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第九話 ・ヤンデレセバス

 




 メルルが宣言通りに、国啄みを単独で討伐するという偉業を成し遂げた夜の事。




 突如大きな爆発があり、セバスは爆発音の発生源へと向かった。


 夜分遅くの出来事であったが、彼は心労から来るストレスに不眠症を患い寝付けずにいたのである。


 これは、メルルが行ったおぞましい所業に対する恐怖と自責の念が原因であった。




 セバスは知っていたのだ。




 国啄みが発生した理由を、メルルが演説の予行を念入りに行っていた事を、全ては彼女が自身の伝説を演出するために、奸計をめぐらした故の出来事であることを知っていたのである。




 そして、セバスはメルルに仕える身でありながら、彼女に主従関係以上の感情を抱いていた。




 彼はメルルが今よりずっと幼い頃、それこそ赤子の頃から仕えてきたのだ。彼が特別な感情をメルルに抱くのも仕方がなかったのかも知れない。特に彼は若い頃に妻娘と死別し、以後再婚もしなかった。彼はメルルに娘の影を重ねていたのであろう。




 思えば、幼い頃のメルルは天使のように可愛らしい少女であった。


 彼女の一挙一動にセバスは常に一喜一憂してきた。病に身体を蝕まれながらも、必死に生きる姿に何度涙した事か、どこか達観している様子ではあったが、時折見せる微笑みに何度心踊らされた事か……。メルルが病を克服し健康な体になった事は本来喜ばしいことであり、祝福すべき事なのは間違いない筈だ。




 しかし、セバスは心の中で絶叫を上げる。




(これはあんまりではないのかっ! お嬢様を、純粋無垢な私の天使を返せぇ!!)




 今セバスの目の前に居るのは、彼が思い描いた情景にあるメルルとは似ても似つかぬ存在であった。




「何処に行きやがった糞餓鬼がぁ! 私をこんな目に合わしておいてタダで済むと思うなよゥ、ほら出てこいよ、出てこいよォォ! 出てきた瞬間バラバラにしてやっからよぉ!!」




 本能のままに荒ぶり、鉄杭を素手で捩じ曲げるその姿は同じ人間にすら見えなかった。


 この凶暴性と圧倒的な暴力。その上、悪魔の如き頭脳を持つ彼女は、既に人類を超えた存在なのかも知れない。


 変わり果てた彼女に憤りと、吐き気を催すような恐怖を抱きながら彼は目ざとくソレを発見した。




 『毒針』




 長きに渡りヴェルロード家に仕え、令嬢付き兼執事長という責任ある立場に就く彼はソレをそう記憶していた。




 (そうですか、ついに逝ってしまわれたかクロ殿)




 今回の顛末におおよそ予想が付いた彼は、寂寥感にも似た感情を覚えた。自分と同じく、良心と従者の立場の狭間で心痛めていた青年。カゲになるには生来(やさし)すぎた青年。




 メルルに抱く感情こそは違うものの、共通の悩みを抱える彼は唯一の理解者だったのかも知れない。まだ年若い彼が、行動に移し自分なりの正義を全うしたのだ。その事実はセバスに少なからぬ影響を与えた。




 セバスは地に伏せていた視線を上げ、現実を見据える。その双眸はここ最近の摩耗し、力を失ったものとは既に違っていた。揺るぎない決意の色を湛え、現実から目を逸らさない力強い双眸。セバスはついに歪んでしまった主と、自分の思いを清算する決意がついたのである。




「お嬢様、どうか気をお鎮めになってください!」




 その為には、荒ぶる主を鎮めなければならない。セバスには武力は無い。まずは対話を以て然るべき状況に誘導し、然るべき時に事を成すのである。








ーーーー








「ふぅあ~あ、ねむぃ」




 昨日の今日だが善は急げと、国啄みの討伐に成功したことを、お父様に直接ご報告すべく私は馬車に揺られていた。


 ヴェルロード領の主都『ヴェツルヘム』へと向かう馬車の中。大きめの石でも踏んだのか車体がガタンと、揺れて微睡む意識が覚醒へと向かう。




 それでも急に目が覚めるわけではなく朦朧とした頭のままこの眠さの原因にぼんやりと、思考が割かれていく。




 全く、昨日は酷い目に合った。と、言うのもスレイプニルを馬舎に預けた後は徒歩で掃討作業に入ったんだけど、流石に疲れた。その疲労を回復すべく、屍の如く眠っていた私に壮絶な寝起きドッキリを仕掛けて来た馬鹿者がいたのだ。




 突然肩を刃物で串刺しにされた挙句、床に鉄杭で縫い付けられてしまったのだ。こんな過激なドッキリはとてもじゃないが、お茶の間では放送出来ないだろう。その上結局、下手人は逃げてしまい行方知れず、これでは不安で昼しか寝れないじゃないか。




 ところで、いつの間にか私は有名人になっていたらしい。




 寝起きドッキリ、もとい暗殺者が私の元に来たとはそうゆう事だろう。


 それもよりによって私が疲れ果てていた昨日の夜にやってくるとは用意周到な事である。もしかしたら、随分前から計画されていた事なのかも知れない。いつの間にヘイトを溜め込んでいたのやら見当もつかない。まぁ伯爵家令嬢と言うだけで、暗殺される理由なんて幾らでもあるんだろうけどね。




 私が抱えるカルマに思い耽っていると、セバスが馬車の外から声をかけてきた。今日は珍しく、彼自ら馬の手綱を握り馬車の操縦を行っているのだ。




「……お嬢様、目を覚まされたのですか?」


「ええ、まだ眠いけどね」


「そうですか、いっそのこと眠っていてくだされば良かったのですが」


「そう? まぁそうかもね、もう少し眠っておこうかな」




 うん、もう少し眠っていた方がいいかも知れないな、まだまだ先は長そうだ。


 もう一度瞼を閉じて三大欲求の一つを満たそうとした私に、セバスが否定の言葉を投げかけてきた。




「いいえ、なりません。ここが終点です」


「ファ? 何それイミフだし」




 おおう、あまりにも意味不明過ぎて地が出てしまったではないか。




 馬車の窓から外を眺めてみる。窓から覗く眼下には雄大な自然が広がっているばかり、どうやら今は崖上の道を走っているようだ。セバスはこれが言いたかったのかも知れない。


 確かに一見の価値がある絶景である。


 さぞや名のある観光地に違いない。もし今日が観光に来たとするならここが、目的地だとしても何ら不思議はないだろう。




 しかし、今日は観光に来たわけではない。


 あまり考えたくはないのだけど……セバスは、ぼけてしまったのかも知れない。




「本当に、本当に変わってしまわれましたね。私では、もうお嬢様を理解出来ませんッ」


「よし、とりあえず落ち着こう。先程の言葉は俗に言う若者言葉であって、そんなに深刻に捉える程のものではないわけで……。だから、ほら、まずは深呼吸しましょう」




 これは一大事である。何故かは知らないが、セバスが急にナーバスになってしまった。


 ご老人は急に感傷的になったりするものなのだろうか? ダメだ、私は老人介護のノウハウは持ち合わせてはいないのだ。




「この地の名前はベルトキャニオン、ヴェルロード領とレオンハート領を隔てる境の地。今世と決別を果たすには最適の場所と言えるかも知れませんな」


「ごめんね。セバスが何を言ってるのか、ちょっと分からないわ」


「ははは、案ずることはありません。セバスは不肖の身ではありますが、最後までお嬢様にお供しましょう。願わくば、天に召された後も共にあらん」


「え、何? どうしてそんな話になるのよぉ」




 どうしよう、ホントわけわかんない。セバスの言うことは支離滅裂うえ、不穏な空気が漂っている。


 それに、これじゃまるで、




「さあ逝きましょう。これが私の出した答えです」


 ーー何かが爆ぜるような音と、スレイプニルの叫喚が上がる。




「え、ちょっおま、それは洒落にならんでしょーー」




 反転、私の視界に映る全てが反転した。


 半ば予想が出来ていたために、そこまで混乱せず、事態を受け入れる事が出来たのは不幸中の幸いであろう。私は今落下しているのだ。




 どうしてこうなったのか? 知るか馬鹿!


 そんな事を考えている暇があればこの状況をなんとかするのが先決である。




 ーーまずは馬車を解体する疾風の刃を発生させる。ほぼ同時に私を弾丸に変える突風を纏う。




 馬車を分解し、私は勢いよく外へと飛び出した。


 なんにせよ、そのまま落下して行く事だけは避けなければならなかったのだ。


 谷の下には川がある(予想)、水面にたたきつけられるぐらいなら、地面にたたきるけられる方がいい。私はそんな女なのだ、有り体に言えばカナズチ。




 現在の状況を確認する。




 まだ地上まではかなりの距離がある。


 自由落下に身を任せていても十秒程の時間が見込まれる。




 私はこのまま落ちても魔術でどうにでも出来る自信があった。しかし、彼はそうはいかないだろう。


 私の視界に映る彼、セバスだ。彼を助けないと言う選択肢は私には無かった。視界の端に落ち行くスレイプニルも見えたが、残念ながらメルルさんは一人乗りなんだ。すまん、さらばだ我が愛馬よ。




 落下して行くセバスを助けるべく、(メルル)という名の弾丸は加速する。私はこの擬似的飛行を『人類には早すぎる移動法』と命名した。




「セぇーバァァァァースぅぅッー!」


「ヒィィィィィ! イヤだいやだ、やぁぁ!!!」




 なんという失礼な奴だ。


 美少女(自称)の抱擁を拒否しようなんて、俺氏が聞いたら激昂すること間違いなしである。それにこの人類には早すぎる移動法は、制御を間違えようものなら体が分解されかねない大変危険なものであるのに、少しは主人を敬えってんですよまったく。




 ーーしかし、なんとか間に合った。




 空を舞っていたセバスを捕まえた私は、強烈な上昇気流を発生させ、同時に自身も風を纏い落下加速を緩和する事に注力する。私は少々乱暴に着地しようと死にはしないだろう。しかし、セバスは違う。


 彼の頭をかき抱き我が身を盾にしながら、私達は木々をなぎ倒しつつも着陸に一応成功したのである。




 くぅ~、効いたぁ。


 人類には早すぎる移動法といい、我が身を盾にといい、今回は私の体を酷使する事ばかりであった。しかし、良かった。セバスはどうやら生きているようである。




 彼の状態を確認する。


 どうもにも、彼は意識を失っているらしい。白目を剥き、泡を吹いている。後は、失禁している事と、右足があらぬ方向に曲がっている事を除けば特に問題はなさそうだ。なぁに、命に別状はないだろう。




 私は早速、然るべき処置の為に魔術の詠唱を開始した。




『吹き出す清流よ、命繋ぐ生命の母よ、その恵みを此処に“アクアスプリング”』




 音を立てて、地面より水が吹き出す。


 やや勢いが強すぎたために、セバスに水しぶきがかかるが、私の言う然るべき処置とは老人を虐待する事ではない。それにしても、やっぱり水系統の魔術は苦手である。いまいち精度に欠けるし、出力も他の系統と比べて格段に落ちる。所謂苦手系統というやつだ。




 しかし、全く使えないと言うわけでもない。


 なら今は十分だ、今よりセバスの治療(物理)を始める。


 えっと、傷口は洗えばいいとして、骨折は変な向きで繋がらないように真っ直ぐに折り直せばいいのかな? 




「耐えてくれよセバス……えいっ!」




 軽い掛け声と共にセバスの右足を真っ直ぐに折なおすが、彼は目覚めなかった。


 意外と図太い奴だ。しかし好都合、このまま治療を続けよう。


 土系統の魔術を使いギブスを生み出す……えっと、ギブスって何でできてるんだっけ?


 まぁいいや、今回は無難に添え木でも拾って来よう、何事も見栄を張りすぎるのは良くないしね。






ーー






 私が焚き火をつついているとセバスが目覚めた。


 辺りはとっくに暗くなってしまっている。




「うぅっ……ここは?」


「ふふ、おはようセバス」




 この状況はセバスのせいだし、ここが何処であるかなど私の知った事じゃないが、老人は労るべきだ。




 それに、落下前のセバスの様子を顧みると、またとんでもない行動に出る可能性も十分にある。それも考慮した上で、なるべく優しい声と慈愛に満ちた表情で語りかけた。つもりなんだけど……。






「ヒッ、ひぃ~メルるヤァァァ!! ヒャッいゃぁぁぁぁッ!!!」


「またかよっ!」















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