいさつ、舞台終わりの謎のレクのようなことも終わり、淡々と撤収作業が始まった。私もなぜかそこに加わり、掃除を任されている。脚立に上り照明道具を片付けている、怜志さんをチラ見しながら。

「はい、よそ見しなーい。」

ニヤニヤしながらそう声をかけてきたのは、大道具を軽々と持ち運ぶ二年の優子さんだった。初めて会ったときに驚いたことを思い出したが、大道具班である今の彼女を見れば納得だ。さすがのコミュニケーション能力で全員をまとめている。何度見ても一つ上とは思えない。

「そういえばリッキー、なんでイグッチもいるの?せっかくの新入生なのに、ねー。」

リッキーとは優子さんのことで、さっそく私をイグッチと呼んでいるこのチャラめの男性は、二年の佐藤勇太(さとうゆうた)さん。優子さんは怪()なことからリッキー、勇太さんは名前が在り来()()なことから、タリーと呼ばれている。この謎の語源からくるあだ名は伝統だろうか。その割に私のあだ名は兄のものがそのまま私のあだ名になってしまった。なんだろうこの少し寂しい気持ちは。

「新入生だけど、正式な説明会の前に所属願出してたからさ、早めに仕事覚えてもらっちゃえと思って。」

優子さんはいつも、考えるより先に行動派らしい。完全に巻き込まれた。

「こうやって撤収の時間も短縮できてるし、なにより楽しんでくれてるみたいだから、よかったじゃない。」

言い回しが柔らかく、優しそうな、でも謎めいた笑顔を浮かべてそう言う眼鏡の男性は、三年の(てる)さん。苗字はなぜか誰も知らなく、あだ名もそのままテルさん。本当に謎めいている。が、悪い人ではないと思う。それよりも、そんなに楽しそうにしていたのか私は。


 今回、役者はリッキーさん、タリーさん、テルさんの三人、照明は怜志さん、そしてもう一人音響として外部の人を呼び、計五人というごく少人数での座組の舞台だった。スタッフとして、幽霊部員や引退した四年生、同大学の『万屋同好会』という、大学ならではのなんでもありな同好会に手伝ってもらっていた。いつもこの同好会に助けてもらっているらしい。

「イグッチは役者希望?それとも裏方?」

撤収が終わり、私を含めた六人で帰っているところ、タリーさんが話しかけてきた。一人になって歩いていることに気付いて気を遣ったのだろう。そういえば、所属してからのことは考えていなかった。もともとの目的は怜志さんであり、演技もやったこともない。そして今回の舞台を見て思った。私も怜志さんと同じよう、役者さんを照らしてみたい。怜志さんを抜きにしても、しっかりと照明に興味を抱いていた。

「……照明を……やってみたいです。」

数歩先を歩いていた怜志さんが振り返って、私と目が合った。とてもうれしそうな目だ。恥ずかしくなった私はいつものごとく呼吸を忘れる。

「じゃあ照明班で決まりだな!」

あからさまに明るい声で怜志さんが私を指さしながら言った。が、優子さんがその指を下す。

「もうクレさん引退したでしょー。あと、決定はまだ早い!」

そう、怜志さんは二年前にもう引退している。なんなら卒業もしている。今回は脚本家がおらず、サークルとしては活動が厳しいということになり、テルさんがお願いしたそうだ。脚本を依頼されただけなはずなのに、流れで演出と照明もこなしてしまうという、さすがは伝説と呼ばれる人だ。

「でも人数も少ないし、決定でよくね?」

タリーさんの言葉に「まあね」という不満そうな顔でうなずいてから、優子さんはまた前を向いて歩き始めた。

もしかして優子さん——

「現会長はどうおもう?テル。」

「まあ、新入生が他にも入るかもしれないことを考えると、まだ決定はできないかな。でも、できるだけその希望に添えるようにはしたいね。」

怜志さんに対してため口を使ったテルさんに少し驚いた。普段は話しているところを見ないが、どんな関係なんだろうか。


 そして表向きだけの所属願締め切り。結局所属したのは、私と桑井静(くわいしずか)の二人だけ。私は念願の照明班となった。

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