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for a girl  作者: sadaka
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第8話

「何これ?」

 進級を間近に控えた春休み、定期を買いに来たついでに寄ったハルちゃんのお店でチケットを二枚渡された。無言でテーブルの上に置かれたもんだから顔を上げて尋ねると、ハルちゃんは残念そうな表情をしてる。どうしたんだろう。

「行こうと思って買ったんだけど、どうしても外せない用事が重なっちゃったのよね。もったいないからマチにあげる。友達とでも行ってきなよ」

 ふーん、それは残念だったね。でも、もらった私としてはラッキー。まだちゃんと見てないけど、誰のライブだろう。

「えっ、ハルちゃん、これ……」

 往年のロックスター、ジャン=ジョエルの日本公演。しかもプラチナチケットだから一枚二万円。ひええ、二枚で四万円だよ。こんなのもらっちゃっていいのかな。

「マチの世代だと知らない人の方が多いかもしれないけど、マチは好きでしょ?」

「うん。でも、本当にいいの?」

「いいの。クリスマス潰しちゃったお詫び」

 そんな、ちゃんと給料ももらったのに。ハルちゃんてば太っ腹だなぁ。プラチナチケットもらったからってわけじゃないけど、大好きだよ。

 でも、誰と行こう。私はハルちゃんの影響で古い人もわりと知ってるけど、ジャン=ジョエル好きな人っているかな? この人、確かもう六十過ぎてるんだよね。よっぽど好きな人じゃないと誘えないよ。

 家に帰ってから、とりあえずアミにメールしてみた。アミってけっこう音楽にうるさいみたいだから、知ってるかなと思って。でも返ってきた答えは「誰それ?」だった。うーん、アミでも知らないかぁ。アミが知らないんだったらサチやレイナが知ってるはずもないし、他に誰かいたっけ?

 あ、そうだ。いるじゃない、ロックに詳しそうな人。前にアクアに行った時にケータイの番号教えてもらったし、さっそく電話してみよう。

『もしもし?』

 あ、出た。でも、声がなんか訝しそうなのは何故?

「もしもし? 和泉真知子だけど」

『誰?』

「……マチ。誰って、アッキーひどいなぁ」

『ああ、なんだ、お前か』

 この素っ気ない反応。番号聞くだけ聞いといて、きっと登録もしてなかったんだ。なんか誘いたくなくなってきたぞ。

『で、何?』

「……再来週の日曜ってヒマ?」

『無理。オレは多忙なんだよ』

「あ、そ……」

 考える間もなく無理って言われた。アッキーもダメなら、どうしよう。一人で行ってもいいんだけど、そうするとムダになるチケット代がもったいなさすぎるよね。アッキーならロックに詳しそうな知り合いがいそうだし、聞くだけ聞いてみようかな。

「ねえ、アッキーの知り合いにジャン=ジョエル好きな人っていない?」

『ジャン=ジョエル? お前、えらく古い名前持ち出すなぁ』

 あ、やっぱりアッキーは知ってるんだ。好きなのかって聞かれたから、好きって即答しといた。でもそれ、質問の答えになってないから。

『何だ? レコード聴きたいとか、そういうやつか?』

 そうそう、まだレコードの時代の人なんだよね。オレが貸してやろうかって言ってるから、アッキー持ってるんだ。さすがロッカーだね。でも、そういう話じゃないってば。

「再来週の日曜に日本公演があるでしょ? 確か、二十年ぶりくらいの」

『お前、詳しいな。まさか、行くのか?』

「チケット、もらったの。でもジャン=ジョエル知ってる人が周りにいなくて、アッキーの知り合いならいるかなーと思って」

『……行く』

「へ?」

『何で他のヤツにやらなきゃいけないんだよ。オレが行くに決まってんだろ』

「え、だって、さっき無理って……」

『細かいことは気にすんな。で、席はどのへんだ?』

「えっとね、S席の真ん中らへん」

『プラチナチケットじゃねーか!! よくそんなの手に入ったな!』

 アッキー、めちゃくちゃ喜んでる。もしかして、チケット取ろうとして取れなかったのかな。だったら初めから素直に行くって言えばいいのに。って、私の誘い方が悪かったのかな?

『お前と知り合いでマジ良かった。ぜってー遅刻すんじゃねーぞ』

 う、なんかビミョウなこと言われて電話切られた。アッキーが喜んでくれるのは嬉しいけど、それってチケットがなかったら私に価値がないって言われてるみたいだよ。まあ、たぶんアッキーに他意はないんだと思うけど。

 ま、いっか。どうせならジャン=ジョエルを好きな人と行った方が盛り上がるもんね。再来週の日曜、待ち遠しいなぁ。







 短い春休みが終わって、新学期が始まった。それと同時に進級して、私たちは高校二年生になった。クラス替えがあったんだけど、アミとは今年も同じクラス。アッキーやトモくんは隣のクラスみたい。教室も四階から三階になって、新しい日々の始まりだね。

 新学期が始まってからというもの、アッキーは毎日上機嫌だった。一日中、ずーっとニヤニヤしてる。その原因を知ってるのは、たぶん私だけ。私の顔を見るたび楽しみを思い出すのか、今までにないくらいアッキーに笑顔を向けられるのが変な感じ。笑っちゃいそうになるのを堪えるので必死だよ。

 電話した翌日、アッキーにしっかりとクギを刺された。ジャン=ジョエルのプラチナチケットを狙ってるヤツは多いから、ライブが終わるまでチケット持ってること誰にも言うなだって。アミでさえ知らなかったんだから、そんな心配しなくて大丈夫なのに。カワイイなぁ、アッキー。

「最近、すごく機嫌いいよね」

 嬉しさを全然隠せていないアッキーは、今日もアミに突っ込まれてる。そんなことねーよとか言ってそっぽ向いちゃったけど、嫌そうな表情を作ってみても楽しそうに見えるよ。他の皆もアミと同じことを思ってたみたいで、全員に「何か隠してるだろ」って言われてる。あはは、アッキーの負けだね。

「ねー、マチは何か知らない?」

 どんなに突っ込まれてもアッキーが口を割らなかったもんだから、帰り道でアミがそんなことを聞いてきた。うーん、私的には言ってもいいと思うんだけどアッキーに口止めされてるからなぁ。今は黙っておこう。ごめんね、アミ。

「彼女でもできちゃったのかな」

 アミがポツリと、寂しそうに呟いたもんだからビックリしちゃった。私が驚いたからか、アミは慌てて首を振る。

「あっ、違うって。そういうことじゃなくて」

「えっ、うん」

 とりあえず頷いてみたけど、そんなに慌てて否定しなくても。たぶんアミは、私が何を思ったのか分かっちゃったんだろう。でも、それってやっぱり……。

「そういえばさ、春の新作スイーツが出たじゃない? 今度の日曜にでも食べ歩きに行かない?」

 アミ、取り繕うように話題を逸らした。でもごめん、日曜は約束があるんだよね。このまま黙ってて、本当にいいのかな?

「そっかぁ。じゃあ、その次の日曜は?」

「うん、それなら大丈夫」

「じゃあ、決まり。約束だよ?」

 そんな他愛のない会話をしながら帰ったけど、やっぱりちょっと気がかりだな。ライブが終わったら、アミにはちゃんと話そう。

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