旅立ち
最初なので複数話投稿します。
悲しめなのは最初の方だけにしたい。。
皆を埋葬し、それから真っ先に考えたことは一つだった。
そうだ、死のう。
もう俺には何も無い。優しかった家族、幼い頃から一緒に育った大事な幼馴染、農作物が豊かで自然の綺麗な村、平和な暮らし。その全てを一晩で失った。
俺が愛していた何もかも、見ることすらもう決して叶わない。
前世でも全てを失い、運良く転生しても失う。生きていたって何も良いことなんか無いじゃないか、そう思わずには居られなかった。
出来ることなら皆と同じ場所で眠りたかったが、あの惨事は自分が呼び起こしたものかも知れないと思うと後ろめたくてその気にはなれなかった。
だってそうだ。前世も今世もたった15年そこらの間に、偶然に俺の周りだけが地獄と化すなんてことがあってたまるか。
俺の魂が呪われているんだ。
魂ごと消滅してしまうしかない。
俺の家族が、幼馴染が、村の皆が俺のせいで死んだなんて思うと、とても顔向け出来ない。きっと皆は天国にいるだろうから俺は地獄に行ってやる。
俺は燃え尽きて炭と化した西門からシレン村の外に出て、同じく灰となった森の中を歩き村の周りを一周する。
死ぬにあたって唯一気掛かりだったのは、気力を振り絞って逃がした妹とアリスの存在だった。無事に逃げてくれているだろうか。死んでいなければそれでいい。
そう思って村の周りを隈なく探したが、燃え尽きた木々が倒れているだけだった。
焼け焦げた死体が見つからなくて心底ホッとした。お前達はきっと東の街まで辿り着いていてくれよ。
俺は死ぬ。
思い残すことはない。
村から街道へと続く道に出て、歩き出す。最後にもう一度村の方を振り返ると、ロブ兄さんが居るような気がした。ジャックを先頭にアビー、アリスが走って西門をくぐる。続いて俺とクロエが歩いてロブ兄さんに挨拶をしている。
幻覚だ。あの平和だった頃の幻影を見た。
俺は再び歩き出す。
目指すのは街道までの道の途中にある川だ。
あそこで死ぬのが良い。皆と違って俺は川の底でゆっくりと眠ろう。川はきっと海へと続いているだろうから、溶けだした俺の細胞もそこへ辿り着くだろう。
そんなことを考えながら道を歩く。しばらくすると、まだ緑の残った木がちらほらと見えてくる。村を囲んでいた火はこの辺りまで延焼をして止まったようだ。全ての木々が焼けていなくて良かった。
平和だな…平和だったのにな。
…それは本当に前触れも無く、唐突な出来事だった。
しばらく道に沿って歩いていると、突然、目の前が暗くなった。そして間もなく、何かとてつも無く大きなものが落ちてきた。
「…何だ!?」
ドスンッ!と音を出し、土を吹き飛ばしてクレーターのような穴を地面に開けたそいつは、鋭く赤色に光る二つの目でこちらを見ていた。
「グルルルルルルル……!」
蛇のようでありながらその日の光が反射する輝きから強靭さが窺える黒い鱗、大木のように巨大な手足、先まで鋭い鱗の揃った尻尾、周辺の木々を覆う程広い翼。
そして何より、対となる角を生やし鋭利な歯を持つその頭。
「龍…!?」
どうしてこんな所に龍がいるんだ!?
この辺りはスライムだのボーンウルフだの弱い魔物しかいなかったはずだ。
こんな伝説級の魔物が生息しているはずが無かった。
龍が腕を振り上げる。まずい、と本能が判断した時には既に吹き飛ばされていた。
「ごほっ………!!」
街道を転がり、街道脇の木に激突して止まる。全身を衝撃が襲う。痛い。龍の爪が当たった胸元を見ると縦に引き裂かれており、大量の血が吹き出している。視界は段々とぼやけ、耳鳴りがし、胸の奥がズキズキと激しく痛む。
傷は肺どころか心臓まで達しているようだ。呼吸は苦しいが、段々と痛みを感じなくなってきた。
…ああ、俺はここで死ぬのか。
川には辿り着けなかったが、どうせ死ぬのだから良しとしようか。もうじき目も見えなくなり、耳も聞こえなくなる。それが最後だ。
何故、こんな所に龍が現れたのかは分からない。が、近くの西の街のギルドも凄腕の冒険者を抱えているという話だ、いずれ討伐されるだろう。こんな巨大な生物が飛んできたんだからな。見逃す筈が無いだろう。
いや、ギルドにはそこまで詳しくないけど、もし見逃すとしたらギルドなんて呼ばれてないだろうしな。
…もしかしたらこいつも俺が呼び出したのだろうか?だとしたら、やはり俺は生きていてはいけないかな。ただ歩いているだけで龍を引き寄せてしまうなんて、どうしようも無い。
胸に大きな傷を負ったはずだが、もう痛みは完全に無くなっていた。全身の力を抜いてボーッと前を眺めると、龍はこちらを睨んでいた。一歩一歩踏み出しながら歩いてくる。
ドシ、ドシ、と歩く音が聞こえる。…聞こえる?
龍と目が合う。…目が合う?
おかしい。
何故か視界がさっきよりもハッキリしている。龍の吐く息の音さえ聞き分けられる。胸元を見ると血こそ塗れていたものの、骨まで見えていた深い傷が無い。まるで何事も無かったかのように、すべすべとした肌があった。なんだこれ。
「がはっ………!」
再び龍の腕が俺の身体を吹っ飛ばす。
そして木に激突し、停止する。
身体を見ると両手が肘のあたりで千切れ飛び、腹は真横に裂けて内臓が見えていた。
…ああ、これは死ぬな。
この傷と痛みは本物だ。目は霞んできた。耳鳴りが酷い。腕を動かしても何も触ることが出来ない。今度こそ死ねる。先程の傷はきっと、死を切望する余りに幻覚を見てしまったんだろう。
俺は全身の力を抜き、ボーッと前を眺める。龍はこちらを睨む。
一歩一歩踏み出しながら歩いてくる。
ドシ、ドシ、と歩く音が聞こえる。
龍と目が合う。
…。
腕を上げると手の平が見えた。両手とも少しの欠損も無く、自由に開閉することが出来る。腹は、切り裂かれた服の下から本当であればこれから鍛える筈だった腹筋が覗いている。
また吹っ飛ばされる。
大量に出血する。
覚悟する。
傷が治る。
吹っ飛ばされる。
出血する。
傷が治る。
吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばされる。
傷が治る。
え?何これ…
吹っ飛ばされる。
傷が治る。
吹っ飛ばされる。
傷が治る。
ちょっと待って欲しい。
吹っ飛ばされる。
傷が治る。
横に飛んで回避する。
…吹っ飛ばされない。
「ちょ、ちょっと待ってッ!!」
必死で声を張り上げ、龍に向かって手の平を向ける。
俺は体勢を整えて立ち上がると、龍と向き合った。龍はこちらが今までとは違う動きをしたことで警戒しているのか、動きを止めていた。
気の所為か、困惑しているようにも見える。一番困惑しているのは俺なんだが…
龍が止まってくれているこの隙に一旦状況を整理したい。
まず、先程から明らかに致命的な傷を負っているにも関わらず、死ねていない。着ている服はボロボロで、血塗れだ。それなのに身体は至って健康で何処にも傷は無く、むしろ力が有り余るような感覚さえある。これは一体何故だろう。
だが、俺にとっての一番の問題は他にあった。
問題なのは…痛い。
心臓を貫かれたり腹を切り裂かれたりすると普通に死ぬほど痛い。だって致命的な傷を負っているから。そりゃあ痛い。
そして何度も傷を負う、治るの繰り返しを行なっているので、何度も死ぬ程の痛みを味わうことになっている。地獄か?
前世で瓦礫に全身を潰されてからというもの、俺は痛みに対しては人一倍敏感だった。軽くトラウマなんだ。
…まあ考えようによっては、これが俺に与えられた罰なのかもしれない。それなら、甘んじて受けるべきか。痛いのは嫌だが、俺だけ苦しい思いをせずに死ぬのは少し気に食わなかった所だ。
よし。何でも来い。
例え全身がバラバラに切り裂かれようとも、例え脳ごと頭蓋骨が破壊されようとも、全て真正面から受け止めよう。
そう覚悟した時、俺は龍が息を思い切り吸い込むのを見た。頭をすこし上に上げ、翼を広げている。身体を前に倒し、何かに備えているように見える。
あの動作は知っている。ブレスだ。龍は軒並み、ドラゴンブレスなんて呼ばれる行動をする。その挙動だ。
まずい。
ドラゴンブレスはブレスなんて威力ではない。放たれると極太のレーザーのような光線がドラゴンの口から飛び出し、着弾すると爆発して辺り一面を焼き尽くす。
俺と龍は道に沿って直線になるように対峙していた。そして俺の遥か遠く後ろにはシレン村がある。
もしドラゴンブレスが俺に向けて放たれたら、俺を貫通するのは目に見えている。そしてその後はドラゴンブレスの着弾によって、背後の村は皆の身体と共にめちゃくちゃになるだろう。
それはダメだ。
くそ、先程までのように、ただひたすらに俺の身体を引き裂くだけにしてくれていれば良かったのに。
龍の口が光輝いている。あの顎が開かれたならば、俺と共に村は消滅する。
流通の頭が下がる。
胴体と首が水平になればその時だ。
龍の口が開かれる。
その瞬間…
「『風刃』!!」
俺は、咄嗟に使える中で一番唱えるのが早い魔法を唱えた。それは世間では決して上級の魔法ではない。風の塊を発射して相手を吹き飛ばす程度の初級魔法。
そんな魔法を俺は龍の首が少し逸れてくれれば、たった数ミリでも横を向いてくれれば。
そう思って、唱えた。
結論から言うと、ドラゴンブレスは放たれなかった。
「………嘘、だろ」
俺は目の前の光景が信じられなかった。
龍が空から降ってきた事も到底信じられないような事態だが、それ以上の事が起きている。
龍、いや、龍だったものは大きな音を立てて崩れ落ちた。溢れた血が街道の横幅いっぱいに広がる。
首を無くした龍の手足は力なく投げ出され、翼は閉じられ、尻尾は…もう無い。
俺は思わず自分の手の平を見た。この手から放たれた衝撃波は、風刃なんて威力では無かった。
まるで爆発を一転に集中させたような空気砲、そう表現出来る程の威力だった。
龍は、首から胴体を貫通して尻尾まで、正面から円形に抉り取られたかのように肉体が消滅していた。