入水
色々と書き足していたら日が変わってしまいました。。
後半は説明多めです。
結局、俺は川に来ていた。
龍と戦うなんてトンデモイベントのお陰で、どうやら俺は身体の損傷によっては死ねないだろうという事が分かった。どうにも解せないけど…
とすると、やっぱり当初の予定通り川で溺れ死ぬのが良い。何故か俺の身体は水に沈みやすい…というか、水に入ると足が鉛のように重くなって浮かなくなる。
…この体質をジャックやアリスに散々からかわれたのを思いだした。あいつら本当に好き勝手言ってくれたからな…待ってろ、今この足でお前の所に行ってやるからな、ジャック。一度くらい殴ってやろうと思ってたんだ。ちょっとだけ殴ったらすぐに地獄に逃げてやる。
橋の下を見下ろすと、川は昨日と変わらずに緩やかな流れをしていた。キラキラと反射する水面を見ると、まるで昨晩の惨劇なんて無かったかのように思える。
俺は川に足を向けるように橋の手すりに腰掛ける。そう言えば、昨日は丁度ここで隣に座ったクロエが何か言おうとしていたな…結局何も聞けずに別れてしまったが。結構大事な話らしかったから、無理にでも聞いておくべきだった。今となってはもう知りようがない。
じりじりと橋の手すりから川に向かって重心を動かし、飛び込む準備をする。ジャック達はいつも、泳げない俺に向かって飛び降りろだのなんだのと言っていた。良いだろう、見せてやるよ。俺の飛び込みを。
俺は橋の外側に足をかけるとそのまま力を込め、勢いよく前に飛び出した。ドボン、という音と共に冷たい水の感触が全身を包む。耳には水が入り込み、水中独特のくぐもった水の流れる音が聞こえる。
俺は水面に浮かぼうとはせずに、ただ重力に従って身体を水底へと沈ませる。仰向けの姿勢でいると、やがて背中に硬い石の感触を感じた。水底には太陽の光が届いていた。川の水面が波打つのに合わせて、光の網がゆらゆらと揺れている。
良いな…中々綺麗だ。
最後に目に映る光景としては贅沢な方だろう。
俺は口の中に残っていた空気を吐き出した。反射的に呼吸をしようとする肺の動きに従って、水が体内へと流れ込む。あっという間に肺や胃の中が苦しくなった。
これで死ねる…そう思うと、再び幼馴染達との思い出が蘇り始めた。
…ああ、そう言えばここでもジャックとクロエはたまに喧嘩していたな。
水の中なのにお互い取っ組みあって水の中に沈んだと思ったら、次に上がってきた時には二人とも全裸だった。あれは流石にめちゃくちゃ笑ってしまった。何があったんだよ。
その後、クロエは顔を真っ赤にして岸に上がってくると、俺を殴り倒して服を奪い取っていったんだけど…今となったらいい思い出だ。いや、俺を殴らなくても良かっただろ。言ってくれれば普通に服渡したって。
…まだ意識は無くならないな。
まあいいか、思い出は他にも沢山ある。
そうだ。あれは何時だったか、いつもの様に橋に腰掛けて癒されていたらジャックに足を掴まれてそのまま引きずり落とされた。その時は下でクロエが抱き止めてくれたお陰で何とかなったが、溺れ死ぬ所だった。ジャックは作戦成功がどうの言っていたが、俺はそれどころじゃなかった。クロエなんて、顔を真っ赤にして俺をきつく抱きしめるほど怒ってたからな。反省しろ、ジャック。
まだ意識がある。というか全然苦しくならない。これが走馬灯って奴なのか?死ぬ寸前には色んな思い出が蘇ると言うし、こうしていればきっと死ぬだろう。それならそれでいい。もう少しだけ思い出に浸っていよう。
そうそう、あれはアビーが…───────
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気がついたら川の中は真っ暗だった。
おい、何時になったら死ぬんだ。もう思い出なんて出尽くしたぞ。最後の方なんてジャックに橋から引き摺り落とされるかアリスに折檻される記憶しか出てこなかった。録な思い出が無い。もうこれ以上出てこないから、本当に早く走馬灯が終わって欲しい。
太陽の光が差し込まなくなって久しく、川底は真っ暗で何も見えない。しかし、身体に感じる水の流れと体内の水の冷たさははっきりと感じられる。そして不思議な事に、俺は水中で呼吸が出来ていた。まるで空気のように水を吸い込み、そして吐く。
おかしい。
…あれ、もしかしてこれ、走馬灯じゃない?身体の損傷だけでなく溺死でも死ぬ事が出来ない?ってことは、ただ思い出に浸ってただけ?
困った。一体俺の身体に何が起きているのだろうか。水中に半日近く沈んでいてようやく、ぼんやりと感じていた疑問が俺の心の前面まで押し出された。
これは一回、見るべきだな。何をかと言うと、自分の状態だ。俺は自分の状態を確認する術を持っていることを失念していた。
…そういえば村を出てからというもの、一度も確認していなかったな。しようとすら思わなかった。
取り敢えず見てみよう。
俺はいつもの様に念じ、手元にぬいぐるみを呼び出した。転生してから手に入れた俺の固有スキル…名前なんだっけ。とにかく、念じると手元に呼べるぬいぐるみが俺のスキルだった。
この世界の人達は、固有スキルと呼ばれる能力を一人一つずつ持っていた。前世で言う超能力のようなものだ。皆、当たり前のように生まれつき持っていて生活の一部に取り入れている。
そして俺のスキルはただ手元に呼べるだけでは無い。本当なら特殊な機材が無ければ見られない筈のステータス、自分の能力を可視化した画面を目の前に映す事が出来る。他にも出来る事はあるが…今は使わない。
俺はもう一度念じ、ステータス画面を出した。すると、暗い川の底に青白く光る四角い画面が現れる。
そこに書かれていた内容は、以下の通りだった。
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ノエル・イーストウッド
Lv.21
生命:88/88
魔素:215/215
持久力:45
筋力:43
耐久力:62
魔力:311
固有スキル:【
【再生力EX】
【頑健EX】
【剛力EX】
【毒と薬EX】
【水神の祈りEX】
【風神の祈りEX】
【魔晄炉EX】
【飛翔EX】
【不死EX】
【++】
】
コモンスキル:『夜目』『増強』『瞬足』『風精霊の加護』『風魔法初級』『風魔法中級』『風魔法上級』
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縦に長い。そしてめっちゃ見づらい。
しかしその理由は書かれている内容にあった。
まず、ステータスとコモンスキルはもういい、言う事は無い。大体自分の覚えている通りだ。しかし、問題は固有スキルだ。俺の固有スキルはこんな名前では無かった。と言うか、こんなに無かった。
一、二、三…九、いや十か。
何で十もあるんだ。俺の固有スキルは一つだけだったはずだが…
しかし、固有スキルの一覧を眺めているとある事に気がつく。【再生力EX】【頑健EX】【剛力EX】…この三つのスキルは見た事がある。見た事があると言うか、知っている。俺の周りでこのスキルに似たものを持っている者がいたのだ。
クロエ、ジャック、父さん。
この三人はそれぞれ【再生力】【頑健】【剛力】の固有スキルを持っていた。【頑健】は全身の細胞の繋がりを頑丈にして体の耐久度を上げ、【剛力】は全身の筋肉の動きを強化するスキルだったはずだ。そして、【再生力】は体内の魔素を消費して身体の損傷を回復するスキルだった。
この三つに似たスキルが俺の固有スキルに追加されている事と、所持していた三人が昨晩死んだ事、この二つが同時期に起きたことは果たして偶然なんだろうか。
三人のスキルが俺へと移ったのでは無いか、という推測が頭を過ぎる。確証は無いけど…EXなんて語尾に付いている理由も全く分からない。
でも、もしそうなんだとしたら。
「クロエは…また俺を守ってくれたのか」
龍に襲われた時、何度身体が切り刻まれても瞬時に回復し、無事だったのはきっとクロエが残してくれたこの固有スキルのお陰だったのだろう。クロエは最後まで俺の事を心配してくれていた。
村の皆の身体を埋葬した時にどれだけ力を込め続けても疲れなかったのは、ジャックと父さんのスキルのお陰だったのだろう。俺はいつも二人の持つ強さに助けられていた。
クロエ達の事を思い出すとまた泣きそうになる。しかしここは川の底なので涙は流れない。
と、肝心な事を忘れていた。身体の物理的な耐久はともかく、何故水中でも呼吸をして居られるのだろうか。俺は固有スキルに何かあると思っていたのだが、逆に色々と有りすぎて分からない。
一番怪しいのは【水神の祈りEX】だろうか?誰が持ってたんだこんなの。固有スキルが俺に移ったのだとしたら、村の誰かが持っていたって事だけど…生憎、俺は父さんと幼馴染三人以外の人が持つスキルを知らなかった。
よく見ると他にもヤバそうなスキルがあるな…【魔晄炉】【飛翔】【不死】なら知っている。俺はこの世界に存在する固有スキルの知識だけならある程度は持っているが、知識に拠るとこの三つはとても珍しいスキルだ。
【魔晄炉】は身体から無尽蔵に魔素を生成するスキルだ。どこから魔素が出てくるのかは不明である。
【不死】は塵にならない限り無理矢理延命するスキルだ。例え即死の傷であっても、一部が残っていればそのまま生き続けられるらしい。てっきりクロエの固有スキルで生き延びたと思っていたが、このスキルの影響もありそうだ。
…しかし誰だこんな飛んでもないスキル持ってたの。不死なんて持っていたのに死んでしまったのか、一体昨晩、その人の身には何があったんだ。
【飛翔】に関しては、翼の魔素に補正が掛かって飛ぶ速度が速くなるらしいのだが、そもそも翼を持つ種族で無ければこの固有スキル自体持って生まれる事は無いという。
どういう事だろう。
村の誰かが翼を隠し持っていたんだろうか。
しかし皆を埋葬した時には背中だって触ったし、違和感だって特になかった。とすると本当に何故なんだ。【飛翔】なんて翼の無い俺が持っていても飛べないし使えないぞ…
因みに【++】は何も分からなかった。知らない、これ何?
…色々と考えていたら眠くなってきた。どうせ今は死ねないし、今日はもうこのまま寝ようかな。でも水が冷たいんだよな…我慢してたけど、死ねないならさっさと川から上がりたい。よし、上がろう。
俺は川の底で立ち上がると、岸に向かって歩き出した。川の底を地上のように歩く事が出来ているのは、固有スキルの効果ではなく俺の体質だった。
岸へと上がると、辺りは川の底と同じく真っ暗だった。空を見上げると月は雲に隠れていて見えない。しかし、コモンスキル『夜目』のお陰である程度の視界を確保出来ている。
水に濡れた身体を風が撫でる。体温が奪われるのを感じる…が、直ぐに皮膚の下で新たな熱が発生したのも同時に感じた。
さて、どうしようか…寝る前に今後の方針について少しだけ考えよう。
先程まで考えていた事をまとめると、俺は物理的に死ぬ事はほぼ不可能だろう。よく見てはいなかったが、【毒と薬EX】なんてスキルもあった。恐らく毒耐性も付いている。身体の損傷があっても【不死EX】で死ねず、【再生力EX】で完全回復してしまう。そしてこれは予想だが、【水神の祈りEX】のせいで溺れて死ぬ事は出来ない。とすると…どうやって死ねば良いんだろう。
本当にどうしよう。
後は宇宙空間に行って窒息死するぐらいしか思い浮かば無いが、それこそどうやって宇宙に行くんだよって話だ。
うーん、手詰まりだ。
…あっそうか。一つだけ方法がある。
【不死】は塵にならなければ発動する…と言うことは、塵になれば良いのだ。あっという間に全身が塵と化すような火力や衝撃、何でもいい。とにかく、一瞬で俺の体組織を塵に変えられる者。そんな存在がこの世界の何処かには居るはずだ。
スキルや魔物なんて存在があるくらいだ。俺がうっかり殺してしまった龍だって、探せば他に何匹でも居るはずだ。ドラゴンブレスなら俺の身体なんて一瞬で塵芥にしてくれるだろう。
よし、そうと決まれば龍を探そう。そしてその為に世界を回る必要がある。まずは西の街だ、そこで情報を集める所から始めよう。明日からの予定はそれで決まりだ。
いつか死ぬ為に、俺は旅に出る。
俺はそう結論付けると、取り敢えず今日の寝床を探しに森へと入っていった。どうせ魔物に襲われても死なないので何処でも良いんだけど、背中がなるべく痛くならない所で寝たいな…
ようやくノエルは死ぬ事が出来なくなりました。
最初に構想してからここまで長かったです。。
ところで前作の生きたい方なんですが、エピローグの投稿日のPV数が累計PV数の半分を越していました(本当に何かあったんでしょうか)。正直とてもビビっているんですが、多くの方が興味を持って読んでくれた事は非常に嬉しいです。ありがとうございます。