王都到着
「皆さんはどうして、対『災禍』隊に入ろうと思ったのですか?」
王都に向かう途中、フランさんがそんな事を聞いてきた。どうして…と言えば、ウッドロアのあの燃え尽きた村、焦げて転がる片腕……そして、大事な仲間を若くして永遠に失った冒険者二人が思い浮かぶ。
「ウッドロアでよ……見たんだ。『災禍』が何をしでかして、どれ程の命を奪って行ったのかってのを、この眼でな」
「冒険者が魔物にやられるのとは訳が違うと思う……あんなの」
先頭を歩くロルフの声はいつもより低い。その後ろのルシアは白い息を吐きながら、少しだけコートの中に縮こまり身震いした。対『災禍』隊への参加に意欲的だった二人は特に、ウッドロアでの出来事を深く覚えているようだ。
「……」
隣を歩くミオは相変わらず無表情で、感情は読めない。
「そうでしたか……あの惨状を知っているのですね」
それから少しだけ、無言の時間が続く。
何処から先程のビッグボアのような魔物が現れても良いように、警戒だけは怠らない。
「……まあ、だからこそだな。丁度手が届く範囲に出来ることが降って来たんだから、掴まなきゃ損だぜ」
暫く歩みを進めた頃、ロルフは少し声色を柔らかくしてそう切り出した。
「……うん。それに、あたし達が『災禍』の正体を突き止めて、なんなら退治しちゃえば……お金や名誉だって、沢山手に入るでしょ!」
「ふふ……そうですね。『災禍』関係の依頼の報酬は、かなり弾むそうですから」
ルシアは元気だな。体力は無いが、感情の起伏は常に全快って感じだ。しかし、その切り替えの早さのお陰で、暗い雰囲気に偏っていた空気が少し和らいだ気がする。
「ところで、フランさんも対『災禍』隊に入るんですか?」
「ええ、入る……と言いますか、私は既にメンバーの一人です」
「えっ、そうなの!?」
何かと知っているような口振りをしていると思えば、そういう理由だったのか。
「それはまた、どうしてだ?」
ロルフが率先して聞く。
「私は元々、人々を守りたくて冒険者を目指しました。ならば、人々の生活を脅かす『災禍』に対する組織に与するのが道理というものです」
そう言ってフランさんは微笑んだ。
「立派な考えですね……」
「昔、色々あったんですよ。ほんのちょっと人並みより、ですけどね」
とは言うが、それでも俺なんかよりはずっと崇高だ。ロルフ、ルシア、ミオもそうだ。片や人々を守る為、片や第一に己が死ぬ為、と来れば……その差は正に月とすっぽんだ。こういう事を考えると、元より嫌気のさしていた自分自身が更に嫌になるな。
「……ノエル」
「え?」
横を見ると、コートに顔を埋めたミオが片腕を隙間から出し、見覚えのあるものをこちらに差し出していた。
「……あげる」
ずいっと、よく焼かれた肉の塊をこちらに近付ける。これ、さっき焼いた採れたばかりのビッグボアの肉だ……何だか、前にも同じような事があったな。
「ありがとう。貰うよ」
「……ん」
持ち手の骨を掴み、齧りやすい所から噛み付く。肉を噛むとしっかりとした歯応えが帰ってくると共に、旨味の効いた脂が染み出てくる。固いけど美味しいな……魔素が濃いと味も良いと聞いたが、これは本当かも知れない。
「でも、対『災禍』隊もフランさんみたいな冒険者が居れば頼もしいわね!」
「ああ、金級……それも王都の冒険者だ。頼りになるぜ」
「そこまでのご期待に添えるかは分かりませんが……」
それからは、他愛のない話をしながら俺達とフランさんは王都への歩みを進めていった。やがて幾つかの道が合流し、野草や野花の生えて獣道だったのが少しずつ整備された道へと変わってゆく。曇り気味だった空にも少しずつ晴れ間が差し、照らされた針葉樹林の葉に鮮やかな緑色が戻りつつある。
「見えてきましたよ」
「おお……」
ひとつの緩やかな丘を登りきった所で、その姿を漸く確認する事が出来た。薄い白幕を被った山々を背景に、巨大な薄茶色の壁に囲まれた中に幾つもの背の高い建物が見える。あれが王都だろう……と言ってもここからでは霞みがかって見えており、まだ距離がある事が分かる。
「あれがこの国の王都、そしてこの国を治める王のいる王城か……」
「それだけじゃありませんよ。更に王城の後ろに見えるのは、かの有名な霊峰シルイートですね」
「あれが!?すっごく白いわ!?」
ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶルシア。
毎度の如く知らないのだが、毎度の如くロルフに聞いてみよう。大体の事はロルフが知っている、きっとそう。
「ロルフ、有名なの?」
「ああ、世界で最も大きい未踏域だからな。冒険者の間では、いつか目指すべき最終目的の一つとしても数えられる程の場所だ」
流石ロルフだな。
もう今度からはロルフに全部聞こう。
「シルイートを越えた先には幻の大陸が存在するとも、この世の神が在らせられるとも言われています」
言葉通り伝説か。そう言われると、神……は居ないとしてもあの山々の先に何があるのか、単純に気になるな。そもそも越えられる高さなのだろうか?半ばから雲がかって居て頂上がよく見えない程、高いように見える。
「ふふ、伝説の真偽は未だ誰にも知られていませんけどね」
「それは、ロマンを感じますね」
「ええ、そうでしょう?」
正面から吹く風が頬を撫でる。あの白い山々から吹き込んでいるのだろうか、冷たくも、何処か目の覚めるような荘厳さを感じた。
「もっと近くで見られないかな?何だったらあたし達が乗り込んで、一番最初の攻略者になるのも良いわね!」
「恐れ知らずかお前は……」
自信家のルシアらしい発言だ。あの山、かなりの高度があるように見えるが、果たしてルシアの体力は持つのだろうか?
「勇気があるのは良いことです。麓までならば、今は立ち入っても問題無い筈ですよ」
「ええー!麓までなの!?」
「はい。それより先は例え金級冒険者であっても侵入を許可されていないみたいですね……私も一度、興味本位でギルドに掛け合ってみたのですが、不可能だと言われてしまいました」
フランさんですらギルドに断られる程とは一体、どれ程過酷な場所なのか想像がつかない。
「数年前に金級の冒険者パーティがシルイートを乗り越えた先を目指して侵入したのですが、そのパーティはそれ以来消息不明となっています。その影響でしょうね」
「ひええ……」
「……」
……ひょっとすれば、俺が求めて止まないものはあの霊峰にあるのかもしれない。入る機会があるか分からないが、一応頭の隅に留めておこう。
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王都の門前まで辿り着くと、何やら門では入都前に身分の検査をしているらしく、周辺の村や街からやって来たらしき商人や依頼帰りらしい冒険者達が列を為している。
俺達も最後尾に並び順番を待っていると、列の横を……白銀の鎧を身にまとっていたので、恐らく騎士の乗った馬が数頭、王都とは逆の方へと駆けて行った。
「今の…何?」
「あれは…この国の騎士団の騎兵ですね。何かあったのでしょうか」
並んで数十分程経った辺りで漸く、俺達の順番がきた。門の内の右側の壁側に騎士が一人立ち、門を潜る人達の身分や目的を確認している。その騎士達の後ろには更に何人かの騎士と馬が待機していた。
前の冒険者に証であるペンダントを返した騎士の目が、俺達の方へ向く。
「冒険者の方ですね。身分証として証の提示を───」
と、騎士がにこやかに話し掛けてきたその時だった。
「───あ?おい、騎士さん!こいつら魔族と獣人じゃねえか、王都に入れていいのかよ!」
声の方を向くと、俺達の直前に通過したばかりの冒険者の男が不機嫌そうに俺達を睨んでいた。年齢は五十程だろうか、薄く皺の寄り始めた目の奥には、憎悪が隠そうともされずに浮かんでいる。まるで俺達こそが仇とでも言い出しそうな雰囲気だ。
「良いも悪いも、王都は身分の確かな者であれば例え種族が違えども来るものを拒みません」
対して騎士は若くも冷静に対応する。
「腑抜けた事言ってんじゃねえよ、若造が!こいつらにどれ程の仲間が殺されたことか…若い奴は知らねえからいけねえ!」
「……だとしても、それは昔の事でしょう。異種族すらも受け入れて前に進むことが、今の王のご意向です」
「王が許しても俺達は許した覚えはねえ!こいつらを入れてみろ、今にテロでも起こされるのがオチだ!」
冒険者は相当の恨みがあるのか頭に血が登った様子で、困り顔をしながらも冷静な対応をする騎士に詰め寄る。俺達は突然のことに虚を突かれしばし動けないで居たが、とうとうルシアが一歩前に出た。
「ちょっとあんた!黙って聞いてれば、好き勝手言ってくれるじゃん!あたし達が何したって言うのよ!」
「魔族のクソガキが…先の戦争で俺の仲間が大勢、お前らに殺されてんだよ!」
冒険者の鋭い視線がルシアに向く。
「先の戦争って、それあたし達生まれてないし!第一それは───」
「ほざけ!一丁前に屁理屈こねんじゃねえッ!」
唐突に、冒険者の拳がルシアの顔面目掛けて繰り出される。「え───」と、ルシアが声を出す間も無く拳は迫る……が、届く事は無かった。
ルシアの顔の直前で、ロルフの大きな手の平が冒険者の拳を受け止めていた。
「それは、お互い様ってもんだぜ。俺達の同胞だって、人間には数多く殺されている」
「……!こ、このクソ魔族…」
「言うだけなら幾らでも聞かないフリをするつもりだったが……手を出されちゃあ黙ってられねえな」
ロルフまで参戦し、一触即発の空気になってしまった。残された獣人のミオは争いに特に興味が無いのか、若い騎士の鎧に反射して映る自分自身をじっと見て動かない。
「お二方とも待ってください。喧嘩はよくありませんよ?冒険者同士、仲良く───」
「うるせえ!魔族の女が、黙ってろ!魔族の癖に黄金国の服なんぞ着やがって、似合ってねえんだよ!」
「そ、そんな……」
フランさんも仲裁に入るがどうにも口が弱いのか、一蹴されて早々に撃沈した。眉をへの字に曲げて困り顔になり、落ち込んでしまった。
「フランさん……」
「わ、私…強い言葉で攻められると怖くて……ドランドで見つけて、良いなと思って買ったんですよ……似合って無いですかね……うう…」
「だ、大丈夫、似合ってますって」
金級冒険者と言えど、弱点はあるんだ……あくまで冒険者、魔物やダンジョンには強くても、やはり人間相手じゃ話が違うんだな。
こうなれば、俺が仲裁するしか無い。元より人間の俺が最初から間に入るべきだったかな……
「落ち着いて、ロルフもルシアも。今ここで争っても何も───」
「ガキが入る話じゃねえよ!引っ込んでな!」
「ノエル、これは俺達の問題だ。任せてくれて良いんだぜ」
「リーダーがわざわざ動いてくれる程じゃないわ!」
両方から邪魔だと言わんばかりに拒絶される。取り付く島も無いので大人しく引き下がる……騎士さん達も割って入り止めようとはしてくれているが、言い争いは一向に収まる様子が無い。
うーん、どうしようこれ。こういう時に冷静でいてくれるロルフがあの調子だから、止めようにも止めづらいな……
と、頭を抱え始めた時だった。
「……何だ?何の騒ぎを起こしている?」
よく通る低い声が響いた。
壁側で待機していた騎士達の間から、銀の鎧の上に黄金の装飾をあしらったブロンド髪の壮年の男が現れ、こちらへ歩みを進めた。間も無く騎士の隣に並び、俺達を見下ろす。
「ブルーノ団長!」
フランさんが上げた、助かったと言わんばかりの声色に団長と呼ばれた男は眉を動かし、その目はフランさんを捉えた。
「む、フランシスか……今日は一人では無いのだな」
「し、失礼ですね。まるでいつも一人のような言い方……この方々は、道中で偶然出会った人達です」
得意気に俺達を指差すフランさん。
「……道中ならば間違いないではないか」
そう言ってブルーノ団長は嘆息する。言い振りから察するに普段からよく話すのであろう、二人は知り合いのようだ。
「それで、何だ?」
早く状況を教えろとばかりに、フランさんだけでなく俺達や冒険者、騎士にも視線を向ける。
先に答えたのは冒険者だった。
「なあ、王都から魔族と獣人を排斥しなくてもいいのかよ!?王は何で、こいつらを受け入れるようになっちまったんだよ!」
「……ほう、王の意向に異を唱える者か」
ブルーノ団長は目を細めて冒険者を見る。
「い、いや……そういう訳じゃ」
冒険者は狼狽え、口篭った。
「答えてやろう。元より、王は種族間の和解を求めていた。数年前、王は異種族に王都の門を開く事を決めたが、しかし貴様のように納得しない者がいることも承知していた」
「なら、俺達の言い分も……」
冒険者は食い下がるが、ブルーノ団長はピシャリと言い放つ。
「だが、ここは王都だ。あくまでも王の意向が国の行く道を決める。異種族の存在を王が許すと言うならば許す。これに従わぬだけもまた許そう。だがしかし、あまつさえ王の意向を体現するこのラディオン騎士団の目の前で、真正面から逆らうと言うのであれば……このブルーノ、見逃すことは出来ないな」
「ぐ……」
ブルーノ団長の気迫に冒険者は気圧され、やがて息を吐いて力を抜いた。
「……分かったよ、逆らわんから勘弁してくれ」
「ならば、早く行くが良い」
「チッ……魔族ども、せいぜい夜道に気を付けろよ」
捨て台詞を吐き、冒険者は街の方へと消えて行った。それを確認したブルーノ団長はこちらへと向き直る。
「……フランシスの連れとは言え、騒ぎを起こされては困るな」
「うっ、ご、ごめんなさい……」
「つい頭に血が登っちまって……」
ブルーノ団長の気迫に、素直に謝るルシアとロルフ。それにブルーノ団長は手を一振りして答える。
「発端は既に理解している。気を付けてくれれば良い……自己紹介を忘れていたな。ラディオン騎士団団長のブルーノだ」
佇まいを直し、ブルーノ団長は名乗った。
「銀級冒険者パーティのエル・ストラグルです」
それに返すよう、代表して俺がパーティ名を名乗る。
「うむ……確かに、珍しいな。人間に、魔族と獣人のパーティか」
「フランさんにもそう言われました」
「そうだろう。この国では、人間以外の種族自体を滅多に見かけない。そこのフランシスを入れても、人間以外の種族は王都内では数人といった所だ。大戦から数十年経った今も、物好きな冒険者ぐらいしかこの王都は訪れんよ」
そう言ってブルーノさんはフランさんに目を向ける。フランさんはその視線を特に気にすること無く受け流しており、それを察したブルーノさんは、まあいい、と俺達に視線を戻す。
「表立つ者は少なくも、先の冒険者のように過去の悔恨を残した者はこの王都には居る。あからさまな態度を出すものは珍しいが、あの冒険者は一つの例だ。繰り返すが、くれぐれも気を付けろ」
「分かりました」
「うむ。ところで、お前達は外から来たな?」
表情を変えず、そう聞くブルーノ団長。
「はい、ラディウスから真っ直ぐ来ました」
「そうか……」
「……何かありましたか?」
フランさんの問いにブルーノ団長は静かに頷き、答える。
「先程、巨大なビッグボアが街道付近に出現したとの話が騎士団に舞い込んで来たのだ。お前達が街道を通ったならば、ここに向かう途中、何か見ていないかと思ってな」
見たも何も、それは俺達とフランさんが会敵したそれのことだろう。
「それなら丁度、私達が倒しましたよ」
「俺達がラディウスを出て真っ直ぐここにたどり着く間に、会敵してしまって」
フランさんが先んじて話し、それに付け加える。
「そうだったか。流石、冒険者と褒めておこう……一匹だけか?」
「ええ、見たのはその一匹だけです」
「ふむ……」
ブルーノ団長は顎に右手を当て、考える素振りをする。
「……王都周辺の森林にビッグボアが発生する事はあっても、ラディウスと王都を繋ぐ道にそうも堂々と現れる事は滅多に無い。その点から考えても、異常だ」
「私もそう思います。これからギルドにも報告するつもりですので、ここを通して頂けると有難いのですが……」
「ああ、そうか。引き止めて悪かったな……おい」
「はっ!」
ブルーノ団長が近くの騎士に声を掛けると、待機していた騎士が俺達の前へやってくる。
「失礼、改めて身分証を拝見します」
俺達は順に、冒険者の証であるペンダントを騎士に見せる。それぞれの証を確認すると騎士は頷いた。
「はい、ありがとうございました。ようこそ、王都ラディオンへ。街の中心付近は王城、貴族街ですので、迂闊に近付かないようお気をつけ下さい」
「ありがとう、気を付けます」
「冒険者達、ギルド長に宜しく」
騎士の気のいい笑顔とブルーノさんの言葉に見送られながら分厚い門を通り、影を抜ける。
「フランさん、騎士団の団長とお知り合いだったんですね」
「あの方はよくギルドに顔を出しますから。冒険者ギルドと王城の繋ぎ役もしてくれているんですよ」
「へえ……」
何とも多忙そうな人だが、偶然とは言え中々偉そうな人に会えてしまったのは少し感慨深い。
ぼんやりとそんな事を考えていると、ロルフが横に並んで歩いた。巨体の向こうからはルシアも覗いている。
「さっきはすまん、ノエル。どうにも抑えられくてよ……」
「リーダー、ごめん!」
「いや、全然大丈夫だよ。二人とも無事だし、大事にならなくて良かった」
「ああ……」
二人は尚も申し訳なさそうな顔をするが、リーダーと言いながらもあのような時に無力な俺の方が申し訳ない。
「ミオは心が広いわね。あんな風に言われたのに、まるで何にも気にしてないみたいだったわ!」
「……ん」
ミオは……本当に気にしてないというか、本当にどうでも良い話だったのだろう。種族云々は何も気にならないようだ。心が強いな。
再び日の光の残滓が見える頃には、微かに聞こえていた喧騒も本来の大きさとなって耳に届く。門奥へ歩みを進め、そして門の影を出て日の光が当たると共に、俺達はついにその足を王都へと踏み入れることが出来た。
この続きまで書いていたのですが、長かったので流石に分割しました。この位の長さで続けていきたいです。。




