上陸、王都への道
黒龍騒ぎがあってから暫くして、船は王都の港に着くまであと数刻も無いという所まで来ていた。
「もー!折角お願いしたのに何も決まって無いじゃん!もうすぐ王都に着くって言うのに!」
「んなこと言ったって、お前な……」
ベッドに腰掛けたロルフは、額に手を当ててため息を吐く。その前のローテーブルには、文字の書かれた数枚の細かな紙切れが散らかっている。
「確かに、取り敢えずそれっぽい単語を書いて組み合わせるってのは俺も名案だと思った。だがな……お前ら、これは余りにも酷いだろ」
ロルフの指差した先の紙には、『魔女団』『串焼』『愉快な仲間たち』etc……と書かれている。誰がどれを書いたのか分かりやすいな……
「何でよ!カッコいいじゃん、『魔女団』!」
「いや、魔女なんてお前しか当てはまらねえだろうが!」
「…串焼、食べたい」
ミオに至ってはただの欲望だ。俺は先の二人と違い、ちゃんと真面目に考えて書いたのだけど……ダメなのだろうか。
「『愉快な仲間たち』、良いと思ったんだけどなぁ……」
「ノエル、それだけは無いわ!」
「…ん」
「これを書いたのはお前か……無理にこの二人に合わせなくて良いんだぞ、ノエル。頼むからお前だけは真面目で居てくれ……」
散々な言われようだった。どうやら俺にはこういう物を考えるセンスが無いらしい。もう俺が書くのは止めとこう……それがパーティの為でもあり、俺の為でもあるだろう。
「……ん?」
ふと、テーブルの上に乱雑に散らばる紙を見ていると二つの単語が目に入った。
「ロルフ、これは?」
『ストラグル』と『エル』。他の『魔導賢者』や『ケーキ』等と比べると、一際異質…というかマトモな単語だ。聞いた事の無い言葉ではあるが……
「ああ……そりゃ俺が書いた紙だ。俺も自分のセンスに自信があった訳じゃねえが、この中じゃマシな部類に見えるな……」
苦笑しながら二つの単語を手に取るロルフ。それを上から覗き込むルシア。
「ふ、ふーん……『ストラグル』に『エル』ね。ロルフにしては中々良いんじゃない?」
「…意味は、何?」
ミオがそう聞くと、ロルフは頷いて答える。
「どちらも古代語なんだが、『ストラグル』は『抗う者』、『エル』は『誕生』だとか、意訳するとそんな所だな。どちらも今の俺達に当てはまりそうだと思って出した。『災禍』に抗ったり、パーティを結成したり……似てないか?」
「……」
もうこれで良いだろ。ルシアとミオは何を、負けた……みたいな顔をしているんだ。
余計な事を言われない内に、リーダー権限で強制的に決定してしまおう。
「『エル・ストラグル』、これをパーティ名にしよう」
「マジか……なんか照れ臭いな」
「えー!『魔導覇者』は!?」
「…『焼き魚』」
文句を垂れる二人に詰め寄られる。どう考えても魔導覇者も焼き魚も入る余地は無い。
これ以上話を続けていると変な方向に持っていかれそうだ。
「ノエル、お願い!『魔導覇者エル・ストラグル』にしよ!?」
「…『エル・焼き魚・ストラグル』」
無理矢理すぎる。
「う、うーん……」
「おい、リーダーのノエルが決定って言ってんだから終わりだ!変に単語をねじ込むのは止めろ!」
「何よ!あんたのがたまたま良い感じだったからって、調子乗ってんでしょ!次は負けないからね!」
何はともあれ、王都に着く前にパーティ名が決まって良かった。折角王都の冒険者ギルドにて『災禍』の対策組織に入るというのに、パーティ名が無ければ格好がつかないだろう。
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そしてアストハープを出立して数日、半ばで黒龍に襲われかけたこと以外には特に事件も無く、俺達の乗っている魔導客船は目的地に着こうとしていた。
船は徐に岸に沿って入港し、一定の場所に留まると錨を四つ降ろす。俺達は甲板からその様子を見下ろして眺めていた。
「くぁー!漸く着いたわね!」
「ふぅ……これで船酔いとは暫くはおさらば出来るな」
伸びをするルシアと、最後の最後まで顔色の悪いロルフ。二人の言う通り、船での移動でありながら中々の長旅になってしまった。もし陸を徒歩で進んでいたならば、数倍以上の時間がかかっていただろう……船を提案してくれて良かった。魔導客船特有の速度もそうだが、寝ている間にも魔物に襲われることも無く進み続けるというのは何よりも時短に繋がるものだと思った。
しかしそうして着いた港だが、俺とミオは気になる事が一つあった。
「ここが王都?何だかそう呼ばれている割には小さいような気が……」
「…街」
ミオの言う通り、船の上から見渡す限りではアストハープくらいの街に近い程度の大きさしか無いように見える。王都と言うには余りに大袈裟な気がするが……
「いや、この港街ラデングスはただの港兼宿場街だ。地図によれば王都はもっと先……うむ、街を出て少し北東に行った所にあるようだな」
「あ、そうなんだ。ビックリした」
「王都が街よりも小さくてどうするのよ!」
言われてみれば確かに。
俺達は他愛なく話しながら、他の乗客と共に船を降りる。
「王都行きの船って聞いてたから、てっきり降りたらすぐなのかと思ってたんだ」
「まあ、ここからだと半日くらい歩けば着く距離にはある。明朝にでも出発すれば夕方までには着く────」
「明朝!?今すぐ出発するにきまってるでしょ!」
ロルフの言葉を遮るようにしてルシアが主張する。船の上で溜め込まれたルシアのせっかちな性格がここに来て爆発したようだ。
「今出発したら野宿する羽目になるだろうが!」
「いいじゃん別に!あたしはもう歩きたくて走りたくて身体がウズウズしてしょうがないの!」
「だったらこの街の外周でも回ってこい!ほら、すぐそこの海がスタートだ」
「上等じゃん!あんたを蹴落として浮き代わりに使ってやるわよ!」
乗船中の鬱憤を晴らすようにまたもやギャーギャーと喧嘩を始めてしまったロルフとルシア。船内では比較的大人しかったのに……
二人とも元気だなぁ……と眺めながら、自然に収まるのを待っていると、横からクイクイと袖を引っ張られる。
「…ノエル、お腹空いた」
「え?ああ、そっか……お昼時だもんね」
丁度昼前に着いた為、そろそろ食事の欲しくなるいい時間に差し掛かっていた。辺りを見回すと、港にはアストハープにも建っていたような食べ物の屋台が散見している。
「喧嘩が収まるまで、あそこの屋台で何か買って食べていよっか」
「…ん」
目に付いた中で一番近い屋台でおやつ代わりに魚の串焼きを二本だけ購入し、ミオと一本ずつ分け合った。一口かぶりつくと、パリパリとした皮の内にある柔らかい白身を感じ、それと共に芳醇な旨みとよく効いた塩の味が口いっぱいに広がる。
「うん、美味しいや」
「…焼き魚、好き」
隣を見ると、既にミオの手には串しか残されていなかった。早……
だが咀嚼するミオの視線はしかし、俺の持つ一口齧った串焼きに注がれていた。
「…………」
「こっちも食べる?」
「…いいの?」
「いいよ、俺はあんまりお腹空いてないし。はい」
「…ん」
余りにも物欲しそうな目をするので、俺の食べかけも思わず渡してしまった。渡されてすぐに魚を頬張ったミオは無表情だが、嬉しそうに尻尾をくねらせている。
「チッ、埒が明かねえ!ノエル、何とか言ってやってくれ!」
そうこうしている内に、ロルフがこちらに助けを求めてきた。何とかって、俺は正直どちらでも良いのだが……ミオはどうだろう、と隣を見るが、食べる事に集中していて興味が全く無いみたいだ。
「うーん、もうじゃんけんで決めたら良いんじゃない……?」
「イイじゃん!どうせこのままじゃ話は平行線なんだし、これで決着つけてやるわよ!」
「ああ、己の運を恨まねえように気を付けろよ!」
そう言うと二人は素直にじゃんけんをし出した。適当に言ったのだが、解決方法としては間違っていなかったようだ。よし、今後も喧嘩が収まらない時にはこうしよう。
「ほい!ああくそ!」
「勝った!ふふん、これで文句は無いわよね!」
「しょうがねえ……今回は折れてやる」
「やった!ノエル、ミオ、出発するわよ!」
漸くロルフとルシアの喧嘩は収まった。どうやらロルフが負けたようだ。
「ああは言ったけど、良いの?ロルフ」
「ああ、癪だが負けちまったもんは仕方ねえよ。元々、宿に拘りも無えしな……」
そうは言いつつも、少し悔しそうに片手で自らの青い短髪を後ろから掻くロルフ。
「それよりも、ノエル、ミオ。二人して何か食ってたろ?」
「あ!それ串焼きの串じゃん、ずるい!あたしもお腹減った!」
「…美味しかった」
どうやら二人も空腹らしい。街を出れば王都までは野宿なので尚更、何か食べてから街を出た方が良いだろう。
「あはは、ごめん……先に食事してから出発しようか」
「おう!」
「さんせーい!えっと、何処が美味しそうかな?」
「…あっち、良い匂いがする」
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港近くの定食屋で食事を済ませ、いざ出発しようと街の出口の門前までやって来た時、あるものが俺達の目に入った。
「ああ人々!我々に残された時間は少ないのです!どうかお耳を傾け下さい!どうか!」
何だろう、あれ……
黒い修道服を着た女性が、道行く人に向かって何かを訴えている。手には銀色に光る十時のロザリオを持ち、首からかかるペンダントには慈愛の笑みを浮かべる女性の横顔が丁寧に掘られていた。
「災厄は間違いなく訪れるのです!世界に広がる『災禍』の炎こそ、災厄の予兆!炎はやがて世界を包み、そして滅びを受け入れることになるでしょう!皆さん、災厄から人類を守る事が出来るのは、我々アーカトラズだけなのです!」
『災禍』……その言葉に、その前を通りがかる人は何人かが足を止め、修道女の紡ぐ言葉に耳を傾けている。
「何百年も前から、アーカトラズの信ずる聖女様は災厄を予言し、それは現代に伝えられてきました!災厄から助かる道はただ一つ……アーカトラズに入信し、その加護を得ることのみです!皆様、聖女様を信奉しましょうではないですか!信じるものは救われるのです!」
何とも胡散臭い謳い文句だが、人によってはそれも魅力的に感じるのだろうか?足を止める者も一人、また一人と増え始めている。
「うそ、せ、聖女教……!」
「なんだと!?あいつら、もうこんな遠い所にまで手が伸びてやがるのか……」
ルシアとロルフはあの修道女の言うことを知っているようだが、何やら様子がおかしい。ロルフは特に顔を青ざめさせて苦い顔をしている。
「聖女教って?」
「あ、ああ、何年か前に出来た新興宗教だ」
宗教……新興と言うくらいだから、クマリア教とはまた違うものだろう。
「……正確にはアーカトラズ教と言って、元はアーカトラズって街だけの小さな宗教だったらしいんだが、ここ最近になってあちこちからその名前が聞こえるくらい広がっていてな。アストハープでは見かけねえもんだから、この大陸にはまだ来ていないんだと思っていたんだが……」
「魔大陸でも、クマリア教のそれよりは小さいけど教会が建つくらいには名前が知られてるの」
随分と浸透の早い宗教だな……そういうものなのだろうか。
「そうなんだ……確かに、エルトリアでもあんな感じの人は見かけなかったな」
「…ボクも初めて見た」
ミオも知らないということは、同様にミオの故郷にも聖女教は進出していないらしい。ふと耳を澄ますと、演説する修道女を取り囲む聴衆の呟きが聴こえた。
「馬鹿馬鹿しい。世界が滅びるなど、有り得るものか……荒唐無稽な話だ」
「でも、『災禍』は実際に起こってるんでしょう?南の村が焼かれたって専らの噂よ」
「アーカトラズ……入信すれば助かるのかしら」
ここの住民にもまた新しい教えに対して様々な考えがあるようで、賛否両論の意見が密やかに飛び交っている。
「たかが新興宗教の聖女教に何が出来るってんだよ……信じるだけなら誰でも出来るのにさ」
「そうだよ。『災禍』の正体が本当に悪魔なら、その悪魔を倒せる力を持ってるクマリア教こそが正義なんじゃないか」
中には批判的だったり懐疑的な声も聞こえるが、修道女は気にする様子も無く演説を続ける。
「いいえ、アーカトラズはその先を見据えているのです!『災禍』はあくまで災厄の予兆に過ぎず、例え『災禍』を退けたとしても、災厄の滅びは回避出来ないのです!聖女様はそれすら跳ね除ける力を下さる!」
何とも布教には苦労している。しかし、確実に人々の興味を引いているのも確かだった。
「あの感じ、まだ上陸したてっぽいわね」
「みたいだな。だが、この街に教会が建つのも時間の問題だろ……ああ、恐ろしいぜ……」
「…………」
修道女とその周りに群がる人々を横目に、俺達は街の出口目指して通り過ぎた。
「おいノエル…!シスターを余り見ない方が良い…目を付けられるぞ…!」
何気なく様子を見ていた俺に、ロルフが小声で耳打ちをする。そう言うロルフ自身も横目でチラチラと修道女……シスターの方を見ているのだが……一体あの宗教の何を恐れているのだろうか。
「はは、目を付けられるって……確かに少し過激な宣伝をしてるみたいだけど───」
「ああしてる分には問題無いんだ。ああしてる分には」
何か、含みのある言い方だな……どうしている分には問題があるんだ。
「いい?ノエル、ミオ……あいつらの真の恐ろしさっていうのは───」
ルシアが俺の前に回り込み、そう忠告をしようとしている時だった。
「───こんにちは!冒険者の方ですか!?冒険者の方ですよね!?皆さん、アーカトラズ教に入りませんか!?」
「で、出たっ!」
「へ?」
突然掛けられた声に思わず顔を向けると、黒い修道服を着たシスターが目を輝かせて俺達の方を見ていた……特に俺の方を。
接近に全く気が付かなかった……いつの間に現れたのだろう。演説のあった方を見ると変わらず続けられているし、どうやら目の前のシスターは別のシスターのようだ。
ルシアはいつの間にかロルフの背中側に回り込み、突如として現れたシスターを震えながら戦慄の表情で見ている。
ロルフも似たり寄ったりの顔で固まってるし、ミオは……無表情だ。流石、動じないな……と思ったのだが、少し獣耳が倒れて警戒しているように見える。
「私見たんですけど、今、あちらの演説をお聞きになっていましたよね!?ご興味がおありなら是非とも───」
「すみません、無神論者なのでちょっと……」
そう言って軽くあしらい通り過ぎようとするが……その瞬間、修道服に包まれて黒い腕が伸びてきて俺の腕をガシッと掴んだ。このシスター、全く引く様子が無い。
「お待ちください!アーカトラズ教には神などいませんよ!教えの中に居らっしゃるのは素晴らしき聖女様ただ一人……どうです、お得じゃないですか!?」
お得って何だよ。
「おい、ノエル!そんなんじゃ振り切れねえ!そいつら、一度人の腕を掴んだら二度と離さねえんだ!」
「腕ちぎって逃げるのよ!」
無茶苦茶を言うな。魔物か。
そんな事をしなくとも冒険者ですら無い女性の力だ。幾ら俺の筋力の数値が小さくとも、『剛力EX』を使えば簡単に振り切れ────ない。何度力を篭めてもシスターの腕が離れる気配は無い。
「え、力つよ……」
「無駄ですよ、私達には聖女様の御加護がありますので!」
シスターは不気味な程の笑顔でそう言った。
あ、魔物だこれ。
……いや、流石に魔物は言い過ぎだがしかし、このシスターは確実に冒険者クラスの力を持っている。俺のステータスですら『剛力EX』を使えばゴーレムが持つ鉱石の身体も砕けるというのに……シスター自身がかなりの戦闘経験やスキルを持っているのかそれとも、聖女の加護とやらがそれ程の力を持っているのか。
「早く腕を外せ、ノエル!そいつが一人の内に逃げねえと本当にまずい!」
ロルフですらこんな事を言い始めるのだからもう状況が状況なのかもしれない。
どうするか……俺一人ならまだしも、三人を同じ目に合わせるのは何となく危険な予感がする。いっその事、本当に腕をちぎって逃げてしまおうか───と、そう考え始めた時、
「…『雷撃拳』」
「ぐぼぉっ!」
ミオの紫電を纏った拳が、変な音を立ててシスターの腹にクリーンヒットした……と思えば、シスターは上に打ち上げられ放物線を描いて建物の向こうに消えていった。
マジかよ。
「……よし、逃げるぞ!」
「ナイス、ミオ!良くやったわ!」
「…ん」
それを見るや否や俺たちは再び走り出し、第二波のシスターが来ない内に街の門へと向かう。
大丈夫かなあのシスター……加減していたようには見えたがミオの『雷撃拳』はエデウスの身体だって砕く威力があるのだが……まあ大丈夫か。聖女の加護がある筈だ、うん。そう信じよう。
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「ま、撒いたわね……」
「助かったぜ……」
街の門から外に出て立ち止まり後ろを振り向くと、シスターは追っては来ていないようだった。
初見以上に危ない宗教だったな……あんな宗教が広まるくらいには、人々の間でも『災禍』の名前は知れ渡り始め、多かれ少なかれ救いを求めてるってことなんだろうな……まあ、それはそれとして一つ、気になる事がある。
「ロルフ、ルシア、もしかして聖女教に捕まったことあるの?」
「ああ、魔大陸でな……腕を掴まれたと思えば、何が何だか分からん内に無理矢理腕を引っ張られて教会へ連れ込まれたんだ。あいつらが持っていたのと同じ首飾りを掛けられそうになった所で漸く手が離れたから、何とか逃げ出せたんだが……ありゃあ最悪だった。まさか、シスターに力負けするとは思わねえって」
「あたしはロルフが連れ去られるその現場、間近で見ちゃったのよ……」
怖……前衛職の、しかも2メートルはあるんじゃないかという程の巨漢であるロルフが、まさか力で負けるってどんな宗教だ。
ヒ〇イ地方に行ったり褪せ人になったりしていたら、気が付けば前回の投稿から一ヶ月経っていました。。(こんな筈では。。)




