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・ちぐはぐ聖女


 メラビアンの法則と呼ばれる概念がある。




 この概念は『人は中身よりも外見が重要である』と、定めたものであるかのように誤用されがちだ。




 これはメラビアンの法則の有名な、俗流解釈ではあるが中身より外面、内容が伴わずとも身振り手振りや、イントネーションこそが、聴衆に与える印象の大半を占めるとしたもので、その割合おおよそ9対1、言葉の内容が人に与える影響は、全体の一割にも満たないというのだ。




 これが一人歩きした結果。転じて人は外見で人を判断していると、される俗流解釈が広まったのである。




 尤も、これは完全な誤解であり確証の持てる実験などもなされてはいない。


 しかし、外面が九割? 内面が一割? そんな馬鹿な話があるか! と、切り捨ててしまうのは少し待って欲しい。




 これはメラビアンの法則の俗流解釈が正当であると証明するかのような少女の物語。


 つまりは内面と外面の不釣合いな虚仮威しの物語。


 本人の知らぬ処で、人々は彼女に畏敬の念を抱き神格化する。




 彼女の名は“メルル・S・ヴェルロード”。




 これは、後の世に聖少女と称えられ、数々の伝説と共に世界に多大な影響を与える少女の物語。








『彼女が時代の表舞台に立ったのは、彼女が八歳の誕生日に催された、神の寵愛を受ける神子を祝福する儀式“祝福の儀”の日ことであった』








 数百人もの敬虔な信徒達が参列し、たった一人の少女を待ち受ける。


 この日、祭壇の間は異様な空気に包まれていた。


 何しろ今回の祝福の儀は、異例中の異例が重なったもので、何やらきな臭い噂まで漂ってくる始末。




 その上、儀式の主役が最年少最上級魔術士ともなれば、皆の関心が否応にも高まるのも無理のない話だ。


 皆一様に固唾を飲んで、主役の登場を待ちわびる沈黙の中。重厚な音と共に扉が開き姿を現したのは、漆黒のゴシックドレスに丈の長い深紫のボレロを纏い、胸元を紅い宝玉で彩った少女。




 彼女こそが本日の主役、メルル・S・ヴェルロードであった。




 力強い足取りで教皇クレリヒト二世の立つ祭壇へと歩みを進める彼女。


 細く、繊細な彼女の銀髪は髪そのものが淡く発光しており、彼女の歩みに合わせて翻ると、まるで天使の翼の様に美しく見えた。


 また、その胸元を彩る宝玉に勝るとも劣らない紅玉の如き瞳は、見る者の心を捉えて離さない魔性を秘めていた。




「女神様だ……」




 彼女の出で立ちに、何を感じるかは人其々であろうが一つだけ共通の認識があった事だけは否定できない。誰が漏らしたとも知れないその呟きを、否定する者がいないことこそが、彼女の圧倒的な美を肯定しているのであった。




 ーーヤバイ、吐きそう。




 しかし、メルルは吐きそうであった。


 彼女の小市民な胃は既に限界を迎え、胃液が逆流し始めていたのだ。


 緊張しすぎた彼女の視界は、著しく狭まっている。




 メルルは冒涜的ともとれる、不遜な笑みを浮かべながら更に歩みを進めていく。


 まるで、自分が神子として神の寵愛を受けるのが当然の事であるかと言わんばかりの立ち振舞い。




 彼女が教皇との距離を早々と詰めていくと、祭壇の間に緊張が走る。




 進み過ぎているのだ、メルルは規則以上に距離を詰めすぎている。


 やがて、彼女の暴挙を阻止するべく腕に覚えのある者達が身構え始めた頃に、漸く彼女は歩みを止めた。




 すると、唐突に。




「くふ、うふふふふ、おぐっ」




 メルルは、腹を抱えて奇妙な笑い声を漏らす。彼女は、自分の一挙一動に翻弄される、愚かな衆人達を嘲笑って見せたのだ。事実はどうであれ、多くの者がそう解釈した。




 雑念、張り詰めていた緊張の糸が綻んだ時に、それは最大の威力を発揮する。




 ーー目の前の人が、教皇猊下で間違いないんだろうけど、なんかお祖父ちゃんに似てる。具体的に言うと、コタツでミカンとか食べてそう。豪華な法衣を着て、コタツミカンか、なんかシュールだな。ププッ、うぐ、おろろっ?!




 クゥ~、すっぱぃ……。




 当然の如く、メルルの胃液は逆流していた。


 柑橘類をこよなく愛する彼女の胃液は、とても酸っぱいのだ。




 消化前の柑橘類が、彼女の舌をこれでもかと刺激していた頃に、皆、彼女の冒涜的な態度に少なからぬ憤りを感じていた。




 しかし、その感情こそが神の代行者たるメルルに対する冒涜であると、知らしめられる事となるのだが、それはもう少し先の事である。















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