凶暴化
大分掛かりました。。やっぱり説明が多い話だと何度も手戻ってしまって難しいですね。
「あはっ!誰か騒いでると思ったら副支部長じゃないですか!」
強引にミオの隣に座らされた俺とテーブルを挟んで座っているモルガンさんに、唐突に明るい声が掛けられた。声の方を見ると、明るい金髪を横で軽くまとめた少女がいた。
「ティナか、ギルドの仕事はどうした?」
「今日はもうとっくのとうに上がってますよ!ほら、お酒ですよお酒…副支部長も飲みます〜?」
「俺はまだ仕事中だ、飲まん!」
「うぇ、まだ仕事してるの?大変だね〜」
「人手不足なんだから仕方ねえだろ…」
酒が回っているのかティナさんの顔は少し赤い。片手には木製のジョッキを持っている…大きいな、モルガンさんの顔と同じくらいだぞ。小柄な見た目に反して結構飲むのだろうか。
「っと、よく見たらそこにいるのはノエルくん!と隣で突っ伏しているのはミオちゃん…かな?」
「おう、そうだ。俺達は今大事な話をしてたんだが…」
「えっ!何何!私も混ぜてよ!」
そう言うとティナさんはモルガンさんの隣に腰をねじ込んで座った。ジョッキがテーブルにドンと置かれる。
「おい!大事な話だって言ってるだろうが!」
「良いじゃん!言いふらしたりしないから聞かせてよ、ねえ〜!」
「引っ付くな、邪魔くせえ!くそっ…うちのギルドはどうしてどいつもこいつもこう面倒臭い奴ばっかりなんだ…」
ティナさん、上機嫌だな…ここに居座る気満々だ。モルガンさんの腕にまとわりついて離れようとしない…酔っ払いだ。
「ねえねえお願い!お願い〜!」
「ああもう、分かったから離れろ!普通に座っとけ普通に!」
「はい!えへへ…」
ついにモルガンさんが根負けした。
「仕方ねえ奴だな…少年、すまんがこの状態で続けさせて欲しい」
「全然構わないですよ」
重要な話をしている意識は無かったので、一人や二人増えた所で特に何も変わらないだろう。
「助かる。で、三度話を戻すが…何処まで行ったか…そうだ、古代洞窟の話だ」
「はい…結局、他の証拠って何を出せば良いんですか?」
ミオは相変わらず眠ったままなので『青晶の証』は見せることが出来ない。『青晶の証』が駄目なら後は…そう言えばホワイトゴーレムを倒した部屋で白い光玉を拾ったな。あれはどうだろう。
「そうだな…少年、古代洞窟の最奥の手前…所謂、主の部屋にボスが居ただろ?そいつはどうした?」
「倒しましたけど、そ───」
「えっ!ノエルくん、あいつ倒したの!?」
ティナさんが驚きの声を上げ、テーブルに身を乗り出す。
「ミオも一緒でしたし、それでも辛うじてって感じでしたが…止めも刺してくれました」
「ミオちゃんか…確かにこのコ、試験の時から只者じゃないと思ってたんだよね。戦闘力もスキルも、そこらの銀級冒険者と比べても遜色無かったんだけど…まさかボスを倒せる実力まで持ってるなん───うぐっ!」
「おい、口を挟むな!話が進まんだろうが!」
モルガンさんが怒鳴り、ティナさんの服の首元を引っ張って席に引き戻した。
「ったく…それでそのボス、何か落とさなかったか?所謂ドロップアイテムなんて呼ばれているんだが…古代洞窟のボスならそうだな、例えばその魔物の核たる魔素が凝縮した光玉なんかはよく報告に上がる」
やはりあの白い光玉はホワイトゴーレムのドロップアイテムだったようだ。良かった、持って帰ってきておいて。俺はコートの下のポーチから光玉を取り出し、テーブルの上に置いた。
「これですか?」
「ああ、それだ…ん?」
光玉を見たモルガンさんの顔が訝しげなものに変わった。何だろう、もしかしてホワイトゴーレムのドロップでは無かったのだろうか。
「何だこりゃ…でも確かにこの輝きは…いや…んん?」
光玉を手に取り、様々な角度から中を覗き込む。ティナさんも少しボーッとした目で光玉を眺めていたが、不意に目を見開いた。
「…副支部長、これ…もしかして…」
「ん?もしかして、何だ?…っておい!」
モルガンさんの手から光玉を引ったくり、じっとそれを見つめる。
「…間違いないです…これ、『機王エデウス』の動力球ですよ!」
誰?
「おい、それは確かなのか?酔っ払って別のモンと勘違いしている可能性は…」
「失敬ですね!私も見るのは人生で二度目なんですけど、この光玉の奥にある特徴的なギザギザのリングは確かに『機王エデウス』のものです。私が知っている魔物素材の中でも飛び切り珍しい物ですし、酔っていても見間違えようがないですよ!うわぁ、久々に見たなぁ…すっごく綺麗」
ゴクリ、とティナさんは喉を鳴らした。
「そうか…ってことは、あの話は本当だったのか…こいつはまた面倒な事になってきたぞ」
モルガンさんはモルガンさんでまた一人で思考の世界に入ってしまった…『機王エデウス』って何?
「あの、すみません…その光玉ってホワイトゴーレムのドロップじゃないんですか?」
「ほわいとごーれむ…?いやいや、私の見立てでは『機王エデウス』っていう珍しい魔物のドロップだよ」
「でも、ミオがその魔物のことをホワイトゴーレムって呼んでいたんですよ」
「…ノエルくん、その魔物ってどんな姿してた?」
ホワイトゴーレムの姿…ええと…
「確か、所々に金の装飾が入った白い鎧に覆われた機械の巨人で、頭部には赤いモノアイと両手に大剣を持っていました」
「うん…やっぱりエデウスだ。ホワイトゴーレムなんて名前じゃないよ」
マジか…じゃあホワイトゴーレムって一体なんだったんだ。まさかミオが適当に名付けただけだったのか。おい、寝てるな。先程から何とか揺り起こそうとしているのだが、手を伸ばす度に紫電に阻まれている。
暫し観察した後、ティナさんから光玉を受け取ってポーチにしまい直す。
「んん?ちょっと待って…ノエルくんとミオちゃんが倒したボスは、あのエデウスだった…ってこと?」
顎に手を当ててそう呟くと、ティナさんは隣に視線を移す。
「…副支部長、これはもしかしてうちのギルド初の…ってちょっと、聞いてるんですか?」
「ああ、聞いている。少年と自由少女ならば、冒険者の階級を飛ばす可能性があるって話だろ…だがな、それよりも重要なのが今の古代洞窟の状況だ。少年の話で『炎雷の牙狼』から聞いた話に裏付けが取れた」
「『炎雷の牙狼』?」
また聞き慣れない言葉が出てきた。
「『炎雷の牙狼』は銀級の冒険者パーティの名前だ。そこでスヤスヤバチバチ寝てやがる自由少女と古代洞窟の攻略という名目で臨時にパーティを組んでいたんだが…どういう訳か数刻前に満身創痍でギルドに帰還してな、しかも自由少女の姿が見えないと来たもんだ」
ミオとパーティを組んでいたという事は…あの剣士さん達のパーティか。どうやら無事にギルドに辿り着けていたようだ。
「聞く限り、自由少女は少年と合流して今ここにいる訳だが…『炎雷の牙狼』のメンバーは全員、現在ギルドの治療室で回復中だ。だが古代洞窟は本来、銀級のパーティが苦戦するようなダンジョンでは無い。ましてや『炎雷の牙狼』は数度、古代洞窟の最奥まで辿り着いた実績がある」
「副支部長、それってどういう事?」
「…実際に入った少年と自由少女なら知っているだろうが、古代洞窟の魔物は今、凶暴化を起こしている…いや、凶暴化なんてもんじゃ無いな。例えるなら、古代洞窟というダンジョンの格が一つ上がったような状態だ」
凶暴化については依頼達成に向けてギルドを出発する直前に聞いた。
「『炎雷の牙狼』のリーダーに話を聞いたんだ。自由少女はどうしたか、魔物の凶暴化は真実なのか…するとどうだ、俺も俄には信じられなかったんだが、古代洞窟では飛んでもない事が起きていたようだ」
「…何があったの?」
「古代洞窟の主、ダイヤモンドゴーレムが複数体現れたそうだ。しかも最奥じゃない、道中でだ」
「うわぁ…」
ダイヤモンドゴーレムはミオが名付けた訳では無かったようだ。だがそんな事よりも、今のモルガンさんの言い方には少し違和感があった。
「あの、ダイヤモンドゴーレムが古代洞窟の主…つまりボスなんですか?」
「ああ、そうだ。少年の話を聞くに、主の部屋に居たのは『機王エデウス』のようだが…本来、主の部屋で待ち構えているボスはダイヤモンドゴーレムだ。そしてボスが主の部屋から出る事は有り得ない」
「んん?だったら何でダイヤモンドゴーレムが道中で出てきたの?」
「ティナ、それが重要なポイントだ。俺の予想では恐らくだが、古代洞窟に発生する魔物はそれぞれ一回りずつ進化している」
進化…凶暴化とは違うのだろうか。
「進化ですか?」
「魔物としての格が上がるって事だ。凶暴化を起こした魔物によく見られる現象なんだが…古代洞窟の魔物で言えば、ストーンゴーレムはシルバーゴーレムに、シルバーはゴールドに…と形態が変化する。そしてゴールドが進化した事でダイヤモンドゴーレムとなった。更にボスとして主の部屋に居たダイヤモンドゴーレムは『機王エデウス』と進化してしまった訳だな」
だから『炎雷の牙狼』はあんなにも追い詰められていたのか。幾ら行き慣れたダンジョンでも、普通はボスとして扱われている魔物がまさか複数体出現するとは思わないだろう。
「エデウスは少年と自由少女が倒したようだが…今の状況が続いてしまえば数日もすれば再度、ボスとして主の部屋に現れるだろう。ギルドとしてはそれ迄に一度、最奥を含めて古代洞窟の調査をする必要があるな。幾ら人気の無いダンジョンとは言え、このまま冒険者に解放したままだと何が起こるか予想出来ねえ…早めに原因を究明して今後の対策を打ちたい所だ」
事態は想像以上に深刻なようだ。白い髭を何度も弄っているせいか、モルガンさんの髭の先には癖がついていた。
「ふーん…大変になりそうだね。ギルドも」
それを横目に、ティナさんはジョッキを煽る。ゴクゴクと喉を鳴らしている…中身を飲み切る勢いだ。
「何他人事ぶってんだ、ティナ。お前にも潜って貰うからな、最奥まで」
「ぶふっ!?けほっ、けほっ!」
思いがけない話だったのか、ティナさんが噎せて口に含んでいた液体を吹き出した。うわぁ…正面に座る俺の顔に思いっきり掛かった。めちゃくちゃアルコール臭…
「聞いてないよ副支部長!?しかも何で私なんですか!」
「そりゃあ、今決めたからな。この場で俺の話を聞いただろ?この際、お前には最大限に手伝って貰う事にした」
モルガンさんは目を細め、ニヤリと口角を上げた。悪い顔をしているな…
「私、ソロの銀級冒険者ですよ!?ダイヤモンドどころかゴールドだって一匹倒すのが精一杯なのに…無理だよ!」
「それこそ臨時にパーティを組めば良いだろうが。幾ら文句を垂れようが、俺の中では既に決定事項だ、覆らんぞ」
キッパリと断言され、ティナさんは今にも泣き出しそうな顔をした。
「ひどすぎる、こんなの横暴だよ!パワハラだー!」
「うるせえな!元はと言えばお前が話に強引に割り込んで来たんだろ!俺だって職員にはもう少し話を整理してから伝えるつもりだったんだよ!」
「まさかこんな所で仕事の話してるなんて思わないもん!うえええん!」
ティナさんはテーブルに突っ伏して泣き出してしまった。それを見てモルガンさんは小さくため息をつく。
「はぁ…だがまあ、そもそも人手が足りてねえからな。まずはこのギルドを拠点にしてる冒険者達に情報共有して、調査に参加する冒険者を集める所からやって貰おうか」
「…うぅ…ぐすん…」
「…ああくそ、ガキじゃねえんだから泣くなって…仕事は明日からで良い」
「当たり前だよ…」
泣かなければ今からでも仕事をさせるつもりだったのか…中々ブラックだ。
「うぅ…折角、仕事明けのお酒でテンション上がってたのにー!」
テーブルに突っ伏したまま、殆ど空になったジョッキを両手で転がしている。そんな駄々を捏ねるティナさんを見て、モルガンさんは後頭部をガリガリと掻いた。
「仕方ねえ奴だな…ほら、特別に酒を奢ってやるから機嫌を直───」
「えっ、奢ってくれるんですか!?」
「うおっ!?」
奢り、という単語が出た途端ティナさんはバッと素早く身を起こし、数秒前まで泣いていたとは思えないような笑顔でモルガンさんの方を向いた。
「今、奢りって言いましたよね!聞きましたよ私!」
「お前………はぁ、分かった。カウンターで買ってくるが、何が良いんだ?」
「やった!じゃあ『蛇竜酒』!大ジョッキで!」
「こいつ、奢りだからって無駄に高いもんを…!ああくそ、その代わりキチンと仕事しろよ!」
モルガンさんはそう言って席を立ち、ティナさんの後ろを通り抜けた。
「折角だ、少年も何か奢ってやるぞ」
「え、良いんですか?」
「ああ、貴重な情報提供の礼だ。知っての通りうちのギルドは今、人手不足でな…古代洞窟の調査にも生半可な冒険者やギルド職員は出せねえし、二の足を踏んでいる状況だったんだよ。しかも蓋を開けてみれば凶暴化よりも厄介なんだからな…怪我人こそ出たが死者無しで得られる情報としては破格だ。日を改めて詳しい話はさせて貰うが、この場では俺の気持ちだけでも受け取って欲しい」
そこまで言われたらもう言葉に甘えるしか無いな…しかし俺は酒が飲める年齢だっただろうか、と考えたものの、そう言えばシレン村が滅んだあの忌々しい日は丁度、成人の儀の前日だった。という事は問題無いだろう。既に数日が経過している。
「ノエルくん、お酒の種類分かる?」
「うーん…全く分からないです」
「あはは、そうだよねぇ。ノエルくん、見た所まだ成人してから一年も経って無さそうだし」
その通りだ。
「じゃあじゃあ、私のオススメ教えてあげる!『地獄火焔酒』なんてどうかな?」
…何だか物騒な名前だ。そう思ってモルガンさんの顔を見ると、こちらの不安とは裏腹に感心したような顔で頷いていた。
「ほう、ティナにしてはセンスが良いじゃねえか。確かに少年にはピッタリの酒だな」
「当たり前ですよ!このギルドだと支部長の次くらいにお酒好きな自信あるんですからね!酒選びだったら私に任せちゃってください!」
どうやら名前勝ちしているようだ。モルガンさんが止めようとしないという事は、安心して良いのだろう…本当か?地獄の火焔って何?
「じゃあ、その『地獄火焔酒』をお願いします」
何か引っ掛かるが、二人の他意は無さそうな態度を信じて頼んでみた。
「私はさっきのでお願いしまーす!」
「あ、あとミオに水も頂きたいです」
「おう。待ってろ、すぐ持ってきてやる」
そう言うとモルガンさんは酒の売っているカウンターへと向かって歩いて行った。
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「少年、明日の朝もう一度ギルドに来てくれ。冒険者としての正式な登録手続きをしなきゃならんからな」
俺達が頼んだ酒を各々の前に置きながらそう言った。いや、その話の前に、目の前の酒…酒なのか?何だか様子がおかしいんたけど…
「加えて『機王エデウス』についてもだ。お前達二人がどうやって倒したかは知らねえが、その実績については色々と話さんといかん…お前達の将来に関わる」
今は実績とか将来とかどうでも良い。この目の前のジョッキに注がれた酒らしき液体が何なのか教えて欲しい。本当に何だこれ、真オレンジに光ってるんですけど…
「どうした?少年。さっきから黙り決め込んで」
「いや…このお酒、本当に飲めるんですか?」
「ああ、光ってんのは『火焔花』の粉末が混じっているからだ。身体に害は無いぞ」
あの森で取ってきた花か…あれって香辛料じゃ無かった?しかも混じってるってレベルでは無くないか…?
「あはっ!大丈夫だよ、すっごく辛いけど…壊血草の毒すら効かないんだから、ノエルくんなら飲めるって」
「酒は酔ってこそナンボ、だが毒が効かねえ奴は何故か決まって酔わねえ…そういう奴にはせめて辛さで温まって貰おう、そんな気持ちで作られた酒らしいぞ。少年にはピッタリじゃねえか?」
良い笑顔でモルガンさんはそう言ったが、毒が効かない事と痛みに強い事はイコールでは無い。寧ろ俺は痛みにめちゃくちゃ弱い。大丈夫かこれ、余りの辛さでまた気を失ったりしないだろうか。
「ほら、ジョッキ持って!乾杯するよ、乾杯!」
そう言われてジョッキを持ち、ティナさんの持つジョッキとかち合わせる。すると衝撃で互いの酒が弾け少しだけ水滴が飛び散り、その内の一滴がモルガンさんの頬に当たった。
「熱゛っ!?」
ダメだこれは…ジョッキの酒で熱いって何だよ。




