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浅瀬の迷宮

「…ノエル、顔色悪い」

「え、そう?」


ギルド前でロルフとルシアを待っている時、ミオが俺の顔を見て言った。何だろう…確かに起きた時から少しだけ気分が優れないというか、身体が重い気はしていた。段々と薄らいできてはいたので気にしていなかったのだが…顔色には出ていたようだ。


「うーん…実は昨日うまく眠れなくてさ、寝不足なんだ」

「…ん」

「だからちょっとだけ血行が悪いのかもね」


そう伝えると、ミオは唐突に紫電を纏いだした。


「え、ちょっと…」

「…血行、良くする」


バチバチと音を立てながら、相変わらずの無表情でこちらをジッと見る。まさか電気を流すつもりか…


「いや、ミオ、それは…」

「…大丈夫、すぐ良くなる」

「ならないって、血行が良くなるどころか血が蒸発する───痛、痛だだだだだ!」

「…我慢」


無茶言わないで欲しい。普段よりは威力が抑えられているものの、痛いものは痛い。何故この自由少女は何かある度にすぐ電気を流そうとするのだろう。誰かこのバイオレンス獣人を止めてくれ。

と、隣の宿からロルフ達が出てくるのが見えた。青い短髪の巨漢と桃色のツインテール少女の魔族コンビ、丁度いいタイミングで来てくれた。


「ほらミオ!二人も来たから!」

「…ん、続きは後で」


やっと止めてくれた…この電撃は俺じゃなくて是非とも魔物に使って欲しいものだ。今日は浅瀬の迷宮に行く、その為に二人と待ち合わせているのだから。ロルフとルシアもこちらの姿を確認したようで、手を振りながら近づいてくる。


「よう、ノエル達は先に出ていたのか。早いな」

「今日はよろしく頼むわね!」


二人ともそれぞれの武器を後ろに携えており、ロルフに至っては少し大きめの袋を肩に掛けている。恐らく俺達と同じような準備をして来たのだろう、ロルフ達の支度も良いようだ。


「…ん」

「こちらこそよろしく。じゃあ、早速出発しようか」

「おう!」

「やってやるわ!」




────────────────────────




アストハープから北に一時間程歩いた所に俺達の目的地はあった。今、俺達はダンジョンの入り口に並んでいる。


「こっから先が浅瀬の迷宮だな」

「そうみたいだね…」


目の前には、何処までも続く岩礁が広がっている。それもただの岩礁ではなく、奥の方に行くに連れて小高い岩が立ち並ぶようになっていく。このダンジョンの特徴は、入り口近くは見通しが良く魔物も少ないのだが、最奥付近は岩だらけで迷いやすく、更に魔物も多い。死角から唐突に現れて攻撃されるなんてことも良くあるらしい。


「近くに魔物は見当たらないな…よし、行くぞ」

「うわぁ、ホントに水浸しじゃない…歩きにくそう」

「…でこぼこ」


足元には浅く海水が張っていて、足を踏み出す度にパシャパシャと音がする。ところどころ水面から露出した所でさえゴツゴツとした岩の地面か砂かの二種しか無いため、ルシアの言う通り歩きにくいったら仕方が無い。だが、砂は岩や水底に比べて凹凸の少ない分多少は歩きやすい。俺達はロルフを先頭に、砂浜を辿りながら進み始めた。


「姿が見えなくても気を付けるんだぞ。魔物によっちゃ砂の中から現れることもあるらしいからな」

「言われなくても分かってるわよ!あんたこそ先頭なんだから注意しなさいよ!」


事前にギルドにて集めた情報によると、どうやらこのダンジョンには砂の中や水底に潜む魔物が多く生息しているらしい。一見何も居ないように見えても唐突に砂の中から現れて足元へ不意打ち、なんて事が起こりうる。対策としては、今ロルフがやっているように大剣を歩く先に突き刺しながら進むと有効で、こうすることで魔物の潜む地点を踏む前に発見出来る。


「…おっ?」


ロルフの足が止まる。剣先が何かに当たったようだ。


「おい、早速居たぞ!構えろ!」

「魔物一号ね!どんな魔物か知らないけど、あたしにやらせてよ!」


各々がそれぞれ武器を構える。ロルフは大剣を、ルシアは杖を正面に持ち替えた。ミオはいつも通りの自然体だが、よく見ると時折周囲に紫電が発生している。俺は…何も持ってないので棒立ちです。ルシアに習って杖でも買おう…

構え終わると同時に、ドン!という音と共に砂が爆発し、その中から大きな鋏がロルフに向けて突き出された。


「はっ!」


ガキン、とロルフは大剣の側面で鋏を受け、勢いを押さえ込んだ。よく反応出来るな…もし俺が先頭で同じ事をしていたならば確実に貫かれていただろう。


「出てきたわよ!何これ、でっか!」

「…黒い」


姿を現したのは黒に紫の線が入った甲殻を纏った蟹だった。一体何処に隠れていたんだという位の体積で、蟹が出てきた砂浜には大きな穴が空いている。高さだけでも俺と同じくらいなのだが、しかし一番の特徴はその身体の半分程はあるだろう長さの鋏だ。


「多分『オニキスクラブ』だ!聞いていた特徴の通りだよ!」

「やっぱり進化してやがるな!最初に聞いた時は確かここに生息しているのは『シャープクラブ 』だった !」


そう言いながらロルフは鋏を上に打ち上げ、その勢いで上がった大剣を黒いオニキスクラブの脳天目掛けて振り下ろす。


「オラァッ!」


重さと勢いの乗った大剣はあっさりと黒紫の甲殻を砕き、そのままオニキスクラブの身体を叩き潰した。巨体が勢いを殺しきれずに砂浜に沈み、そしてオニキスは動かなくなった。


「どうだ、一撃で仕留めたぞ!何だ、進化したって言ってもまだ戦えるレベルだな」

「ちょっと何倒してんの!あたしの分が無いじゃない!」

「…」


どうやら三人とも戦いたがりだったようで、得意気な顔をしているロルフとは反対に一発も攻撃の出来なかったミオとルシアは不満そうだ。


「残念だったな、俺の前に出てきたんだから俺の獲物だ」

「あんたが先頭歩いてんだからそりゃそうでしょうよ!譲ってよ!」

「魔物を探知してやってんだ、それで砂ん中から出てきたならまず俺が相手するだろ!」

「じゃあ出てきたらあたしが相手するから退いてよ!」


既に絶命しているオニキスクラブを前に言い争うロルフとルシア、その声に釣られたのか奥の砂浜から新たな個体が二匹姿を現した。


「…あ、蟹」

「二人とも、奥に新しいのが二匹居るよ」

「え!?ホントだわ!ロルフ、次はあたしの番なんだから攻撃しないでよ!」

「仕方ねえな…今回だけだぞ、じゃないと俺が前衛の意味が無いからな」


ロルフが下がり、代わりにルシアが少しだけ前に出て杖を手前側の個体に向ける。


「見てて!『 炎舞』(ダンシング・ファイア)!」


ルシアが呪文を唱えると同時に杖の先に火球が三つ現れ、円形に回り出す。間もなく火球は前方に飛び出し、火球はそれぞれオニキスクラブの片方の鋏と足、そして頭に命中した。火球は質量を持っていたようで鋏と足は砕け散り、頭は砕けては居ないものの着弾した箇所を中心に勢いよく燃えている。動かなくなったのを確認すると、ルシアはこちらへと振り返った。


「ふふん!どうよ!」

「凄いねルシア、火の魔法にはこんなのもあるんだ」

「普通は無いわ!これ、あたしのオリジナルなのよね!」


オリジナル…ルシアが独自に開発したってことか。対して俺が使える魔法は全てコモンスキルで習得したものだ。だから魔法の創造なんて考えたことも無かったのだが、スキル無しで魔法を覚えるとそういうことも出来るようになるのだろうか。


「ふふん、まだまだあるからどんどん見せてあげ───」




ゴシャッ!


ルシアが得意気に桃色のツインテールの片方を撫で上げたと同時に、ルシアの背後から何かの破砕音が上がった。


「…ボクも倒した」


音の方向を注目すると、残っていた一匹を恐らくミオが雷撃拳で屠ったところだった 。恐らく…というのは既にダークキャンサーの形が残っておらず、ミオが紫電の纏った拳で振り抜いた姿勢のまま止まっていたから多分、雷撃拳を放ったんだと思う。どれ程の威力があったのかそれとも電圧で内側から破裂したのか、鋏や細長い脚どころか内容物も辺りに散乱していた。グロい…


「薄々気づいてはいたが、ミオのスキルは魔法寄りの雷属性か…獣人の身体能力に加えてこれは中々恐ろしいな」

「ノエルに撃っていた電撃は全然本気じゃ無かったのね…」


もしもミオが本気でやっていたなら、俺は街中であの蟹のように爆散していただろうからな…

しかしミオの実力を考察する二人だが、ロルフもルシアも充分に強い。何せ二人とも、進化した魔物を一撃で屠っている。この前はこのダンジョンに入るには実力が足りないような事を言っていたが、例え二人だけで入ったとしても充分に通用する気がした。


「あたしも負けてられない!次の獲物を探しに行くわよ…っと、その前に魔石を拾っとかないとね」

「ああ、こっちは既に回収したぞ」


ルシアは自身の倒したオニキスクラブの残骸を漁り始めた。何をしているんだろうか…それに魔石とは一体何だ。


「…ルシア、何してるの」

「え?何って…見ての通り魔石を探してるんだけど…」

「…魔石?」

「おい、まさか魔石を知らないのか?」


知らないです…何だそれ…

どうやらミオも知らなかったようで、俺と目が合うと顔をふるふると横に振った。


「魔石ってのは、この黒い石の事」


ルシアがオニキスクラブの体内から黒く光る宝石のような物を取り出した。宝石の中は透き通っておらず、ただ周囲の光が反射して薄い緑色に煌めいた。


「魔石は魔物の体内で魔素やら何やらが凝縮されて出来た物なんだけど…本当に知らない?」

「…初めて見た」

「参ったな…俺達が知ってる限りだと、ギルドの買取に出すと結構な額になったり、武器や防具の強化に使えたりする、かなり便利な物なんだが…もしかして、こっちの大陸では魔石を利用する文化が無いのか?」

「え…そんなことある?」

「…ん、そうかも」

「いやいや、ミオ…適当言っちゃダメだって」


そんなことは無い筈だが…多分、俺とミオが知らないだけだ。エルトリアでティナさんが買い取ってくれた動力球も、今思えば魔石の一種だったのだろう。使い道が似ている。


「ルシア、魔石ってどんな魔物でも持っているものなの?」

「嘘、ノエルも知らないの?…ううん、余りに小さい魔物だとダメね。凝縮される程の魔素を持ってないから」

「そうなんだ…道理でスライムだのボーンウルフだのは倒しても見かけなかった訳だね」


古代洞窟のゴーレム達はそこそこの大きさをしていたし、今考えると恐らく魔石持ちだった。本質が鉱石のゴーレム達は倒すとバラバラに砕けるので、魔石が落ちたとしても気が付かなかったのだと思う。


「兎に角、これは拾っといた方が良いわよ。こっちじゃあんまり使わないのかも知れないけど、あたし達にして見れば魔石って凄く便利なのよね」

「ああ、いざって時には魔素の補充にも使えるしな」

「分かった、拾うようにするよ」

「…ん」


ミオは爆発四散したオニキスクラブの残骸を漁り、黒い魔石を見付けてポケットに入れた。


「さ、この調子でどんどん先に進むわよ!目指すは最奥の主の部屋なんだから!ほらロルフ、早く剣で砂をつつきなさいよ!」

「急かすんじゃねえよ、言われなくてもやるわ!」


俺達は再び歩き出した。浅瀬の迷宮の攻略は始まったばかりだが、今はまだ全然余裕がある。このダンジョンには魔物が多いものの、代わりに罠という罠は一切無い。加えて俺達は各々がある程度の戦闘能力を有している為、今のところは魔物の不意打ちにさえ気を付けていれば問題無かった。


「…ノエル、これ」


そう言ってミオが差し出したのは、蟹の脚だった。電気を通された為か、黒かった甲殻が赤く染まっている。


「ミオ、何でそれ拾ってきたの?」

「…美味しそうだったから」


確かに少し良い香りが漂っているが、逞しいなこの自由少女は…




────────────────────────




浅瀬の迷宮の攻略は順調に進んでいた。事前に調査をしていたためにダンジョンで進化した魔物の特徴は粗方知っていた事もあるが、何よりもロルフとルシアの戦闘能力が想像以上に高かった。単純な力ではミオも負けてはいないのだが、アストハープに至るまでパーティを組んでいた二人のコンビネーションは、普段の言い争いからは想像が出来ない程息が合っていた。このダンジョンは罠が全く無い代わりに魔物が多く、単純な戦闘能力が割と物を言う。目の前で戦う二人のコンビネーションはこのダンジョンの要求する戦闘能力を充分に凌駕していた。


「おい、抑えたぞ!早く撃て!」

「分かってるわよ、『炎球』(ファイア・ボール)!」


ルシアの杖先から発射された炎の塊は、弧を描いてロルフを避け、ロルフが抑えているオニキスクラブの甲殻に命中して炎上させる。ロルフは力の抜けたオニキスクラブの鋏を弾いて奥へと押し込み、返す刃で横から突かれた別の個体の鋏を受け止めた。こうしてロルフが前で魔物の足止めを行い、その隙に安全な場所からルシアが的確に魔法を当てるという動きを基本としている。


「…………」


ミオは俺達がいる所から一回り程前で蟹達と戦闘を行っている。オニキスクラブの鋏の突きを軽い身のこなしで躱し、隙を見て雷撃拳を甲殻に叩き込んで爆散させている。こうして適度に間引き、ロルフとルシアが対処する魔物の数を二人か処理出来る最小限に抑えていた。


因みに俺は後方で待機していた…いや、決して戦闘に参加出来ないから、ましてやサボっているから…では無い。一応。ただ単に、前の三人の代わりに周りへと注意を払い、何かあった時は三人に知らせたり、いざと言う時に戦闘へ介入する為である。

というのも、先程「ノエル、あんたってばあたし達に遠慮して戦って無いじゃない!」とルシアが俺に戦う機会を与えてくれたのだが案の定というか、俺が唱えた風の魔法は魔物を綺麗さっぱり魔石ごと消し去ってしまった。その結果、


「…ボクの食べ物が」

「う〜ん…ボス用ね!」


と、魔石は拾いたいからノエルはなるべく魔法を唱えるなと言われてしまった訳だ。魔法は風魔法以外覚えていないので仕方無い。


「暇だ…」


周りに注意を払いながら、砂まみれになりつつもオニキスクラブ達を殲滅する三人を眺める。ふと、三人がシレン村の幼馴染達の姿に重なって見えた。冒険者になりたいといつも言っていたジャックはロルフの立ち位置だろうか。それを支えるルシアの位置には、もしかしたら魔法を覚えたかもしれないアリス。そして自由に動き回るミオの位置にはクロエ…は無いな。イメージが全く重ならない…誰だ、一番近いのは妹のアビーだろうか。

兎も角、もしもあのまま何も起きずにジャック達が生きていて、ジャックに連れられるがまま五人で旅を始めていたなら、いつかこんな光景が見られていたのだろうか…




「き、きゃあああああああっ!」


と、前方で戦っていたルシアが突然悲鳴をあげた。何だ、緊急事態か…?

意識をルシア達に向けるとロルフとルシアの位置は変わっておらず、特に怪我も無いようだった。だが、オニキスクラブの残骸の散らばる中ロルフが対峙している魔物が先程とは違っていた。


「で、で、で、でっかい虫!」


その魔物はワラジムシが巨大化したような形をしていて、無数の足と幾つもの線の入った胴体を持っていた。名前は確か『シーワーム』だったか…元は海辺に生息する小さな虫が魔素によって魔物と化した小型の魔物の筈だが、どうやら進化によって巨大化したようだ。頭から生えた触覚は忙しなく動き、周りの動きを探知している。


「おい、ルシア…虫なんて戦ったことあるだろ。今更どうって事無いだろうが」

「な、何回戦っても慣れないの!見てよ、あ、あのうじゃうじゃした足!生理的に無理なの!見ただけで鳥肌がたつの!」

「んな大袈裟な…」


そんな問答を行っている内に、シーワームは身体の上体を持ち上げながらロルフに噛み付こうと迫る。


「オラッ!」


怯む事なくロルフは大剣を薙ぎ払い、勢いのままシーワームの胴体に傷を入れ、同時に脚を数本もぎ飛ばした。


「ひいいいっ!?こ、このバカ!た、体液が飛ぶじゃない!何考えてんの!?」

「はぁ!?叩っ斬らなきゃ倒せないだろうが!」


そう言いながら動きの鈍ったシーワームを上から叩き潰すロルフ。緑色の体液が辺りに飛び散る。だが、シーワームは未だ生きているようで、辛うじて残った脚をピクピクと動かしている。これは…虫が嫌いでは無くてもちょっと…

そのシーワームの様子を見て流石に耐えきれなくなったのか、顔を真っ青にしたルシアがこちらへと走って後退してきた。


「の、ノエル!出番!」

「出番?」

「あんたの魔法で虫を消し飛ばして!あの身長だけやたらデカいバカと一緒に!」


ルシアが指差す先には、新たに現れたシーワームと交戦するロルフの姿がある。言いたい事は分かるけど、流石にロルフは消しちゃまずいでしょ…


「シーワームに魔法を使うのは構わないけど、魔石も一緒に消えると思うよ」

「魔石なんてこの際どうでもいいわよ!一片も残さないで良いから!ねえ、お願い!」


青ざめた顔で杖を握りしめ、ぴょんぴょんと跳ねるルシア。めちゃくちゃ必死だ…魔石が消し飛んでしまうのは仕方ないが、ルシアが良いと言うのだから気にする必要も無い。

丁度ロルフとミオはお互い離れた箇所で交戦しており、こちらから見て空いた正面には後数匹のシーワームがこちらの様子を伺っている。

その群れに魔法を放つため、片方の手の平を向けて『風刃』を念じる…だが、


「っ!?」


片腕に集まる空気と魔素に違和感を感じる…そして風刃は唱えた途端に即時に発動して放たれる筈なのだが、今はどうしてか腕の周りに空気の渦が出来るだけで発射されない。

何かおかしい…そう思った時、ようやく手の平から渦を伴った空気の塊が発射された。砂浜の形を変えながらあっという間にシーワーム達に接触し、そして空間を削りとったように存在を消失させた。


「…ノエル、やっぱりあんたにも戦って貰ってもいい?」

「うん、良いよ。虫が出てきたら俺に任せて」

「話が早くて助かるわ…」


ふぅ、とルシアは安堵のため息をつく。


「それにしても、やっぱりノエルの魔法って威力が物凄いわね…しかも無詠唱だし」


円形に削り取られた砂浜を見てルシアはそう言った。しかし、俺としては先程の魔法には多少の違和感を感じていた。『無詠唱』はこの前の大鰐と水中で戦った時に得たコモンスキルだが、口で唱えた時と念じて唱えた時では少し挙動が違っているような気がする。この違いは一体何処から来ているのだろう。


「魔石が残らないのは玉に瑕だけどね」

「言ったでしょ、あのでっかい虫は例外…むしろ見かけたらどんどん消して欲しいくらいだわ…」

「何だ、ノエルの魔法は解禁したのか?」


いつの間にかロルフが戻ってきていた。蟹や虫の体液が飛沫になってあちらこちらに付着している。同じような様子をしたミオも少し遅れてこちらへと歩いてくる。どうやら二人の戦闘も終わったようで、周りの魔物は粗方殲滅されていた。


「あんた達に虫は任せてらんないの!飛び散るのもお構い無しに潰しまくるし!」

「はぁ?何だそりゃ」

「…倒さなきゃ、襲われる」


何言ってるんだこいつ、と言わんばかりの二人の視線がルシアに注がれる。ルシアと違ってこの二人は特段気にせず戦えるようだ。


「第一、そんなに嫌ならお前が魔法で燃やせば良いじゃねえか」

「あたしの魔法で燃やしたとしても、焦げた虫が残るだけじゃん!それじゃダメな───待って…ミオ、あんたそれ…何を…持ってるの…?」


ルシアは険しい顔をして、ミオの手元を凝視している。震えるルシア指が指す先では確かにミオが片手で何か細長い物を持っており、その細長い何かは時折ピクピクと動いている。ミオはその何かをルシアに向けて差し出し、何でもないような無表情で言った。




「…虫の脚、食べられそう」


ルシアが失神した。

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