表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

第九話 変わり始めた心

長らく、お待たせしてすみませんでした。

 夢を見た。いなくなった父親とそれを探しに旅に出た母親との記憶。六畳一間のボロアパートの中に家族全員が仲良く座っている。

 この日は、那智の7歳の誕生日で、両親がケーキを買ってきてくれた。

 幼い自分を間に置き両親二人が笑っている。曇り一つない、光り輝く温かい家族の暮らしだった。 


 浜ノ宮()はなんて甘い夢を見ているのだろうと思った。

 今はなくなってしまったその光景を懐かしくもあり、羨ましく思いながら眺めていると、突然、景色が切り替わった。


 母が那智の腹部を蹴る。そして、髪を掴んで壁に投げ飛ばした。

 どうしてこうなったのかな。

 那智は甚振られている自身を俯瞰しながら思い返した。 


 ……そうだ。確かこの時期に、

 ……父が失踪した。母と那智()を残して……。




 父親がいなくなった後、母の那智への態度は酷くなった。食事は一日一食あればいい方で、酷い時には暴力を振るわれた。

 子供だった那智()は、いつか父親が帰ってきてくれて、また幸せな家族としての暮らしが帰ってくると信じていた。

いや、今にして思えばそう信じるしかなかったのかもしれない。



 ……あなたは人に迷惑しかかけない。


 あの日、母が那智にそう言った。

 幼い那智()が稔と離れたくがないがために駄々をこね、その場の全員に迷惑をかけた日だ。


 稔と離れたくないがために家出を決意した。今思えば、あれは家出なんかじゃなかった。ただ一人で、勝手に遠くに行って迷子になっただけだ。

 見慣れない住宅街を一人歩く。知らない土地を進んでいくうちに心細くなってきた那智()に追い打ちをかけるように雨が降り注いだ。

 近くにあった公園のベンチで寂しく体育すわりをして、必死に涙を堪えるあの時間。

 地面に打ちつける雨の音。地面にしみ込んだ水が蒸されたコンクリートの匂いは今でも覚えている。


 ……本当に、私は迷惑しかかけない。

 ……そうだ、私は本当に迷惑しかかけない。

 稔君に対してだって、那智()は自分の感情を優先してばかりで迷惑をかけている。

 




「……宮!?」



 誰かの声が聞こえる。昔と違って低くなったけど、どこか、以前の面影を感じる声が……。

 そういえば、あの時も、浜ノ宮を呼ぶ声がしたような……。



「浜ノ宮っ!!」



 浜ノ宮を呼ぶ声がする。その瞬間、浜の宮の景色が大きく変わった。











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……稔君?」


 先ほどまで青白く血色のなかった浜ノ宮の顔が徐々に元に戻っていく。


「浜ノ宮……」


 もう一度、彼女の名前を稔は呼ぶ。


「稔君。どうしたんですか?」



 すると、浜ノ宮は笑みを浮かべ返事をした。その瞳には少しだけだが光があった。

 


「びっくりしたぞ。いきなり、死んだ魚のような顔をしだしたんだから」



「わ、私はそんな顔してないですよ!!」



 眠る前と同じテンションで抗議する浜ノ宮の姿を見て稔はほっと息をついた。それと、同時にこれ以上、今の話に踏み込んではいけないのだろうとも思った。

 人には皆、知られたくないことの一つや二つある。

 もし、浜ノ宮がその話をしたくなったら、きっと、自分の口から言ってくれるはずさ。

 だから、稔はその時を待つことにした。


 ――でも、少年。彼女がずっと一緒にいてくれると、思わない方がいい。


 先ほど、レイチルに言われた言葉が脳裏に浮かぶ。

 


 ――つまり、今の関係を維持したいのなら、君も能動的になって動かないといけないってことさね。


 稔の心に深く突き刺さったその言葉がどうしても頭から離れない。



「稔君?」



 そんな稔の様子をおかしいと思ったのか、浜ノ宮は、不安そうな顔を浮かべて稔を見ていた。

 ついさっきまで、様子がおかしかったのは浜ノ宮の方なのに……。つい、おかしくて稔は笑ってしまった。


「な、なんで笑うんですか!!」



 その時、始業のチャイムが鳴った。


「あ……」



 浜ノ宮が小さく声を漏らした。



「授業はじまちゃったな。しかも、ここ中庭だから、すぐ先生来ると思うけど……どうする?」

 


「……じゃ、じゃあ、先生に捕まるまで……このままでいいですか?」



 浜ノ宮に膝を貸したまま頷いた稔は、そのまま、金魚の様に赤く顔を染めた教師が来るまで、浜ノ宮との時間を過ごしたのだった。




 何かが、稔の中で変わり始めているのに気づいたのはしばらく経った後のことだった。







 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ