古代洞窟、最奥へ
そろそろ洞窟から出たいです。
ミオの隣に座ったままでしばらくいると、遠くから地響きが聞こえてきた。一定のリズムが刻まれるその音は段々と大きくなり、こちらへと近づいている。恐らくあの巨人の足音だろう。
「…ん、魔物」
ミオはそう呟くと立ち上がって数歩前に進むと、その場で最初に纏っていた球体を形作った紫電の障壁を纏った。そしてバチバチと紫電を迸らせる。さっきも同じような障壁を出していたし、恐らくこれがミオの戦闘態勢なんだろう。
俺も立ち上がり、地響きの震源へと身体を向ける。すると間もなく古代洞窟の最奥に続く道からあの青い巨人が現れた。全身に鎧を纏い、右手には大剣が握られている。
「ミオ、アレって魔物なの?」
ミオはコクンと頷いた。
「…ダイヤモンドゴーレム」
ダイヤモンドゴーレムっていう魔物なんだ…ゴーレム?ゴーレムなのか?
どう見ても上層で出てきたシルバーだとかゴールドのゴーレムとは種類が違うような気がする。余りに機械的すぎる…人工物じゃないのか?でも確かに剣士さん達も魔物と呼んでいたような…本当にそういう魔物なんだろうか。真偽がとても気になる…ダイヤモンド要素は何処だろう。
ミオ曰くダイヤモンドゴーレムはこちらの姿を捉えると、赤い目を瞬かせた…あの輝きはレーザービームだ。まずい、そう思った時には既に鋭く赤い光がミオに向けて発射されていた。
「ミオ!」
赤い光が紫電の障壁に着弾し、爆発する。辺りに金属の焼けるような臭いが漂う。
「…ん、平気」
ミオは何とも無さそうに立っていた。障壁にも穴一つ空いていない。うわ、強…あの障壁ってどれくらいの強度があるんだろうか。アレもミオの固有スキルだとしたら、ひょっとしてミオってとんでもなく強いんじゃないか…
ミオは直立不動のまま、障壁から迸る紫電を強める。バチバチと言う音が大きくなった。そして紫電がダイヤモンドゴーレムに向けて放たれる。空気中を幾筋もの紫電が何度も屈折しながら走り、そしてまだ三十メートル程の距離があると言うのに、紫電は正確にダイヤモンドゴーレムに直撃した。ダイヤモンドゴーレムの全身が紫電に包まれ、動きが止まる。そして眼から赤い光が無くなったかと思うと、ズゥンと音を立ててそのまま前へ倒れ伏した。
「強い…」
「…ん」
ミオは無表情のまま得意げに胸を張る。何処からかドヤァ…と言う音が聞こえそうだ。しかし、本当に強い。あの四人が苦戦していた相手を一撃とは、パーティを組む必要があったのだろうか?戦力だけなら一人でも充分この古代洞窟に入っていけそうな実力を持っているし、その他の要素が欲しかったのだろうか。
ふと、何処からかバチバチという音が聞こえた。ミオの障壁からでは無い、もっと遠くの方だ。音の発生源を見ると、それは先程倒れたダイヤモンドゴーレムだった。その巨体に纏っている紫電には次第に金色が混ざり始め、青い鎧の所々は赤熱している。音は更に大きくなり、やがて巨体が大きく膨れ上がった。
そして、爆発した。
ドガァァァァン!!!
「うわっ!!!」
ダイヤモンドゴーレムを構成していた部品が、爆風と熱波を伴ってこちらに勢い良く飛来する。咄嗟に前に腕を構えてガードすると、小さな破片が幾つも腕に突き刺さる。痛い。
ミオは大丈夫だろうか。腕の隙間からミオの方を見ると、障壁が飛来する破片を全て弾いていた。障壁の中の本人は何でも無さそうな顔をしている…あの障壁ずるいな。
「ごぼっ!?」
拳大の破片が俺の腹を貫通し、大きな穴が開いた。どうやら胃に穴を開けたようで血が一気に口まで上がり、思わず吐き出してしまう。
俺が魔法で倒した時には爆発なんてしなかった。恐らく機械にはミオの電撃が良くも悪くも効くのだろう…剣士さん率いるあのパーティ、ミオを置いていって正解だったかもしれない。ミオが電撃でダイヤモンドゴーレムを倒す度に毎度こんな爆発を起こしていたら、爆発でミオ以外全滅なんてのも有り得そうだ。
爆発が収まると、ダイヤモンドゴーレムはそこら中に落ちている残骸の一つとなっていた。
「…大丈夫?」
障壁を解いたミオが話しかけてくる。俺の腹部から流れる血を見て心配しているようだ。手をのばすが、触れるか触れまいか迷ってるようで所在無さ気だ。
「だ、大丈夫。かすり傷だよ」
「…でも…」
心配してくれているのは有難いが、こんなすぐに治る傷なんかより高圧電流を永遠に流され続ける方が余っ程辛いんだぞ。分かってるんだろうか。分かってなさそうだな。でもかすり傷は無理があったかもしれない。
ミオが尚も傷口を見つめるので、血を拭って肌を見せた。
「ほら、何ともない」
「…ほんとだ」
「こういう固有スキルなんだよ。だから大丈夫」
「…ん」
既に傷は塞がっている。かすり傷ひとつ無い肌を見てミオはようやく安心したようだった。そしてまたバチバチと障壁を纏い始めた。こっちが平気そうだと判断するや否や、また爆発させる気満々だ。
「ミオ、今までそうやって倒してたの?」
「…ん」
「そっか…次からは俺に任せてね」
平気だからと言って何度も爆発して風穴を開けられるのは流石に嫌だった。
「ミオは先に行くの?」
「…ん、奥の方」
「そうなんだ、じゃあ一緒に行こうか」
「…パーティだから、当たり前」
そう言う話はしてたけど…パーティってそこら辺で勝手に作って良いのだろうか。全然仕組みを知らない。そもそもまだ冒険者ですら無いし、冒険者になれるかどうかも危うい。
「因みに壊血草って何処にあるか知ってる?」
「…もっと奥?」
疑問形か…望み薄かもしれない。この古代洞窟に入ってどれくらいだろう。もう半日は経ってる気がする。ダンジョン自体はそこまで深く無さそうな点は幸いだが、それでも戻る時間を考えるともう微妙に間に合わないような…いや、兎に角今は壊血草があると信じて進むしかない。
俺とミオは最奥を目指して道を進んでいく。途中でダイヤモンドゴーレムが行く手を阻んだが、その時は何とか俺が殴り壊した。
「…痛くないの?」
「え?」
「…手」
ミオはダイヤモンドゴーレムの胸の核を粉砕したばかりの俺の右手を指さした。いや、痛いよ。ぐちゃぐちゃに複雑骨折した骨が指の皮膚を突き破って出てるし、血も沢山出てる。ダイヤモンドゴーレムと呼ばれるだけあってめちゃくちゃ硬かった。ゴールドゴーレムは殴っても平気だった事もあるが、ミオの前だからってつい調子に乗ってしまった。
「い、痛くないよ。ほら」
そう言って手首を振ると、骨は元の位置に戻り傷は塞がった。血には塗れたままだけど…
「…これも、スキル?」
「そうそう」
「…ん…」
ミオは不思議そうな顔をして、治ったばかりの手に篭手のまま触れる。あ、痛い。まだ中身は完全に治っていなかった。ミオは金属で出来た篭手を両手に嵌めてるものだから、ゴツゴツした感覚が骨に響く。
それにしてもいいな…その篭手。篭手があればこんな痛い思いはせずに思いっきりゴーレムを殴れるだろうな。地上に戻ったら買おうか。
結局、ダイヤモンドゴーレムは全てミオが倒すことになった。大丈夫と言ったのだが、俺がどの道怪我をするなら倒す速度が早い方が良いとの事で、ゴーレムが出現次第に問答無用で爆発させていった。
「…また治ってる…不死身」
「俺の身体を試さないでよ…痛いのは痛いんだから」
「…ん、ボクの後ろに居ていい」
障壁を盾にしていいって事だろうか。それは嬉しい提案なんだけど、女の子を盾にするのはどうなんだろう。もしジャックやアビーが居たなら確実に詰られるだろうな…
「…またいた」
「えっ」
あれこれ考えている内にまたダイヤモンドゴーレムが爆発した。ミオの障壁に隠れる時間も無く、全身に熱風と共に破片が刺さる。破片はすぐに抜けたが今度は血が流れ出る。ミオ、発見してから攻撃するまでが早すぎるよ…せめて爆発させる前に声を掛けて欲しいよ…
「…ノエル」
「うん」
「…痛くないの?」
痛いよ。
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「何だこれ…」
道に唐突に変化が訪れた。ここまでの道はずっと、岩をくり抜いたようにゴツゴツとした岩肌で出来た壁だった。しかし目の前には平らな金属の壁と床が岩肌に埋め込まれており、そこから先はまるで何かの建造物がそのまま埋まっているかのようだ。平坦な道はダイヤモンドゴーレムと同じ素材で出来ているのか、ゴーレムと同様に青く光が反射していた。
「…この奥」
ミオは躊躇無く先に進む。先程までの道と違い、この先は淡く光る鉱石どころか光源が一切無い。ミオの障壁から放たれている紫電の光が無ければ本当に真っ暗だ。取り敢えず置いていかれないように着いて行く。
「ミオ、もしかして来たことあるの?」
「…初めて」
それにしては動じ無さすぎだと思う。ミオだって冒険者になって間も無い筈なのだが…
「あ、別のダンジョンにも入った事があるとか?そこもこうなってるとか」
「…知らない」
これは天然か。幾ら障壁があると言っても少しは警戒心を持った方が良いと思う…と、そう思った途端、ミオの足元からカチッと軽い音がした。
「…あ」
「え?今のって何の音───」
ズゥン、と後ろから重い音が響くと同時に、洞窟部分から微かに漏れていた光が無くなった。振り返ると、俺達が歩いてきた道が閉ざされていた。嘘だろ…
「閉じ込められた…?」
「…」
再び壁が開く様子は無い。どうしようこれ、もう戻れないぞ。ここの他に道があれば良いのだけど…
「てことはもう奥に進むしか無いよな…」
「…ん、アレ」
ミオは上を指差す。
「アレ?」
ミオの指し示した先の天井の一部が、降り始めていた。あっという間に地面との距離を詰め、そしてまたズゥンと音を立てて落ちた。更に、落ちた天井の手前の一部が同じ様に降り始めた。
「これ、まずくない…?段々とこっちに近づいてきてるよ」
「…ぺちゃんこ」
天井が落ちた。そして次の天井が降り始める。ヤバい。
「ミオ、走ろう!潰される前に!」
「…ん」
恐らくあの天井は順に落ちてくる。天井が完全に落ち切る前にこの道を通り抜けて仕舞わねば、そのまま潰されてしまうだろう。俺は潰されてもスキルのせいで生き埋めで済むだろうが、ミオはそうはいかない。いや、俺も生き埋めは嫌だな…埋められたら脱出しようが無いし、最悪の場合は永遠にそのままだ。それは死ぬより辛いだろうし、そうなるなら責めて死にたい。むしろ死にたい。何で死ねないんだろう…
ダメだ、また死について考え込んでしまう所だった。今は兎に角走らなければ。いつの間にか、後ろから聞こえる天井が落ちる音のペースが上がっている。
「うわっ!?」
「…」
一瞬だけ振り返ると、天井はすぐそこまで来ていた。俺達の走る速度を少しだけ上回っているようだ。ミオは相変わらず無表情だ。こんな状況だと言うのに微塵も焦っている様子が無い。しかも俺より少し速いし。
と、前方の暗闇に四角い何かがある事に気が付いた。その四角は段々と近付いている。
「…ノエル、出口」
どうやらあの四角の先には光源があるようで、その光がこの暗闇の道に差し込んだために四角に見えていたようだ。あそこまで辿り着けば…!
「はぁ…はぁ…あと少し!」
もうすぐ後ろから天井の落ちる音が聞こえる。振り返る暇なんて無い。
ついに出口に辿り着く。ミオは先に駆け抜けた、俺も続いて───
「あっ」
何故か地面に何も無い所で躓いてコケてしまう。全身を強く打つが、身体は既に出口の外だ。良かった、間に合っ…
「…ノエル、足、出てない」
「え?」
ゴシャアッ!
「痛だああああああぁぁぁッッッ!!」
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もしかして俺、冒険者に向いてないのでは?
天井に潰されて千切れた足首が再生していく様子を見ながら、そう思った。この古代洞窟に入ってから既に何度死にかけたか分からない。まだシレン村にいた時、ジャックが冒険者にならないかと誘って来た時に断ったのは、今思えば本当に正解だったと思う。命が幾つあっても足りないぞ、これ…
「………」
ミオは興味深そうにジーッと足首を見ている。再生する足は結構グロテスクというか、骨や血管や皮膚が伸びていく様子は個人的にかなり気持ち悪いと思うのだが、見ていて面白いのだろうか…
「…すごい」
「そうかな…」
足首から先が完全に再生した。尚、当然ながら靴は再生しなかったので裸足だ。段々と衣服が無くなっていくな…既に上半身は穴だらけだし、次無くなるとしたら上着だろうか。
足首に違和感が無いのを確認して立ち上がる。さて、ここは何処だろう。見渡すとここは大きな部屋のような開けた場所で、今まで通ってきた洞窟や暗闇の道と違って天井も遥かに高い。壁は通ってきた道と同じく青い金属で出来ているようだ。天井付近には緑、青、赤に淡く光る鉱石が散りばめられており、この部屋において光源の役割を果たしている。
そして何より目を引くのは…
「…ん、魔物」
部屋の中央にそびえ立つ、見上げる程大きな機械の巨人だった。
魔物か?これ…




