焼けた村で
目を開けるとまず、こちらを覗き込む二つの紅い視線が視界に飛び込んできた。
「うっ!?………何だ、ミオか」
「…ん」
上半身を被せるようにして俺の顔を見ていたのはミオだった。後頭部に感じる感覚から察するに、またもや膝枕をされているようだ。
「俺は一体どうしたんだ…?確か、村が焦げていてそれで気持ち悪くなって…」
「…ノエル、突然倒れた」
「倒れた?」
「…ん」
ミオはこくりと頷く。そうか、あの瞬間から夢だったのか。辺りを見回すとクロエも、燃え盛る炎も切り裂かれた肉塊も無い。ただ遠くの方には、黒く焦げた何かが焼けた地面に点々と転がっているだけだ。
俺達の居る場所は崩れた建物の影のようだ。紫電の球が俺とミオを円く囲んで守っている。
「看病してくれてたの?」
「…ん」
「そっか、ありがとう…他の皆は?」
「…探しに行った」
分かりづらいが、恐らくは冒険者ザラと商人の遺品を指して言ったのだろう。ウッドロアの入口で見たあの焦げた腕は…夢の内容が正夢だったとしたら、冒険者ヴィルのものだ。そして、冒険者ザラも既に生存の可能性は無い。
「迷惑掛けちゃったな…合流して、俺達も探しに行かないと」
そう言って身を起こそうとするが、肩をぐいっと掴まれて元の位置へと戻される。
「…ミオ?」
「…起き上がったら、だめ」
「え、何で…」
「…また倒れちゃう」
無表情で分かりづらいが、ミオの目は不安そうに揺れている…案外心配性だ。倒れないと言いたいところだが、俺も俺で先程の気持ち悪さがどうして現れたのか分からない以上は断言出来ない。
「分かった、もう少しこのまま休ませて貰おうかな」
「…ん、そのほうがいい」
安心したのか、ミオの口元が少し緩んだ気がした。身体を脱力させてミオの膝に頭を預けると、ミオは俺の頭を撫で…撫で回し始めた。髪がめちゃくちゃに乱れる。クロエはこんな乱暴にはしなかったぞ。
ふと、ミオの手が止まる。
「…今、他の女の子のこと、考えた」
「え?………………………いや」
「…そう」
再び髪が揉みくちゃになる…危なかった。何だか分からないが、ミオの目が笑っていなかった。手にはピリピリとした電気が微かにだけど纏われてすらいたし、もし回答を間違えていたら俺の頭には直接電気が流されていたかも知れない。そんな事されたらそれこそもう一度気を失うんだが。
「ミオ、ごめんね。こんな場所に留まりたくないでしょ」
「…別に、ノエルがいるならいい」
「でも辺りは酷い光景だし…」
「…空は、綺麗」
そう言ってミオは空を見上げた。釣られてミオの頭越しに空を見る。この空の下で燃え尽きたウッドロアは見るに堪えない惨状ばかり…だが、青い空は澄み切っていて雲一つ無い。空はどこまでも平等だった。
ふと気が付いた。つい先日、ダンジョンを出てすぐの夜、森の向こうに見えた山火事は…あの夜空の赤色は、ウッドロアが燃える色だったのか。まさしくあの瞬間、この場所を『災禍』が蹂躙していた。だから目が離せなかった。
「あの空の下で、俺達の『敵』が笑って…」
「…敵?」
「い、いや…何でもない」
ミオに聞き返されて自分の発言がおかしい事にも気が付く。『敵』と言ったのか?一体誰を…何の敵なんだ。いや、分かっているのだが、それは俺の意思じゃない。その筈だ。
きっと、夢に引っ張られている。夢に出て来たクロエは、ただ俺の深層意識が作り出しただけの幻では無いのだろう。何処かで…俺と混じりあったのか、それとも彼女が俺に憑いたのか。どちらでもいい。
近くにいるのか?クロエは…
周りを見渡しても彼女の姿はやはり見えないが、でもクロエ、死の先で君が側に居てくれるなら、俺は復讐なんかよりも君と───
バチッ…
「…また、考えてる」
目の前を遮った小さな手には紫電が纏われている。紫電が俺の肌に触れるか触れないかのギリギリを掠める。
「ご、ごめん?」
「…ノエル、ボクが目の前にいるのに」
何が何だかよく分からないまま謝ると、何が何だかよく分からない返事が帰ってきた。
「…誰、考えてたの?」
ただ無言で、目の前で弾ける紫電をぼんやりと眺めているとミオがそんな事を言う。気になるのだろうか。
「友達かな…昔の」
「…ボク以外の?…いたの?」
いたよ。
「ま、まあ…今はもうバラバラになっちゃったんだけど、故郷には幼馴染達も居たんだ。仲良かったんだよ、女とか男とか関係無くね」
「…そうなんだ」
ジャックを始めとして、クロエとアリスの双子姉妹と、俺の妹のアビー。ジャックとクロエは村に眠り、アリスとアビーは行方知れず…後ろ二人は、生き延びていてくれればもしかしたら何処かで再会出来るかも知れない。最も、二人に合わす顔なんて持ち合わせていないのだけど…
「…ボク…」
「ん?」
「…ボクの方が、仲良くなる」
いつの間にか紫電を引っ込めていたミオの目には意思が込められている。何だか先程から謎に対抗意識を燃やしているな…
「今でも充分仲良いと思うよ?」
「…違う、もっと」
「はは…もっとか。分かったよ、これからも仲良くしていこう」
「…ん」
満足したのか、ミオの手は再び俺の髪を撫で上げる。ミオと更に仲良くか…しかしそうは言うものの、ミオとの友情が幼馴染達との絆を超える日なんて来るのだろうか。幼馴染達と紡いだ記憶はもう二度と手に入らない、かけがえの無い大切な思い出ばかりだ。今の俺という存在は、そんな曖昧でしかし確固たるもので成り立っている。それを代替するようなピースに、俺が死ぬ迄にミオがなれるかというと…正直な所、難しいだろうな。
ミオは既に俺が死ねない理由の一つにはなりつつある…良い意味でも悪い意味でも。勝手に死のうとしようものなら死よりも苦しい目に合わせられそうな気が…うーん、どうなんだろう。
などとぼんやり考えていると、遠くから声が聞こえる。どうやらロルフ達が戻ってきたようだ。今度こそ、ミオの膝から身を起こす。
「お、ノエル…目が覚めたか」
「うん…迷惑かけたね」
「気にしないでいいわよ。こんな惨状見たら無理も無いわ」
ルシアはそう言ってくれるが、ルシア自身も顔色が余り良くない。いや、ルシアだけでなくロルフ達も…特に後ろの二人、ニックとパールは失意の底にあるような表情だ。ニックの手には、銀色の腕輪が二つ握られている。
「その様子だと…駄目だったんだね」
「ああ、商人の遺品も拾ってきた…全滅だ。この村には生きている奴なんか一人もいねえ」
「そっか…」
「『災禍』…その正体は分からないけど、それっぽい何かも居なかったわ」
その後、改めて六人で村の周辺を探索したが、焼け跡ばかりで怪しいものは何も発見出来なかった。あの人智を超えた力を持つ盗賊達の痕跡すら、一欠片も見つかる事は無かった…シレン村と同じだ。盗賊達の足跡は村の中にだけ広がっていて、村の外に向かった様子は全く無い。何故だ。
「…何もない」
「ありがとう、ミオ。降りておいで」
「…ん」
燃え残っていた背の高い木に登って周囲を観察していたミオが降りてくる。
「…ギルドに戻ろう。今から出発すれば日が暮れるまでには報告出来る」
「くそっ…ロルフ、すまない。俺はここに残って『災禍』の手掛かりを探す!このままじゃ帰れない、せめて一つでも『災禍』の正体に繋がるような証拠を見つける!」
「わ、私も…!」
ニックとパールが駆け出そうとする…が、その前を塞ぐようにして立つ。
「駄目だよ。二人とも俺達と一緒に戻って」
「っ…!ノエル、どうして…」
暴走しそうになる二人を止める。
「気持ちは分かるけど…そこから先はギルドの仕事だよ。俺達がただ闇雲に探しても、ここを悪戯に荒らすだけだと思う」
「ノエルの言う通りだ。ギルドには専門の調査隊だっている…恐らく派遣されるだろうし、そいつらに任せれば詳しい情報だって出るかもしれない。もしここを、自分達でこれ以上探したいならその調査隊の護衛の指名依頼を受けるか、調査後にするんだな」
「…ニック、パール、今は報告が先よ。いち早くギルドに報告して…調査も大事だけど、この人達も弔って貰わなきゃ。ずっとこのままじゃ可哀想じゃん」
俺達の言葉を聞いて目を閉じ考えていたニックだが、暫くして薄らと目を開けた。
「…ああ、そうだな。パール、やっぱり戻ろう」
「ニック…」
悔しそうに唇を噛むニック…だが、俺達の意見に折れてくれたみたいだ。
こうして俺達六人は、ギルドへの帰路を辿ることとなった。今回持ち帰る情報は、考えうる限り最悪に近いものだった。
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「そうですか…報告、ありがとうございます。ついにアストハープでも『災禍』が起きましたか…であれば、すぐにでも調査隊を派遣した方が良いですね」
受付嬢さんはトレイの上に乗せられた遺品を慎重にしまい、依頼書へ完了のサインを書き込んだ。
「すぐに…って、今はもう夜だぞ。幾らこの周辺とは言え、街の外に出れば活性化した魔物に襲われかねないと思うが…」
「問題ありません。調査隊は確かに冒険者では無いですが、一人一人が銀級の冒険者にも負けない程の戦闘能力は持っています。この近くに出現する魔物にはまず負けません」
「『災禍』が再び起きたらどうする?昼間にはそれらしきものは確認出来なかったが…夜には戻ってきているかもしれないぞ」
「それも問題無いでしょう。他のギルドから上がった報告によると、『災禍』が同じ箇所で再び発生した事例はありません…というか、目撃情報すら殆ど無いですからね」
「何なのかな…『災禍』って」
テーブルを挟んで座るルシアが呟いた。
「世界各地のあらゆる集落や村を襲って…そんな派手なコトして、目撃例がたったの一件だなんておかしくない?目的も分かんないし…」
「何たって悪魔の仕業なんだろ、その目撃例が言うには。悪魔の考える事なんざ、どうせろくな事じゃないに決まってる」
「ふん…悪魔なんて存在、本当にいる訳無いじゃん。絵本や聖書でもあるまいし。子供だから悪魔のような何かと勘違いしたのよ」
「………」
俺は『災禍』の正体を知っている…正確には『災禍』がどのようにして村を滅ぼすのか、その実態を経験しただけだが。あの赤い目の怪力を持つ盗賊達が、その力に任せて非力な人達をただ蹂躙していく…俺はその光景を二度も見ている。思い出すだけでも恐怖とおぞましさで、胃から何かが込み上げてくるような感じがする。
「…ニック達、大丈夫かな?」
「心配いらないんじゃないか?ギルドの調査隊も一緒なんだろ」
「それもそうね…」
調査隊と共に、ニックとパールは再びウッドロアに向かって出発した。やはり居ても経ってもいられなかったのだろう。二つの溶けかけた銀の腕輪…それを遺品として受付に提出する時、二人の目には決意が込められていた。
「あたし達も着いて行けば良かったかな…」
「行っても俺達に出来る事なんて特に無いだろ。調査隊にとっても抱える冒険者はニック達だけで手一杯だろうしな」
「そうだね…取り敢えず今日のところは、俺達は大人しくしていよう」
「…ん」
その後暫くはテーブルを囲んで他愛の無い雑談をしていた。しかしどうも落ち着かない気持ちで時間だけが過ぎ、結局モヤモヤとしたものを胸に残したままその日は解散することとなった。宿に戻り、それぞれの部屋へと帰ってゆく。
「ふう…」
ベッドに腰かけた途端、自然とため息が出た。今日はいつも以上に精神的な疲れを負った気がする。ウッドロアの惨状といい、クロエの夢といい…そう、夢。今から眠ったとして、またクロエの夢を見るんじゃないかと思うとどうしても気が引けてしまう。昨夜は夢を見る事は無かったから良かった…だが今日に限ってはまさに昼間、あの恐ろしい夢を見てしまったばかりだ。
「…ノエル、寝ないの?」
座ったままボーッと窓越しの空に目を向けていると、先にベッドに潜り込んでいたミオが起き上がり這い寄ってきた。
「え?あ、うん…あまり寝たくなくてさ」
「…寝ないと、また倒れる」
心配してくれているのか、ミオは昼間からずっとこの調子だ。まあ…確かに、どうしてあの時倒れてしまったのか自分でもよく分かってはいないから、ミオが言う事を否定出来ない。
「分かった。もう少ししたら寝るよ…ミオは先に寝てて」
「…だめ。今すぐ、一緒に寝る」
「え?でも俺、今日は寝るのにも覚悟する時間が欲しいなって───あ゛っ!」
紫電が走り、頭が沸騰するような痛みの感覚を覚える。と同時に身体から力が抜け、ベッドに倒れ込んだ。脳はダメだろ…
「…おやすみ」
薄れゆく意識の中、腕に抱き着く温もりを感じると共に、柔らかな言葉が耳元に響いた。
前回の投稿が一か月前…?
もう年末…?
今年中にせめてあと何話かは書きたいです。。




