エリートクラブ
僕は山口俊。
ごく普通の中学生である。
とりわけなんの取柄もない。
今年も人間総合力検定試験の時期が近付いてきた。
この人間総合力検定試験というのは、国連がよりすぐれた人材を発掘しようと、
ありとあらゆる能力を測る総合テストの事である。
国語、数学など一般教科はもちろん、数的推理や理論のテスト、
さらには音感のテストや、発想力、集中力、持続力、記憶力、それから運動や格闘などの身体能力測定も含め全て思い出せないくらい、
とにかくありとあらゆるテストを二週間かけて行うのだ。
行われるのは中学校3年生まで。理由は年齢が若いうちに発掘した方が何かと都合がいいからだろうか。
しかし、ほとんどの人間にとってこの試験はただ受けるだけのものだ。
何しろ選ばれるのは毎年世界中でたったの100人。
選ばれた者は特に優秀な人間として「エリートクラブ」というものに加入するそうだ。
そして世界中で本当に重要で大事な任務に就くらしい。詳しい事は機密らしいので僕のような一般人が知っているのはこの程度。
平凡な人間にとっては実際には試験を受けるだけで、その後の事は全く縁のない話。
もうかれこれ何十年も行われているけど僕の周りで実際に合格したなんて話は聞いた事がない。
今年も普通に試験を受験し、毎年の事だが取り分け出来たという感想もなく三カ月が過ぎようとしていた。
「ピンポーン」
玄関のチャイムがなった。母は買い物に出かけている。
「はーい」
仕方なく対応しようとドアを開けるとそこには黒いスーツを着た3人の外国人が立っていた。
「山口俊介さんですね?」
そうだと答えると真ん中の外国人が書類を取り出し僕の前に突き付けた。
テレビドラマの警察官がする逮捕状を取り出すシーンみたいだ。
「あなたは人間総合力検定試験において優秀な成績を修めたため、見事選抜の100人に選ばれることになりました。」
「えぇぇぇ!!」
一瞬頭が混乱して何をどう反応したらいいかわからなくなった。
外国人なのに日本語ぺらぺらなのかこの人、などとどうでもいいことを考えた。
その時ちょうど母も帰って来て詳しく話を聞いてみると、どうやら僕は試験に合格して選抜組とやらに選ばれてしまったらしい。
そしてこのまま国連により保障され将来世界の中心で活躍する選ばれた人材になれるそうだ。特別危険な任務に就くとかそういった事もないらしいし、
クラブの中でもさらに適正によってふりわけられ、それぞれが一番活躍出来るであろう部門に配属されるみたいだ。
もちろん報酬やそれ以外の福利厚生、保障も相当なものらしい。
それだけでなく、血縁やコネクションとは無関係の地位を自らの能力で掴んだということで世界中の人から尊敬の眼差しで見られるとても名誉なことなのだそうだ。
「特に試験も出来なかったのにどうして?」
「あの試験は正解すればそれでいいという試験ではないのです。今現在の能力もそうですが、将来伸びるであろう潜在能力も同時に試されているのです。」
しかし、勉強もスポーツも、顔やスタイルだって平凡な僕が全世界中の中学三年生以下の100番以内に選ばれるなんてとても信じられなかった。
父も交えてより詳しく話を聞いてみるとどうやら、まだまだぬか喜びは禁物だった。試験に受かっただけではエリートクラブに入る事は不可能らしい。
「あなたは審査を潜り抜けた素晴らしい人間ですが、本当に我らのクラブでやっていくという覚悟を証明してください。」
「覚悟ですか?どうやって証明すればいいんですか?何をすればいいんですか?」
「簡単な事です。まずは20歳までに司法試験に合格して下さい。あなたの能力なら普通に努力をすればわけないことです。」
「司法試験に合格!?」
母が大きな声を上げた。どうやら母にとっては国連の凄いメンバーに選ばれるより、司法試験に合格する難しさの方が実感として湧いてくるらしい。
とにかくそれを成し遂げられない事には今までの話はなかったことになるそうだ。そしてこの話を他者にもらして公になった場合も無効になるらしい。
「あなたは、絶対に成し遂げられる。我々国連がそれを証明します。あなたには能力がある。
出来ないわけがない。司法試験など軽く合格して是非、我々と一緒に本当に遣り甲斐のある、世の中の為の本当の仕事をしましょう。」
そう言い残して彼らは去っていった。
まず、父と母の僕に対する見方が変わった。
「お前がそんなにすぐれた子供だったなんてなぁ。父さん気付かなかったぞ。」
「お母さんは気付いていたわよ、俊介は他の子とはちょっと違う気品があるっていうか。生んだ時から薄々感じていたわよ。」
二人してえらい浮かれようだ。初めは疑っていた僕だったが、それからもちょくちょく家を訪れる国連の人からの言葉もあり、
疑いから確信、そして信念に変わるのにそう時間はかからなかった。
そうだったんだ。僕はやれば出来る人間だったんだ。選ばれた100人なんだ、エリートクラブの一員になるんだ。
今まで自分がそんなに優れた人間だったなんて知らなかった。
もっと早くこのことに気付いていれば。しかし、そんな後悔をしても始まらない。
過去には戻れない。進めるのは未来だけだ。
それからというもの、今まで難しく思えた学校の勉強が妙に簡単に感じられた。
こんな問題僕にとって出来て当たり前。というか出来なければおかしい。間違えた問題はやり直しすぐに出来るようにした。
成績はあっという間にトップクラスになった。
そして毎回のテストで学年一位が当たり前になった。
自信も出てきた。今まではおどおどしたところがあったが、僕は選ばれた人間、出来る人間なんだ。
心の底から湧いてくる確固たる信念が僕に自信を持たせた。
失敗することもあるが、自分は出来る、何故なら選ばれた人間だからと言い聞かせすぐに修正した。
そして全国模試の成績でも全国上位の常連となった。
オシャレも少し勉強したらとっても楽しく簡単なものだった。
それだけでなく、自信が出てきたためか、我ながら以前の自分より数段かっこよく見える。少々小太りだった体も今は引き締まっている。
スタイル維持の努力なんてなんてことはない。体も鍛えて体力も相当付いた。
何しろ日本の代表として行くのだ。恥ずかしくないような外見だって大事なことだ。
人前で話をしたり、今まで苦手だったことも積極的に挑戦した。恐怖心はあったが、僕に出来ないはずがないという自信と、
これくらい出来なければエリートクラブに入る資格はないというプライドでチャレンジすることが出来た。
たいていの事はやってみると乗り越えられるものだった。
ある日の帰り道、偶然学校のアイドル藤川さんと一緒になった。藤川さんとは二年になった時から同じクラスで勉強もスポーツも出来て、
その上性格も顔もスタイルもいいという非の打ちどころのない学校でも一番人気の女の子だ。
前だったら恥ずかしくて自信がなくて、まともに話なんて出来ない僕だったが今は違う。
なんといっても僕はエリートクラブの一員になれるほどの人間なのだ。
「最近の山口くんすごいね。この前のテストでも学年トップ。」
「うん、前は全然してなかったんだけど最近ちょっとは勉強してるからね。」
ちゃんと話せるか心配が一瞬頭を過ったが、やってみると藤川さんとも堂々と話す事が出来た。
そうなのだ、僕は将来世界中の優れた人たちと仕事をしていくんだ。これくらい出来て当たり前なんだ。
「へぇ、凄いなぁ。それだけじゃなくって私ずっと思ってたんだけど、山口くん変わったよね。
なんか自分に自信が出てきたっていうか男らしくなったっていうか。」
「藤川さんにそんなこと言ってもらえるなんて光栄だな。」
「今度良かったら一緒に勉強しない?あ、でも私と一緒じゃ山口くんの足手まといになちゃうかなぁ。」
「ううん、全然そんなことないよ。藤川さん、すごく勉強出来るじゃん。今度一緒に勉強しようよ。」
嬉しかった。藤川さんがっていうのももちろんあるけれど、
誰かが僕の頑張りを見ていたくれた、評価してくれたということがただ純粋に嬉しかったのだ。
そのことがきっかけで、しばらくして僕たちは付き合うことになった。しかし、これで成績を落としたんじゃ僕らしくない。
努力して成績もさらに伸ばした。将来の事も考え月に50冊は本を読むことにした。
それ以外にも生徒会長に立候補して見事当選したし、日本全国の中学生を集めた環境問題ジュニアディスカッションにも県代表として参加してきた。
地域のボランティアにも積極的に参加し、新しいボランティア団体もいくつか立ち上げた。
毎日が有意義だった。このままだったら司法試験も合格するに違いない。
だって僕には国連が保障する世界でもトップクラスの能力があるのだから。これくらいは出来て当たり前なのだ。
それから月日は流れ、僕は東京大学合格と同年に見事司法試験も合格した。
これで大学を卒業したらいよいよエリートクラブの正式メンバーになれる。
今の僕だったら本当に胸を張って世界中の素晴らしいメンバー達に引けを取らずに仕事が出来る。
そうに違いない。自分の中に強い確信あった。
そんな中、国連から信じられない知らせが僕のもとへ届いた。
簡単に話すとこうだった。
どうやらコンピュータのエラーで、有り得ないことなのだが僕は本当の合格者ではなかったらしい。
一応成績も調べてみたらどうやら真ん中よりもだいぶ下のグループに位置していたそうだ。
国連側としては異例のミスで僕の人生を惑わせてしまったこと。そのお詫びとして莫大な金額を保障として支払うと申し出てくれた。
その話を聞いてしばらくは何も考えられなかった。僕は選ばれた人間ではなかったのだ。
エリートクラブの一員ではなかった。
そう思ったら急に自信がなくなってきた。
平凡な僕が背伸びしてここまできて、これから何を糧に頑張って行けばいいのだろう。
一瞬にして目の前が真っ暗になった。
僕は数日間寝込んだ。大学にも行けなくなった。人前に出るのが怖くなった。
周りが自分より優秀に思えてならない。自分は周りに比べて能力がない、ダメな人間なんだ。そう思えてならなかった。
何日も連絡がないことを心配して由紀子が家を訪ねてくれた。由紀子とは中学の時から
付き合っている藤川さんのことだ。藤川さんこと藤川由紀子は本当に素敵な女性で生涯大切に思う事の出来る最高のパートナー。
今の僕の一番の理解者だった。
「最近どうしたの?ずっと心配しているんだよ。」
僕は由紀子になら打ち明けてもいいと思い、今まで隠していたエリートクラブの事も、
そのときの選別に誤りがあったことも洗いざらい全てを話した。
そして僕が本当はダメな人間で、今までおだてられて木に登らされていたことも…。
もしかしたら由紀子はこの事を知って僕に愛想を尽かすかもしれない。
しかし、彼女は僕の手を取って意外な事を言った。
「きっかけがどうであれ、今まで頑張って来たのは俊ちゃんだよ。国連の人たちが特別何かしてくれたわけじゃないでしょ?
全部俊ちゃんが努力して自分で成し遂げたことなんだよ。」
はっとした。確かに生まれつきの能力がどうであれ、例え平凡であれ、真ん中より下であれ、ここまで頑張れたのは自分だ。
乗せられて勘違いしていたとはいえ実際出来ないと思っていた様々な事はやれば出来た。それまでの自分、
今まで出来なかった平凡な自分は自分の事を本気で信じてなかった。出来ない理由ばっかり上げて本当の努力をしていなかった。それが原因だ。
最初から自分を信じて諦めず頑張ればこれだけの事が僕には出来たのだ。それは事実であり、誇りに思っていいことだった。
僕は今の言葉で不思議と自信を取り戻した。
僕の表情を見て察したのか由紀子も笑顔になった。
「ねぇ、ちょっと気になる事があるんだけど。」
「なに?どうしたの。」
「国連からの保障って一体いくら出るの?」
由紀子はいたずらっぽくおどけてそう言った。
「お前はそんなことばっかり気にしてぇ!もっとおれのこと心配しろよ~!」
二人で笑った。
なんか胸のもやもやがすぅ~っと晴れていく気がした。
「でもさ、俊ちゃんにとっては国連が間違えてくれてよかったんじゃない?」
「だって、お金ももらえただけじゃなくって、東大にも合格して司法試験にも受かって。
何より自分はやれば出来るってだって気付かせてくれた大きなきっかけになったわけだから。」
確かにそうだった。そして国連側に感謝しなければならない事がもう1つある。
「そうだね、でも最も彼らに感謝しなきゃいけないことが他にあるよ。」
「??」
「それは、彼らが僕に自信を与えてくれたおかげで今現在、
君っていう素晴らしい人とこうして一緒にいる事ができる。
昔のままの僕のままだったら絶対こうはならなかっただろうから…」
「・・・・・・・」
「どうしたの?」
「今、おれうまいこと言ったな~って思ったでしょ~~??」
由紀子はそう言いながら満更でもなさそうに赤くなって僕の事をくすぐって来た。
「ははははは、ばれたか、あはははは」
笑いが止まらなかった。
そうなのだ、人間やれば出来るのだ。自分を信じる気持ちをこれからも大切にしていこう。
それを忘れなければこれからも幸せに生きていく事が出来る。
今日はそんな事を確信した僕にとって忘れられない貴重な貴重な一日だった。
END




