真夜中
今話題のモンスターをハントしてましたが、難しくて帰ってきました。。
「飲み物、買えなかった…」
何だかんだで切り出すタイミングが無く、最終的には逃げるようにギルドを出てしまったので結局飲み物を飲み損ねてしまった。お陰で口の中は未だに壊血草の毒で苦いままだ。仕方ない、このまま依頼に向かおうか…
夜の街は人通りも少なく、街灯に照らされてはいるが行く道は少し薄暗い。その薄暗さが逆に不気味で、今にも街灯の裏から得体の知れない何かが手を伸ばしてくるのではないかと想像してしまう。
そんな暗い道を依頼書を広げながら歩いていた。夜の闇のせいで手元が見えにくいが、『夜目』のスキルを持っているので何とか文字の判別は出来る。俺は歩きながら、一つ一つ依頼を読み進めてみた。
一つ目は採取依頼だ。『火焔花』を10輪採取しろと書いてある。場所はエルトリア東部の森林地帯だそうだ。『火焔花』は見た事は無いが、知識としては一応知っている。何でも常に燃えているから火焔花…という訳では無く、燃えるように赤く光っているだけの花だ。口にすると辛いらしく、用途としては香辛料によく使われるようだ。
二つ目も採取依頼だ。最初の試験にも使われた壊血草を10本採取するだけで良いらしい。場所は『古代洞窟』…知らない場所だ。
三つ目は討伐依頼。ビッグベアという魔物を一体討伐する…場所は西部の森林地帯だ。ビッグベアはその名の通り熊が巨大化した魔物で、特殊な能力は無く単に力が強い。魔素が熊の成長に影響を及ぼしただけなので、一応は魔物と定義されてはいるがほぼ動物と言っても過言では無い。とは言うものの、一般人にとっては普通に危険な事に変わりはない…シレン村の近くの森にいなくて良かった。
さて、どの依頼から行こうかな…無難に火焔花からだろうか。古代洞窟なんて場所は知らないし、場所を聞くために一度ギルドに戻る必要がある。とはいえ既に出てきてしまった後なので気まずい…なので他の依頼を達成して改めて戻ることにした。ビッグベアも然り、西部の森林地帯についてはよく知らない。東部の森林地帯はこの街に来る途中で抜けてきたあの森辺りだろう。通り抜けた際に火焔花らしき植物も何度か見かけたし、一番確実だ。
という訳で早速街の東側に向かおう。
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街の外に出ると辺りは本当に真っ暗だった。門に付けられた魔道具らしき明かりが整備された街道と草原を照らしているだけで、道の先はスキルを使わなければ何も見えない暗闇だ。因みに門は閉じられていたが夜間当番の門番さんが居たので、非常用の連絡通路を通じて外に出してもらった。昼に色々教えて貰った門番さんはいなかったな…
二、三時間程歩くと森が見えてきた。幸運な事に火焔花が自生しているのだろう、森の外側には仄かに赤い光が見える。夜だと見つけやすいな…あれを10輪だけでいいんだ。予想より結構早く終わりそうだな。さっさと採ってしまおう。
…と森に入り、火焔花を採り始めたのだが本当に呆気なく採り終わってしまった。最後の一輪は森の少し奥まで探しに行く羽目になってしまったが、それでも森に来るために要した時間よりも短い時間で済んだ。早い。
実際に触ってみて気が付いたのだが、火焔花の花弁には蝶の鱗粉のように花粉が付いていてその花粉が光を放っていたようだ。そしてこの花粉が香辛料となるのだろう…花粉に触れた手のひらがめちゃくちゃヒリヒリする。これ絶対素手で触っちゃいけない花だったな…
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火焔花をバッグにそのまま詰めて街へ戻ると、空は未だ暗く街にも街灯以外に明かりは何も無い。昼間はあんなにも賑わっていた商店街も、店という店は全て閉まっていて人通りは全く無く、寂しい感じがする。当然、服屋『白兎』も閉まっている。あの巨漢のメリッサさんも寝る時は寝るんだな…
そしてこれも当然と言うべきか、冒険者ギルドの正面の扉は固く閉じられていた。それはそうか、今は大体真夜中の三時くらいだ。流石のギルドと言えど真夜中は閉まるのだろう…と思ったが、扉の横に掛けられている魔道具のランタンの下に、『緊急窓口は反対側にございます』と書かれた貼り紙がしてある。どうやら緊急の場合でも一応の対応だけは出来るようだ。でも火焔花10本は緊急じゃないしな、止めておこう。
ギルドはいつ開くのだろう。それまで待つというのは中々暇だ…周りの建物を見渡しても開店している店など無い。もうどうせ時間が潰れるなら、大まかな場所だけは分かっているビッグベアの討伐の下見でも行こうかな…とギルドから離れようとした時、道を挟んで真正面の建物、ギルドの受付嬢さんが俺に借金をさせてでも泊まらせようとしてきた宿屋の入口に何か転がっているのが見えた。
人かな…人っぽい何かが丸くなっている。道を横切って近づくと、見覚えのある銀色の髪と獣耳、尻尾が見えた。
「…ミオ?」
宿屋の入口の真正面で丸まっていたのは、昼間に散々連れ回された獣人の少女、ミオだった。安らかな顔で寝息をたてている。いや、何故こんな所で寝ているんだ…ここに泊まっているんじゃないのか?自由すぎて閉め出されたのか。
何があったのか分からないが兎にも角にも、真夜中にこんな所で寝るなんて心配だ。安眠している所で悪いが、一旦起こして話を聞こう。そう思ってミオに近づく。
「おーい、ミ────」
一歩踏み出した瞬間、ミオの身体から断続的な光、電気のような線が走った。そして…
バチッ!
「痛っだ!」
え、なに…?めちゃくちゃ痛い。ミオから電撃のような…いやもう電撃だ、紫の電撃が俺の手の平に繋がったと思ったら、その瞬間に飛んでもない激痛が襲ってきた。皮膚からは火傷した時のようなジンジンとした鈍い痛み、骨からは芯まで響くような断続的な痛みが続く。おまけに痺れるような感覚まで感じるし指先が動かしにくい…これ神経まで届いてそうだ。
「ちょっとミオ、これ───」
バチッ!
「ごほっ…」
思わずミオに呼びかけてしまい、更なる電撃を受けてしまった。今度は胸に当たった…肺の中から焦げたような空気がこみ上がってくる。中身が焼けたのか呼吸が苦しい…これ、もしかして危ないのでは?スキルが無かったら重症だぞ…
しかしこの電撃、もしかしてこれがミオの持つスキルなのだろうか。寝てる間に自動発動するなんて、スキルまで自由な少女だ。本人はスヤスヤと眠り、寝返りまでしている…ペットは飼い主に似るなんて言うし、多分それ───
バチッ!
「…っあ!くぅぅぅぅ…」
右足の爪先に当たった。一応は靴を履いているが、それでも足の指先がめちゃくちゃ痛い。思わず爪先を抑えて蹲ってしまった。一切動いていなかったのに、考えただけで攻撃してくるなんて…どっかの悪魔の幼馴染みたいだ。
ダメだ、離れよう。こんな自動迎撃システムを持っているならそのまま放っておいても大丈夫だろう。一体何故外で寝ているのかは分からないが、俺にはどうしようも無い。だって近づけないから。
俺は未だに紫電を迸らせているミオを見なかった事にしてその場を離れた。取り敢えず西の門へ向かおう。西の森林地帯の下見をして帰ってくればギルドも空いているだろうし、ミオも何とかなっているだろう…何とかなっていてくれ。
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日が登って空が明るくなり始めた頃、俺はギルドの前に立っていた…全身を真っ赤に染め、異臭を漂わせて。
なんかもう、最悪だ。何故こんな目に合ってるんだろう。しかしこれも自業自得というか、いつもの悪い癖が出たというか…つまりまた考え無しに軽率に行動してしまった結果だった。
西の森林地帯は予想に反してエルトリアからかなり近く、東の森へ辿り着くまでに必要な時間の半分程の時間で着くことが出来た。森は街道から離れてはいたが、背の高い木が多いのと低木が殆ど無かったために東の森より見通しは良かった。奥に進んだところで開けた場所に出たと思ったら、これも運良くそこでビッグベアが大の字になって寝ていた。思っていた以上に大きく、もし立っていたなら俺の身長の四倍くらいはあったんじゃないかと思う。
寝ている内がチャンスだと思い、俺は魔法を使ってビッグベアを討伐しようと考えたのだが、これが全ての間違いだった。使用した魔法は『風切刃』…唱えると風の刃が前方に打ち出される中級の風魔法のはずだが、これも固有スキル『風神の祈りEX』の影響を受けているのか確かめようと思った。止めとけば良かった。
…唱えた瞬間ビッグベアを風の球が覆い、その中で風の刃が吹き荒れた。そしてその中心に居たビッグベアは起きる間も無く、あっという間に全身を内蔵や骨ごと切り刻まれて塵と化した。あんな魔法では無かった筈なのにな…最悪なのはその後、吹き荒れる風によって体毛と血と骨と内蔵がミックスされた液体が辺りに飛び散りまくったことだ。風が収まった頃には、ビッグベアが居た所を中心に半径20m位に血の海が出来上がっていた。なんせあの巨体だ、その体長に比例して体積も多かった。
結果、ある程度距離を保っていた俺の全身にも生臭い獣の体液が降りかかり、黒く新品の服や靴は真っ赤に染まってしまった訳だった。めっちゃ臭…
心の中で自分自身に誓った。
もう二度と『風切刃』、使わない…
洗う場所も無かったのでそのままの格好で街へ戻ってきた時、事情を説明して西の門は何とか通して貰えた。しかし、流石にギルドに入るのはどうなんだろう。ここに着くまでに洗える場所を探したがそれっぽい場所は見つからない。せめて井戸や小川、用水路のどれか一つでもあれば良かったんだけど…もしかしたらギルドの中に無いかな。東側の街道には幾つかの小川があったので道中水浴びも出来たのだが、西側には一切無かった。依頼の順番、逆にしておけば良かったな…そんな事を考えながらただギルドの閉ざされた扉の前で佇んでいた。
「……………ノエル」
「え?」
いつの間にか隣に立っていたミオが話しかけてきた。何だ、さっきまでそこの宿屋の前で寝てたのに起きてきたのか。何故そこで寝ていたのかはさておき、よくこの格好で俺がノエルだって分かったな。
「……………くしゃい」
寝惚けた眼で鼻を摘みながら、ミオはそう言った。分かってる、俺も臭い。もういっその事、服を全部脱いで全裸になった方が良いとまで思う。
「はぁ…」
なんか本当に疲れてきた。採取した火焔花とビッグベアの一部をギルドに提出したら一度何処かの宿屋で休もう。軽率な行動を取ってしまうのも、ずっと眠気を感じているのがいけないのかもしれない。ぐっすりと眠ろう、そうしよう。
「ミオ、何であんな所で寝てたの?」
「……………くしゃい」
「………………」
どうやら全身のこの臭いを何とかしないと話してくれないらしい。そんなに臭いなら少し離れてくれればいいのに…
「はぁ…」
再び溜め息が出る。血は既に乾いてしまっているのだが、これ洗って落ちるのだろうか。もしどうにもならなければメリッサさんの所に行くか…その場しのぎで買ったとは言え、実はこの翼竜の服を結構気に入っていた。でももし全取替とかになったらまた金が掛かるだろうし、借金は更に返すのが難しくなる…どうしよう。
「……………ねえ」
「臭いんでしょ」
「……………うん」
うん、じゃないけど…
もう散々だった。
この後、日が完全に昇りギルドの扉が開くまでミオに詰られ続けていた。




