目覚め
今回から始めました。
よろしくお願いします。
もう嫌だ。
目を開けたくない。
気を失って次に目を開ける時は毎回悪い事が起きている。いつもそうなんだ。
たった二回目だが…分かる。
前回は前世。目を開けた時、右腕と両足を失っていた。その時はそれ以上失いたくなくて必死に前に進んだが、結局命も無くなった。他にも失ったものがあったかもしれないが、何が無くなったのかを確認する前に死んだ。
今回は何を失ったんだ?
腕か?足か?どっちも?
仰向けになっている身体に、重く冷たいものがのしかかっているのを感じる。
胸に感じる重さは苦しく不快なはずなのに、何故かとても抱きしめたくなる。
そうだ、俺が失ったものは…
腕は無くなっていなかったようで、両腕でそれを抱くことが出来た。
手の平にサラサラとした、とても肌触りの良い繊維の束が触れる。
…ああ、嘘だろ。今回も夢じゃなかった。
目を開けるしかない。
顔を見てやれるのはもう、俺しかいないだろう。
そっと目蓋を開ける。
「……クロエ」
腕の中では、大事な幼馴染が眠っていた。
美人なのに目付きが鋭く、いっつもジャックと喧嘩をしていた。スライムを投げつけあっているのを見た時は、バイオレンスな少女だと思った。だが、大人しくて気弱なアリスを庇ったり、気が強いと思ったら時折しおらしくなったりする少女だった。
皆、ずっと仲良しだった。時々喧嘩をしたり遠く離れた事もあったけど、それでも次に会った時には、お互い笑い合うことが出来た。
もう、そんな日々は来ない。
肩をゆっくりと持ち上げ、クロエの身体を起こす。
クロエは穏やかな顔をして眠っている。目元には涙の跡が残っているが、とても儚げな雰囲気を感じる。
だがそんなクロエには不相応に、背中からは大きな鉄の棒が生えていた。
斧が刺さっている。いや、これは刺さっていると言う表現は正しいのだろうか、クロエの華奢な身体を貫通して斧の先端部分が胸から突き出していた。
クロエは俺を庇って殺された。
振り上げられた斧を見て、俺はもうダメだと思った。愛するものを目の前で次々と奪われていく中、俺は諦めの境地にいた。それは絶望だけではなく、少しでも救うことが出来たと信じ、希望を持っていたからだ。
クロエ、アリス、アビーを逃がすことが出来たと思っていたからだ。
迫る刃から自分を守る素振りも見せない、そんな俺を庇うように前に出てきた少女がいた。
身体に深々と斧が刺さり痛くて苦しいだろうに、それでも涙を流しながら笑顔を浮かべた少女。
それが、俺が気を失う前に見た最後の記憶だった。
「…ごめんよ…クロエ…」
俺が守る筈だった。
自分の命と引き換えにしてでも守りたかった。
クロエの身体を抱き寄せる。胸から突き出た刃が俺の胸にも刺さるが、そのまま気にもとめず抱きしめた。
再び目を瞑る。
クロエを何時までも忘れないように、胸の痛みを忘れないように、手に触れる、顔を流れる、その冷たさを感じていた。
シレン村は酷い有様だった。
豊かだった農作物は踏み荒らされ、村を囲む森の木々は炭となり燃え尽きている。
思い出深い皆の家々は、ただの瓦礫の山と化していた。酷いものだ。
明日は俺達の成人の儀だった。村の皆はその準備に勤しんでおり、村長の家なんかは毎年豪華な飾り付けまでしていた。今は見る影も無いが。
俺は瓦礫を丁寧に退かしていき、一件一件、中に居るであろう人達を探した。
この村で見つけた人達は、皆村の中心に横並びに寝かせた。クロエもその中にいる。
「…父さん」
瓦礫の一片を退かすと、がっしりとした手が見えた。それからは更に慎重に瓦礫を持ち上げていく。ようやく出てきた父さんは、母さんを庇うようにして死んでいた。
もう、父さんは大きな手の平で撫でてくれることもないし、母さんは優しく笑いかけてくれることもない。
そんな思いが胸に詰まってまた涙が出そうになるが、もう出なかった。涙なんて、最初の何人かで既に枯れ果ててしまった。
西門の近くまで行くと、身体が半分になったジャックがいた。一番最初に異変に気づき、俺たちを村の奥へ逃がしてくれた。
昔から気が強く、いつもクロエに突っかかっていた。だが、アリスには弱かった。いつの頃からか冒険者になるという夢を持ち始め、明日の成人の儀が終われば、そのまま村を出て冒険者になるはずだった。
その夢ももう叶うことは無い。
「ありがとう、ジャック。そしてごめんな…」
ジャックと、西門の警備をしていたルドルフおじさんを背負い、村の中心へと運んでゆく。
もう四十人はこうして運んだが、全く疲れはない。どうしてか力が溢れている。
もう何人かを運び込み、ようやく村の皆を村の中心に並べることが出来た。
これから皆を一人一人埋めていく。あんなにも森が燃えているのを見たんだから火はもう良いだろうと思って、火葬はしない。
最後に運んだ人達から身体の隣に穴を掘り、顔を見て、そして横にずらし埋める。
村の人たちの顔を見る度、思い出が頭に浮かんでは消える。
「…くそっ!」
本当は埋めたくない。埋めたら何もかも全部、見えなくなってしまうからだ。最初から何も無かったかのように、ただ土と化していく。そこには思い出なんて残らない。
どうしてこんなことをしなきゃいけないんだ、全てが夢だったらいいのに。
枯れたと思っていた涙が再び流れる。
しかし、埋めなければいけない。森に住む魔物達は何でも食べるから、このまま放って置いたらいずれ食われてしまうだろう。
そっちの方が嫌だから、嫌でも埋めるしかない。
顔は最後に土が掛かるように、丁寧に一人ずつ埋めていく。
村長、アランさん、ロブ兄さん、ローラさん、ルドルフおじさん、ジャック…父さん、母さん…
そして、ついに後一人になってしまった。
「クロエ…」
クロエは穏やかに眠っている。
クロエの身体がこれ以上傷つかないように、斧は慎重に抜いた。刺さっていたものが無くなったクロエの身体はやけに軽く感じた。
少しずつ、土を被せる。
足、腕、胴体と順に土が覆っていく。
そして…
「さよなら、クロエ」
顔が見えなくなり、クロエはいなくなった。