プロローグ「暗闇と目覚め」
「◯◯!◯◯ったら!」
玄関から声がする。この声は△△だろう。
「何だよ、何か用か?」
「『何か用か?』じゃないわよ。今日買い物に付き合ってくれる約束でしょ」
「…そうだった…けか。わるい忘れてた」
そういえばそんなやりとりをチャットでした様な記憶がある。すっかり忘れていた。
「まったくー、しっかりしてよね。来年から大学生なんだからさ」
「そりゃ受かったらの話だろ?」
「はいはい、またそうやってマイナスに捉える。この話は終わり!」
△△は手をパンパンと叩きながら話を無理やり終わらせる。
「お前から振った話だろ…」
「はい、もうその話は聞きませーん」
「うざっ…」
俺は財布と携帯だけ持って、買い物に付き合う事にした。
「そういや、何でお前制服なんだ?」
「なんでって、部活だよ。今年で三年生は引退だよ?あー、名残惜しいなぁ」
「部活…ねぇ」
俺は眉間に皺を寄せた。
「顔…出してみたら?」
「いや、いい」
「…そっか」
△△は腑に落ちない表情を見せたが、無理に笑ってみせた。
「夏休み…予定あるの?」
「いや、特に」
「じゃ、海行かない?」
「…そんな暇あるか?俺達、一応受験生だろ。お前部活もあるみたいだし、厳しいんじゃね」
「大丈夫、大丈夫」
何が大丈夫なのかイマイチ俺には伝わらない。
「どこから来るんだが、その自信」
「じゃ、八月七日に行こう!はい、決まり!変更は受け付けませーん!」
何故その日なのか、拒否権はないのかは聞かないでおく事にした。行くことに変わりはないだろうから。
「覚えてたらな」
**の声がうるさい暑い**、俺は死んだ。
死んだ理由は覚えていない。俺が覚えてるのは死んだという事実と、とても暑かったあの温度だけ。そして、一つの違和感。何か…大切な何かを俺は忘れてしまった。
今日で俺が死んでからどれくらい時間が経ったのだろうか。
「………」
この場所では暑さも寒さも感じない。まさに無だ。動くことも、見ることも許されない。そんな状態。唯一出来るのは思考を働かせることだけだ。しかし、考えることなんて何もない。いっそのこと死にたいと何度も考えたが、今がまさにその状態なのだろう。
そんな俺に光が差した。あの暗闇が無くなった。
「………え?…あ」
声、声が聞こえた。何かを耳にしたのは久しぶりの感覚だ。
「これ……俺の声か……?」
その声の主が自分だったという事に気づく。目に映るのは自分の手足、そして長く続く白い道。
「生き返った…のか。これ…」
「進め…ってことか?」
俺はゆっくりと足を進めた。未知の領域に進むことに恐怖は感じなかった。そんなことより、またあの無に戻る方が嫌だった。
俺はしばらくその白い道を進む。すると、自分の数十メートルくらい上の王座に座り込む長髪の男がいた。
「初めまして、これから生まれ変わりの儀式を始めます」
「は…?」
生まれ変わりの儀式、俺はもちろんその言葉の意味など知る由もない。しかし、どういうものかはおおよそ予想がついた。
「今から説明します」
「貴方は八月六日に死亡しました。そして、今日から新たな人生を歩もうというわけです。ご理解頂けたでしょうか?」
長髪の男の言ってる事は普通なら真に受けないだろう。しかし、俺自身死んだという事は自覚している。そのため、すんなりと長髪の男の言葉は頭に入った。
「あんたの言ってることは分かったよ」
「ご理解頂けた様で何よりです。では、次の人生は何をご希望しますか?また人間がいいですかね、今のオススメはエルフ、ドワーフですかね!それともーー」
「な、なぁ。それって生まれ変わるしか選択肢はないのか?」
長髪の男がペラペラと言葉を並べたてる中、俺は口を開いた。
「……他に何か希望でも?」
長髪の男は首を傾げた。真剣な眼差しでこちらを見る。
「い、生き返るとか」
その言葉を聞いて、ジェントは驚いた表情を浮かべた。
「貴方様は生き返りたい…そうおっしゃりたいのですか?」
「あ、ああ。何かまずいのか?」
「いえ、貴方様は既に前世の記憶はないはず。なら何故、未練もないはずですよね?」
「ああ、何も覚えてない。でも、何つーか…大切なことを忘れてる気がするんだ」
それが、俺自身にも何かは分からない。しかし、大切な何かのはずだ。
「……困りましたね。貴方様の様なケースは初めてです。どうしたものか」
顎に手を当てながら考え込む長髪の男。
「今更だけど、あんたは何者なんだよ?」
「おっと、申し遅れました。私はジェント。天使です」
そう言ってジェントは俺に対してペコリと会釈した。
「天使…か。ま、今更驚いたりはしねーよ。んで、生き返るのは無理か?」
「いえ、無理ではありませんが…いいのですか?前世の貴方に後悔をする可能性も無いわけではありません。本当によろしいのですか?」
「………ああ。ずっとこの違和感について考えてた。だからモヤモヤすんだよ。ま、もし前世の俺がクソ過ぎたらまた死ねばいいさ」
また一年の間、暗闇の中で過ごすのはもちろん嫌だった。だけどこの違和感を残したまま生まれ変わるのはもっと嫌だ。
「そうですか。分かりました。では、貴方を案内しましょう」
「案内って…どこへ?」
その瞬間、目の前が真っ白になった。
「ようこそ、アンダーヘブンへ」
そして、目の前には先程とは別の光景が広がっていたのだ。