第9話
春らしい暖かな陽気の日曜日、私とアッキーはちょっと早めの時間に待ち合わせをして、夕食を済ませてから会場に行くことにした。ファミレスで食事を済ませてから外に出ると昼間の陽気がウソみたいに肌寒い。こんなこともあろうかと上着を持ってきたけど、アッキーはシャツ一枚。寒くないのかな?
「アッキー、寒くない?」
「会場に行けば熱気でアツくなるだろ? 関係ねーよ」
アッキーはケロッとした顔でそんなことを言ってのけた。確かに、それは言えてるかも。さすがだね、アッキー。
会場周辺に着くと、もう人が集まってきていた。やっぱり、私たちと同じ年代の人はあんまりいないなぁ。中高年ばっかりだから、私たち浮いてるかも。
「ほら、さっさと行くぞ」
アッキーはもうジャン=ジョエルのことしか頭にないみたいで、さっさと歩き去って行く。チケット持ってるの私だから、一人で先に行っても入れないよ?
「早くしろって」
私がのんびり歩いてるのが気に食わなかったのか、アッキーはちょっと苛立っちゃったみたい。指定席なんだから、そんなに急かさなくても大丈夫なのに。でも怒らせると嫌だから、気持ち早足で歩こう。
「あー、もう! 遅い!」
怒鳴られたかと思ったら手をひったくられた。アッキーは私を引っ張りながら、どんどん先に進んで行く。アッキーの手、熱い。まだ会場の中にも入ってないのに、もう興奮してるんだ。よっぽど好きなんだね、ジャン=ジョエル。
会場入りしてから三十分くらい待たされて、ジャン=ジョエルのライブは始まった。もう六十歳過ぎてるっていうのに最初からとばしていて、満場総立ち。私たちはステージの中央が目前にあるいい席にいたんだけど、ジャン=ジョエルの方があんまりそこにいなかった。隅から隅までお客さんを楽しませるみたいに広いステージを走り回ってる。パワフルだなぁ。
最後はバラードの名曲を熱唱して、ライブは終わった。アンコールはなくて、時間にしてみれば二時間くらい。最後のバラード、あんまりにも近くで聞きすぎて泣きそうになっちゃった。やっぱりすごいね、ジャン=ジョエル。今日のステージ、見れて良かったよ。
ライブ中はほとんど座ることのなかったSランクの席に座ると、ふと視線を感じた。顔を上げてみるとアッキーがじっと、こっち見てる。やばい、もしかして本当に泣いてたのかな? もしそうだったら恥ずかしいから一度顔を背けて目元を拭って、それからアッキーを振り返った。
「そろそろ行こうか?」
「……まだ、いいだろ」
アッキーはそう言って、自分も席に腰を下ろす。確かに、今外に出ようとしたらすごく混んでるもんね。もう少し、会場に残ってる熱気に浸っていよう。
「すごいよな、ジャン=ジョエル。あの歳であんなに走り回って。歌唱力も若い頃のまんまだったぜ」
黙ってたアッキーが急に話し出したから振り向いたんだけど、アッキーはこっち見てなかった。口元に優しい微笑みを浮かべてるけど、目は遠くを見てる。もう幕が下りたステージを、見てるのかな。
「ロック魂、見せ付けてくれるぜ。オレもジャン=ジョエルみたいにいつまでも歌っていたいな」
いつか、絶対に同じ場所に立つ。アッキーは静かに、そう言った。
「アッキーなら出来るよ」
「とーぜんだ。夢で終わらせる気はねえ」
あ、いつものアッキーに戻った。そうそう、アッキーは自信満々じゃなきゃ。頑張れ、アッキー。
「オレもいつか、お前を泣かせるくらいのバラードを作る。楽しみにしてろよ?」
う、やっぱり泣いてるの見られてたんだ。そんな意地悪く茶化さなくてもいいのに。人は感動したら泣くものなんだよ!
「さて、そろそろ行こうぜ。いつまでもここにいたら離れられなくなる」
軽快に笑って、アッキーは席を立った。確かに、いつまでもステージの前にいると終わったはずのライブから抜け出せなくなっちゃうね。余韻は残しておきたいけど、そろそろ現実に戻らなきゃ。
「お前、家どこなんだよ?」
「え、何で?」
「送ってくから。素直に教えろ」
いきなりそんなこと言われたから、ビックリしちゃった。ライブの余韻に浸ってるせいかな、アッキーが優しい。でもさすがに、それは悪いよね。
「いいよ、一人で帰れるから」
「断んなよ。素直に教えろって言っただろ」
「でも……」
「でも、じゃねえ。もうちょっとライブの話したいんだよ」
あ、なるほど。それなら納得。じゃあ、お言葉に甘えて送ってもらっちゃおうかな。
アッキーは本当に家まで送ってくれて、私たちは飽きることもなくライブやジャン=ジョエルの話をしながら帰路を辿った。やっぱりアッキー、古い音楽にも詳しいなぁ。