第十話 そして、秋元は考えるのをやめた。
……正直に言おう。
あのあと、浜ノ宮とゆっくりしていた稔は、ものの数分足らずで教師に捕まって生徒指導室まで連行された。
「お前は一体何をやっているんだ!!」
そう生徒指導室の隅で怒鳴り声を上げたのは、筋肉モリモリマッチョマンの教師だった。
目を合わせただけで、全身に悪寒が走るくらいの威圧感を放つ筋肉モリモリマッチョマンの教師はただひたすら稔を睨んでいた。
「いえ、まぁ、浜ノ宮の様子がおかしかったもので」
正直に事実を言うと、教師は訝しげな視線を稔に向けながらこう口にする。
「なるほど、浜ノ宮か……。確かに、彼女にも色々とあるからな……。
だが、それとこれとは話は別だ。今回、私が怒っているのはあんなわかりやすいところで堂々と授業をサボっていたからことだ。もしかして、秋元? 先生たち舐めてる?」
「そんなこと絶対にないですよ」
稔は一応、自分の立場というものを理解している。ここで、教師の評価を下げることだけはしたくなかった。
「せめて、もう少し誰の目にも触れないところでサボるならサボってくれよ。あそこだと、どう見ても私たちを舐めているようにしか思えんぞ」
稔から目線を外し、ため息つきながら教師は言った。
たしかに言われてみればその通りだと思う。
自分が教師の立場なら教室棟と管理棟の間の中庭という、わかりやすい所でサボられていたら、舐められてるんじゃないかと思うかもしれない。まぁ、サボる気があってサボっていたわけではないのだが……。
「正直、私は別にサボってもいいと思っている人間だ」
予想外のことを言われ、稔は目を丸くした。
いきなり何を言い出すのだろう。この教師は。
「確かに、世間一般ではサボることは良くないことだ。真面目にやっているやつからしたら許せないことだろう」
教師は背後にあった窓から外を見ながら言葉を続ける。
「誰にだって逃げたくなる時はある。本当は逃げずに立ち向かうことが一番なのだが、人間はそんな強い生き物じゃない。だから私はサボることに関しては怒らない」
そこまで言って教師は一拍置くと、「だが、」と、付け加えて、こう言った。
「せめて、見つからないような所でサボるならサボってくれ、じゃないと他の生徒たちに示しがつかない」
教師の話を聞き、この人もこの人で大変なんだなと思った稔は「分かりました」と返事をする。
すると、教師は何か納得したのか、稔は解放された。
「それじゃあ、失礼します」
「おう。わかればいいんだ」
筋肉モリモリマッチョマンの教師はそれだけ言い残して近くの先生と仕事の話をし始めた。
あまり長居しても迷惑だと思った稔は、そのまま教室を後にした。
生徒指導室を出ると、どうやら昼休み入っていたようで仲間たちと遊んでいる学生や、予定がないのかブラブラ歩いている学生がいた。
「うぃぃぃぃぃす。稔!」
いきなり肩をバンっと叩かれ振り返ると卓士が立っていた。
「なんだよ。卓士か」
「なんだとは失礼だろ。どうどうとサボっていた友達を心配してきたのにさ」
「誰も、頼んでないだろ」
「まーたそうやって塩対応するぅ〜。いいか、稔。友人というのわな…………」
今、気づいたのだが、今日の卓士はえらく上機嫌だと思う。その証拠に普段あまり使わない口調で喋っている。
もしかして、誰かにお酒にはでも飲まされたのか?
などと、稔が考えていると前方からよく見知った人物達が現れる。
「あ〜いたいた。稔探したよ〜」
「ちょっと! 卓士!! 何、秋元くんにだる絡みしてるんですか」
「ねぇ、真澄。もしかして、折重のやつ酔っ払ってる?」
真澄と花崎が並んで歩き、卓士を止めるために横石がこちらに走ってきている。
「いや多分、あれは卓士が要件を言いやすいようにしようとして空回ってる感じだね」
「だから、秋元、引き攣った顔してるんだね」
横石が卓士をホールドし、無理やり稔から引き離す。
そんなことをしていると花崎と真澄が追いつき、稔は一息ついた。
「なんのようだよ。卓士に真澄? それと……」
ちらり、と花崎と横石を見る。正直、二人とは関わりがあまりないのでなんで声を掛ければいいのか稔はわからずにいた。
「あ〜、いや、用があるのは稔じゃなくて浜ノ宮さんかな。あ、もちろん稔にも関係してることだよ?」
真澄はがそう言うと、卓士が口を挟んでくる。
「なーに言いづらそうにしてるんだよ真澄。稔、今度の日曜日、浜ノ宮さんと俺達とでどこかに遊びに行くぞ!!
浜ノ宮さんの予定聞いといてくれ」
「はい?」
どうしてそうなったのだろうか。卓士に予想外のことを言われ反応が追いつかなかった。
「私、浜ノ宮さんと一回話してみたいんだよね」
「加奈ちゃんと同じです。昨日転校してきたからもありますけど、ずっと秋元くんにくっついてて一度も話したことないんですよね。だから、話してみたいんです。だから、お願いします」
真澄と卓士の背後にいる花崎と横石が稔に頭を下げる。
「ということだぜ! 頼むぜ稔!!!!」
「え、あ、はい」
そして、稔は考えるのをやめた。