休息
本格的な梅雨ですね。。ジメジメしていて中々大変です。
「あの、シャワー室をお貸しするので先に入ってきて貰えますか?」
「はい……………」
ギルドに入ると同時にそう受付嬢さんに促され、ギルド備え付けのシャワー室で血を洗い流すことになった。受付嬢さん、表面上は笑顔だったけど少し顔が引き攣っていた。申し訳ないです…
取り敢えず服を脱いで身体の血を先に洗い流す…シャワー室と言っても、ゴムのような材質で出来たホースから水が出るシャワーがあるだけの少し広めの個室でしかない。それでも充分有り難い…髪にこびりついた汚れを溶かし、腕に塗られた体液も落とす。
何とかさっぱりしたな…後は服とバッグをどうしよう。出来ればこの場で丸洗いしてしまいたいが、この後身動きが出来なくなるし…
「…あっ」
重要な事に気が付いた。
服、どうしよう。
汚れたままの服をもう一度着るわけにいかないし、代わりの服なんて…あのローナさんから貰ったベージュの布コートしか無い。え、また不審者スタイルに逆戻り?マジか…こんな事になるなら、白兎でもう一着買っておくべきだった…
────────────────────────
結局、全裸の上にコートを纏っただけの格好でギルドの受付まで戻った。おかえり全裸コート…一日振りだな…汚れた服はバッグに詰め、その代わりに採取した火焔花とビッグベアの爪を取り出して腕に抱えている。バッグの汚れはどうしようも無いのでこのままだ。因みにニワトリの入ったポーチも乾いた血でどす黒いままだ。
「ご迷惑をおかけしてすみません…バッグもなるべく早く洗うので…」
「いえいえ、たまに同じような格好で来る方もいらっしゃるので大丈夫ですよ!慣れてますから」
笑顔でそう言った受付嬢さんはとても頼もしく見える。たまに居るんだ…
「それにしても…ノエルさん、本当に夜の内に依頼に向かわれたんですね。そっちの方がビックリしましたよ!」
「俺、夜型なんです」
「そうなんですね…」
スキルの事を伝えるのが手間で適当な事を言ってしまった。
「あー…それで、依頼についてなんですが」
「あ、そうでしたね!少々お待ちください…はい、採取したものはこちらにお乗せください!」
受付嬢さんはそう言ってトレーのような四角い容器を取り出し、カウンターに置く。
「こっちが火焔花で、こっちがビッグベアの爪です」
俺は言われた通りに採取したものと討伐の証拠、それから依頼書二枚を提出する。受付嬢さんは依頼書とトレーの中身を見比べる。
「こちらですね…はい、受け取りました!後は裏で確認致しますので、明日以降にまたこちらでお尋ねください!」
その場で確認だけじゃ駄目なんだ…細かい確認だとかあるんだろうな。本当にビッグベアの爪かどうかも受付嬢さんの判断だけでは認められないのだろう。
俺は受付を離れ、テーブル席へと向かった。一つの席にはミオが座り、テーブルへと上半身を投げ出している。近づくと、耳をピクッとさせた後にこちらを向いた。
「…まだくさい」
「ごめんって」
バッグが汚れたままなんだ。大分マシになったとはいえ、まだ少し臭う。もう今日はこれで我慢して欲しいな…
「ミオ、どうして宿屋の前で寝てたの?」
「…ノエルが来なかったから」
どういう事だ。ギルド前で別れた時、俺を置いてさっさと宿屋に入っていったと思ったのだが…
「もしかして俺もあの宿屋に泊まると思ってたの?」
「…違うの?」
「いやいや、あそこ一泊50万リアって言われたよ。俺そんなお金持って無いし…」
「…待ってたのに」
宿屋に入った後、そのまま待ってたってこと?流石に言ってくれないと分からないだろそれは…そんなに悲しそうな目をされても…
そもそも初めて会ってまだ二日だし、ニュアンスで意思疎通するには交流が足りてなさ過ぎる。
「だからって外に出てまで待たなくても」
「…それは追い出されただけ」
追い出されてたのかよ。
「一体何したの…?」
「…ロビーで寝てた」
「そりゃあ邪魔でしょ…」
「…ん」
ミオは少し気まずそうに目を逸らした。この少女は何処でも自由なんだな…
「…あ」
「どうしたの?」
「…思い出した。案内する。ギルドの」
そう言えば昨日はよくも放りだしてくれたな…結局ギルドの一階の施設の情報しか手に入れられていない。このフードコート…もうフードコートでいいや、の端には階段もあるし、外から見た限りは四、五階建てくらいの高さはある。受付嬢さんに聞けば早いのだが、時間が経つにつれて訪れる数の多くなる冒険者達の対応で今は忙しそうだ。出来ればミオに色々教えて欲しいのだが…
「…でもやっぱり眠い………ふぁ…」
ミオは小さく欠伸をする。さっきまで熟睡してたでしょ…しかし俺も少し釣られてしまいそうになり、思い出した。そうだ、宿屋を探して眠らなければ。
「ミオ、折角来てくれたのに悪いんだけど、今日は何処かで休もうと思う」
「…ん、そう」
「だからまた今度、このギルドで会えた時にでも案内してくれれば嬉しいよ」
「…ん」
そう返事をした途端、ミオはテーブルに突っ伏してしまった。それ程眠かったのか…この様子ではどの道案内は無理だったな。
「…明日…午後…」
尻尾で弱々しく俺の手をつつきながらミオは呟く。明日の午後に来いという事だろうか。
「明日ここに来ればいいってこと?」
「…………ん」
その返事を最後に寝息を立て始めた…と同時に身体に紫電を纏い始める。そして段々とバチバチと音を立てて…うわ、ヤバい。やめろ!
電撃を食らう前にその場を離れ、フードコートを突っ切ってギルドを飛び出した。アレ、危険すぎるだろ…職員の誰かが気付いて何とかしてくれる事を祈る。
「宿屋、探すか…」
目の前のめちゃくちゃ豪華な宿屋は当然の如くスルーして、俺は街へと繰り出した。そこそこ安い所が良いな…
────────────────────────
街の東側、商店街のある区画の近くに程よい宿屋を見つけた。なんと一泊1万リアという低コストで泊まることが出来る。あのギルドお勧めの50万という数字のせいかめちゃくちゃ安く感じる…おまけにこちらの宿屋では予約制だが洗い場も貸してくれるらしい。丁度誰も予約していないとのことだったので、部屋に荷物を置くより先に服を洗う事にした。
「うわぁ、臭…」
汚れたまま詰め込んだので、バッグの中にまで臭いが移ってしまった。荷物という荷物は白硬貨くらいしか無いし、一度中身を取り出して丸洗いしてしまおう。ついでにニワトリの入ったポーチも…ニワトリはどうせ汚れてないので放っておく。
…ニワトリをポーチから取り出した途端、右手に引っ付いて離れなくなってしまった。めちゃくちゃ邪魔なんだけど…この呪いの人形め。
と思っていたら、ニワトリはなんと腕の上を転がり出し、コートの肩まで上がってくるとその場で停止した。肩に引っ付いているらしく落ちる様子は無い。このニワトリ、ついに目の前で動きやがったな…とは言え、右手は解放されたので良しとしよう。
取り敢えず全てを丸洗いし、何とか綺麗になった。宿屋の主人に言い渡された部屋に持ち帰ると、丁度備え付けのハンガーのがあったので全て吊るした。水気は洗い場で出来る限り取り除いて来たが、まだ少し湿っている。寝ている間に乾かそう。
部屋はシングルベッド一つに小さな丸テーブルと椅子が一つ窓際に設置されているだけのシンプルな空間だった。窓にかかったカーテンの隙間から陽の光が差し込んでいる。今は昼前ってところだろうか…カーテンがかかっているお陰で部屋は薄暗いが、丁度良いだろう。コートを脱ぎ、全裸でベッドに横になると、柔らかな布と心地よい弾力を背面に感じる。
ああ…久しぶりに横になった気がする。最後に横になったのは確か、服屋でピンクの巨漢に襲われた時───いや、アレをカウントするのはやめよう。その前とすると、ローナさんに全裸で捕らえられた時………これもカウントするのはやめようか。その前は…スライムに全身の服を溶かされた時…
ろくな事起きてないな…
村が滅んだ事を皮切りに、怒涛の不幸が押し寄せてきている気がする…ああ、やはり皆と一緒に死んでおきたかった。叶うならば永遠に村で平和に暮らしたかった。
いつの間にか意識は微睡み、ぼんやりとまたシレン村と幼馴染達のことを思い出していた。
一体いつ、俺は死ねるのだろうか。
そもそも死ぬことは出来るのだろうか。
死ぬ事が出来なければ、いずれまた新たな災厄を周りに振りまいてしまうのだろうか…
そんな事を考えている内に、またいつの間にか眠りに落ちていた。
────────────────────────
目を開けると、眼前には眠る前とは全く違う光景が広がっていた。空は青く、村は青々とした木々に囲まれ、内側の畑にはよく分からない植物が一面に広がっている。風がそよぐ度、緑の波が伝搬していく。遠くの方には俺が住んでいた家が見える。
ああ、これだ。絶対に見ると思っていた。だからなるべく眠りたくなかった。もう二度と戻れない、在りし日のシレン村。あの頃と言うもののただの一週間前だ。しかしもう戻れない…運が悪く、いや、俺が居たばかりに失ってしまった光景。
ここは夢の中だ。夢の中のシレン村だ。俺は滅多に夢なんて見る事は無く、そして夢を見た時は大抵、悪夢なんだ。
「………────」
背後から何かが聞こえる。
人の声のようだが、掠れた小声のようで上手く聴き取れない。俺は振り返る。
「…っ」
その姿を見てしまった。背後で声を上げたそれは人だった。長く美しい金色の髪に、白い素肌。そして何より目立つのは、胸元に大きく縦にぽっかりと空いた穴。
「………───て」
特徴的だった綺麗な碧眼は俯いていて確認出来ないが、見なくてもその姿、声で誰なのか分かる。
「………──して」
「…クロエ」
俺を庇い、余りにも惨い死に方をしてしまった幼馴染がそこにいた。クロエの背後には、燃え尽きた巨木が立っている。気が付くと空は黒く染まり、村を囲む木々は灰と化している。風は止み、冷たい空気が肌を撫でた。
クロエは一歩、前へと踏み出した。相変わらず俯き、顔は暗くよく見えない。また一歩踏み出す。思わず後退りしてしまいそうになるが、何故か身体は動かない。また一歩、また一歩と踏み出し、そしてとうとう俺の目の前にクロエが来た。
唐突にグン、と顔を上げて俺の目を真っ直ぐに見る。何処までも澄んでいたクロエの碧眼は、暗く深い闇に覆われていた。その顔は俺を責めるかのように、そして悲しそうにも見える。
「……!」
俺は兎に角何かを言おうとするが、上手く声を絞り出す事が出来ない。呼吸が苦しい、まるで喉を締め付けられているようだ。そんな俺を見て、クロエは口を開く。
「───どうして?」
その瞬間、俺の身体は後ろへと引き摺られる。いや、引きずり込まれると言った方が正しかった。目の前の光景は闇へと吸い込まれていく。吸い込まれながらもクロエはその暗い目で俺を見ていた。呼吸は相変わらず苦しい。そして俺はまた夢の外へと弾かれ、意識を落としていくのだった。




