第八話 ムードブレイカー☆
「あぅ……。お、お似合いって……。別にわたしは、、、そんなつもりじゃ」
真澄の地雷が見事に爆発し挙動不審になった浜ノ宮はフラフラと周囲を彷徨うように歩いていた。
何もないところで躓いたり、稔の方に向かっているはずなのにその足取りはおぼつかず、まるで蚊のように周囲を徘徊していた。
さすがに見ていられないので、稔は浜ノ宮に近寄り、細い身体を支えた。
この際教室のことは考えないようにした。
「……稔、、、くん?」
支えを得たことで、まともに歩けるようになった浜ノ宮は、なまめかしい声で稔の名前を呼んだ。
ちょっとドキッとするからこういうのは体に悪い。
その後、立っているのがしんどくなったのか稔に倒れ掛かった。
「ごめん。真澄の奴にはあとできつく言っておくから」
なんの謝罪かわからないが、とりあえず謝罪する。
「大丈夫です。ちょっと、中庭で大きな声で言われたから動転してしまってだけです」
浜ノ宮の額に触れる。お風呂のお湯ぐらい熱かった。もしかすると、40度を超えているかもしれない。
「あっつ!? 浜ノ宮さん。とりあえずそこの石段で休も?」
稔に支えられ、石段の上に座った彼女だが、已然として熱が下がりそうな様子はない。
「あの……一つお願いを聞いてもらってもいいですか?」
浜ノ宮は顔を赤く染めたまま、言葉を紡ぐ。
その姿を見た稔は無言でうなづいた。
「その……、膝。枕をしてもらってもいいですか?」
「ひ、膝枕??」
「あ、嫌ならいいんです……」
「いやとかそういうわけじゃないけど……」
……ひっ膝枕ってあの膝枕!?
動揺する稔の太ももにどしんと浜ノ宮の重みが加わった。その感覚にむずがゆさを覚えながらもなんとか我慢する。
胸の内側がとてもかゆい。これだとどこからどう見ても休憩中にイチャイチャしてる熱いカップルだ。
浜ノ宮の顔を覗き見ると、静かに寝息を立てていた。よくよく考えると、休憩終了まであと3分。この状況は非常にまずいのではないか。
「はぁ……。また教室で騒ぎになる奴じゃん……これ」
浜ノ宮の顔にかかっていた髪を指ですく。スースーと膝に振動が伝わってくる。
……まったく、こっちの気も知らないで。
何度も愚痴っているが昨日から浜ノ宮には振り回されっぱなしだ。
やることがいつも急でその度に振り回される。でも、心なしか悪い気はしなかった。
それでもずっとかき乱されているから心の整理なんてできやしなかった。
「……いたいけな少女とランデブーしてるところ失礼するさね」
「うわっっっ!?」
突然、耳元で囁かれ思わず稔は身じろいだ。
慌てて浜ノ宮を見るが起きた様子はないことに一息ついた稔は恨めしそうに背後に立っている人物に視線を向けた。
「キャパッ!! 少年、一日ぶり!」
金髪のサイドテールをした女性。レイチル……なんちゃらさんが仁王立ちをするかの如く立っていた。
「少年。レイチル・黄城・バームクーヘンだぞ。いい加減覚えろ」
相変わらず人の心を読む人だ。もしかして、ニュー○イプとか、ネク○トみたいな能力者じゃないだろうな……。
「あ……分かりましたよ。なるべく覚えるように努力します」
「うむ! その心意気はよし!」
何に納得したのかわからないが、うんうんと頷くレイチルさん。
そういえば、昨日は後ろの髪をおろしてのサイドテールだったのだが、今日は完全なサイドテールのようだ。
「ふむふむ。少年君には彼女がいたのか? それも可愛らしい彼女だな」
「違いますよ。彼女は、その自称彼女っていうかそういう感じのです」
「自称彼女? 君は彼女のことが好きじゃないのか? 好きだから、膝枕なんてしてるんでしょ?」
そのレイチルの言葉が稔の胸に鋭い矢のように突き刺さった。
だからだろうか、自分でも今、どんな表情をしているかわからない。
「ふーむ。その顔を見ると、まだ自分の気持ちを整理できてないって顔さね」
「わからないものはわからないですよ」
やけでそう口にする。
……そう、わからないのだ。
急に彼女を自称され、家まで押しかけられて一緒に寝た。そこまで親密だと好きなのかもしれないけど、稔自身出会ってまだ一日の少女のことを好意的な印象はあれど、明確な好きという感情なんて生まれるはずがない。そこまで進展するにはあまりに互いを知らなすぎると痛感した。
そんな稔の様子を面白く思ったのか、レイチルは笑みを浮かべた。
「でも、少年。彼女がずっと一緒にいてくれると、思わない方がいい」
「え? それってどういう……」
突然、意味深なことを言い出したレイチルはそのまま背中を向ける。
「つまり、今の関係を維持したいのなら、君も能動的になって動かないといけないってことさね」
「能動的?」
「そうさね。自分の中で正しいと思うこと。自分が間違いだって思わないことを選ぶのが大切」
その声音からはどこか遠い稔じゃない誰かに向けていっているような、そんな後ろめたさのようなものを感じさせた。
「あ、あの、レイチルさん」
無意識のうちに立ち上がろうとした稔は、膝で眠っている浜ノ宮に気づき慌てて座りなおした。
「ん? 何かな少年?」
「その、俺は、間違いのない答えを選べるでしょうか?」
「自分がやりたいことをしたらいいのさ。少年は若い!! 若いなら好きなことをすればいいさね」
その後、時計を確認したレイチルは長居しすぎたとだけ言い残して購買の方へ嵐のように駆けていった。
「………………ぁ…………あぁ」
呻き声? のような苦しそうな声を上げながら浜ノ宮は顔を上げた。
「浜ノ宮……?」
しかし、その顔は先ほどとは打って変わって青白く、震える手で稔の服を握った。
稔の顔を見つめるその目には光がなかった。いったい、浜ノ宮に何が起こったのか。
稔にはわからなかった。
またコロナ禍がぶり返してきて萎えてました(´・ω・`)ショボーン