プロローグ 転校生がくるらしい。
「チクショウッ! 羨ましいぞ!」
感情に身を任せ教室の机をバンッと叩く、鬱陶しいくらいに伸びた長い髪が秋元稔の視界を遮った。
普段冷静で落ち着きのある稔が声を荒げていることに驚いている生徒たちがいることを気にもせず友人二人に感情をぶつけていた。
なぜ、羨ましいのか? 理由は単純だった。 目の前の二人がリア充だからだ。
「まぁまぁ、そう怒るなよ、稔」
しかし、彼の悲痛な叫びが友人達に届くことはなかった。
挙句、ポンと肩に手を置かれ、目前の友人……いや、折重卓志は微笑を浮かべていた。
彼はいつも友達想いで自身の事は二の次の茶髪でさやかな顔をした青年。だが、その反面、思い込みが強く友人のためとはいえ行き過ぎる危うさもっている。それが稔の友人であり、幼馴染への印象だった。
「そうだよ。きっと稔にもいい出会いがそのうちあるって」
もう一人の友人の火野真澄は、ぼさぼさに立っているくせ毛を弄りながら、スマホを眺めている。
スマホを握る親指が上へスクロールされた途端「あ…ぁぁ」と情けない声で机に項垂れた真澄は、稔たちに向けてスマホを突き出した。
「はあっ!? まじか……」
「嘘だろ……おいっ」
画面に映し出されていたものを見て稔は愕然とした。
写真。そう、映っていたのは写真だった。以前、工事中の体育館前で撮ったもので、稔たち3人が各々ポーズを取っていたのだが、三人の背後に薄らと誰かが立っていた。それも、足から下は透けて……。
「嘘だろッ!? 俺は信じないからな! こんなの」
「まぁ、うん。たまたまそこに人がいたんじゃないのか? 」
「僕もそれが有力かなって思ってたんだけど……あっ……。」
真澄は急に口籠り、周りをキョロキョロと見回していた。
それにつられた稔が見回すと、朝休憩で徐々に生徒がやってくる時間に馬鹿みたいに叫んでいた稔たちはかなり目立っていたようで、クラスメイト達になんだこいつらという痛い視線を向けられていることに気が付いた。
学校あるあるの冷めたことを言うと急に教室内が静まり返るというごくありふれたものが今目の前で起こっていた。
「あ。えっとみんな……。今日僕さ、転校生がくるって聞いたんだけど誰か知ってる人いる?」
居心地の悪さを感じていた真澄がクラスメイトたちに問いを投げかける。それに便乗してかクラス内の雰囲気が一気に変わりざわめきが広がる。
稔たちに向けられていた視線はすぐに消え、クラス中が転校生の話題で持ちきりになった。
どうやら噂は色々と流れているようで、「容姿端麗の美少女」という話もあれば、別のグループでは「運動系の大男」と話している者たちもいる。色々なうわさが錯綜しあいそれが返って教室に混乱を招いていた。
そんなクラスメイトの様子を眺めていると、真澄と卓志を呼ぶ声がした。
「おはよう。真澄、折重」
「おはようございます、真澄くんと卓志」
声の主の二人は稔のそばに立ち止まる。その、容姿は男なら誰でも目が向いてしまうほどであり、親友の真澄や卓志がいなければ、話すことすらできないであろう存在だった。
「へぇ~私、あんたのこと真澄経由でしか知らないけど、意外と嫉妬魔なのね」
「う、うるせぇ……」
ぶっきらぼうに覗き込んでくる女子。嫌、女性の名は、花崎加奈。手入れが行き届いてる長い髪、周りに興味がないためぶっきらぼうな態度を取ることが多いのだが、その容姿のせいか、男子の人気は割と上位の方にいる。
人の心を掴むことが上手いのか? どこか、彼女には何かこう、言葉にできない違和感を稔は感じていた。
そして、今現在クラスメイトたちに転校生のことを聞きまわっている、火野 真澄の想い人だ。なんか、駆け落ちとか複雑なことをしてて、付き合ってるとか付き合ってないかとクラスで議論になっていることを稔は知っている。
「やめてあげてくださいよ加奈ちゃん。彼だって大変なんですから」
微笑を浮かべながら、花崎加奈を制した横石佑里香は、そのまま卓志の隣まで歩いて行った。
少し茶色の混じった短い髪がよく似合っていて、まさに清楚可憐を体現したような少女、その容姿には多くの男子が魅了され何人が撃墜されたかは20を過ぎた時点で数えなくなったらしいが……。幼馴染である稔は知っているのだが、今現在彼女は卓志と付き合っている。
時刻は8時35分。この学校は40分に始業のチャイムが鳴る。転校生が来るまであと5分を切ったところだった。
クラス内が謎の沈黙に包まれる。その様子は餌を待つ野獣のようで、今か今かと教師が来るのを待ちわびていた。
ふと、隣を見ると、誰もいない席が一つ増えていた。
「なんか、凄いわね。そんなに転校生が気になるんだ。ふ~ん」
「え、えぇ……皆さん…目つきが怖いです」
「僕、余計なことを言っちゃったかも」
「おい流石にみんな集中しすぎだろ」
稔のそばにいる4人が、各々で口ずさんでいる。
(この勝ち組どもめ!! )
内心で少し悪態をつきつつ、稔は席で転校生を待つことにした。
やがて始業のチャイムが校内に鳴り響いた。同時に、担任がドアをスライドさせそのまま教壇まで歩く。
教室内を謎の緊張感が張り詰める。
「お、お前ら……。なんだこの空気は? なんでこんなにピリピリしてるんだよ……」
クラスの雰囲気が異常なことに担任は「まったくお前らは……」と呆れながら溜息をこぼす。
「あのな……お前ら、今日知ってると思うが転校生が来るんだぞ、なのになんだこの空気は先生紹介しずらいじゃないか」
担任の愚痴が終わると、一人の男子が挙手し質問をする。内容は、転校生の性別や容姿。どんな子なのか? といったあるあるの物ばかりで、担任はその質問に淡々と答えていく。
「まず、性別は女子だぞ。ハッキリ言おう。かなり美人だ」
クールな担任にそこまで言わせる女子とは一体!? などと、後ろの方から聞こえてくる。そんな小さな会話を打ち消すように主に男子たちが騒ぎ始める。まるで、サッカーの試合で応援していたチームが得点を入れたときのような騒ぎように稔は思わず耳を塞いだ。
「しかもだな……」
と、担任は一泊を置く。
その時、一瞬だがチラリと稔に視線を向けていた気がした。それは瞬く間の出来事だったためどんな意図を向けられていたのかわからなかった。
(……なんだ? 今の?)
担任が言葉を続ける。
「さて、と、前置きはここまでだ、じゃあ、そろそろ、入ってきていいぞ」
担任が一声かけると、ドアの向こうから一人の少女が姿を見せる。
日本では珍しい白く短い髪、そして、少し幼さの残る童顔をした少女は震える手で黒板に自身の名前を板書していく。
――浜ノ宮 那智――
「初めまして、今日からこの学校で一緒に学んでいくことになりました浜ノ宮 那智です。えっと、その――」
大勢の人に注目を浴びることになれていないのか浜ノ宮の声は少し震えていて、最後の方は声が小さくなっていた。
その様子に愛くるしさを覚えたのか、飢えた男子たちがたくさんの質問を飛ばす。
「浜ノ宮さん! 彼氏とかいますか??」
「え、あぁぁ……えっ…と」
沢山の質問を処理しきれなかったのか、浜ノ宮は顔をキョロキョロさせ、目には渦巻きが回っているように見えた。
「かっ彼氏は……います」
その一言でクラス内の男子が静まり返り一気に教室の空気が重くなる。
「そ、その、私の彼氏はッーー」
その浜ノ宮の一言にクラス内が再び喧騒に包まれる。
「まじか……自分の彼氏を公開するのか」とドン引きしている生徒もいれば「ちょっとアンタらが変な質問ばっかりするからでしょ!! 彼女混乱しちゃってるじゃない! セクハラ野郎どもめ」と辛らつな言葉で一部の男子を罵倒する女子がいたり、教室の様子はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
しかし、当の本人は混乱しておりそんな様子を知ったこっちゃないと言わんばかりに言葉を続ける。
「わ、私の彼氏は――」
――秋元 稔くんですッ!!――




