第28話
高校最後のクリスマスにアッキーと恋人同士になって、年が明けた。三学期はほとんど学校に行かないから、後はもう卒業を待つのみなんだよね。春になれば私は大学生、アッキーは前から宣言してた通り音楽活動に専念するみたい。自分の願い事って特になかったから、初詣ではアッキーの夢が叶いますようにって願ってきた。恥ずかしいから、本人には言ってないけど。
「なあ、何でライブに来なかったんだよ」
アッキーはさっきから同じ質問をくりかえしてる。答えたくないから黙ってるのに、うるさいなぁ、もう。
クリスマスにライブをやらなかった代わりに、クラッカージャックはジュライボックスで年越しライブをやった。去年のクリスマスライブがあんな形で終わったからファン離れが心配だったみたいだけど、クラッカージャックの復活を待ってたファンに温かく迎えられてライブは盛況だったみたい。私は行ってないから、実際にどんな感じだったのかは知らないんだけど。
アッキーの歌は好きなんだけど、ライブにはあんまり行きたくないんだよね。ファンの女の子にキャーキャー言われるアッキーを見ると複雑な気分になるし、ライブ中のアッキーは私だけのアッキーじゃない。前以上にそれが、何だか寂しくて。だけどアッキーの夢が叶えばいいって思ってるのも本当なんだよね。だから余計、複雑。
「何でそんな寂しそうな顔してるわけ?」
うっ。アッキー、絶対私がライブに行きたくない理由分かってるよ。だって顔がニヤけてるもん。それなのに、私の口からその理由を言わせたいの?
「アッキーのバカ」
むくれて顔を背けたら、香水の匂いに包まれた。背中にアッキーの体温を感じる。冬なのに頬に触れてるアッキーの手、熱い。
「そんなにオレのこと想ってくれてんの? マチはカワイイなぁ」
耳元で名前を囁かれるとクラクラする。こういう時のアッキーの声、普段喋ってる感じとも歌ってる時とも違うんだよね。それを知ってるのは、私だけ。アッキーの香りに包まれるのも、私だけ。そうじゃなかったら、怒る。
「もうガマンしなくてもいいんだよな?」
「ガマン? 何を?」
アッキーの腕が緩んだから振り返ったら、ガッカリした顔された。私、何か変なこと言ったかな? というか、変なこと言ってるのはアッキーの方か。
「言わなきゃ分からないかな、フツウ」
そんな風にぼやいてるけど、言いたいことがあるなら言えばいいのに。話、聞くよ?
「お前がカワイイからキスしたい」
話聞くよって言ったらアッキー、ホントに言ったよ。そ、そういうことね。うーん、でも、ここ家の近所なんだよね。まだ明るいし、キスは、ちょっとなぁ……。
「そんな顔、すんなって」
返事に困ってるとアッキーは私から離れて小さく頭を振った。ごめんね、アッキー。やっぱりここでは恥ずかしいよ。でも二人っきりで人目がなければ、いい。
「あ、そうだ、うち来る? 今はみんな出かけてるから誰もいないし」
「……お前、ぜってー分かってなさそうだからやめとく。つーか、誘うなっての」
前も言っただろって、アッキーは言う。そういえば、そんなこと言われたこともあったっけ。でもアッキー、イヤそうじゃないよ? 何を分かってないんだか分からないけど、来たいなら来ればいいのに。
「あ、じゃあ、アッキーの部屋に行きたい。またギター、聞かせてよ」
「やっぱり分かってないな。そっちの方がもっとヤバイだろうが!」
怒鳴られた。ムズカシイんだから、もう。右を見ても左を見ても誰もいなかったから、いいや、ここで触れちゃえ。
背伸びしてキスしたら、抱きしめられた。アッキーが優しく包みこんでくれるから、そのまま胸に寄りかかる。ガタイがいいって感じではないんだけど鍛えてるから、アッキーの体って意外とたくましいんだよね。誰かに見られたら恥ずかしいけど、いつまでもこうしてたいな。
「そのまま聞けよ」
「うん?」
「だから、顔上げんなっての」
反射的に顔を上げたら頭を引き寄せられた。額がアッキーの胸に当たって、これじゃ顔が見えないよ。頭の上からアッキーの声が降ってくる。
「お前の部屋に行きたくないって言ってるわけでも、オレの部屋に連れてくのがイヤだって言ってるわけでもねーからな。ただ、お前が分かってない状態でそういうことになるのも、どうかと思ってさ」
歯切れが悪い感じで、アッキーはごにょごにょ何か言ってる。今ならもういいんだろうけどとか言ってるけど、何がいいんだろう? 主語がないから分からないよ、アッキー。
「とにかく! オレはお前を大事にしたいんだ。だからあんま、カンタンに誘ったりするなよな?」
結局何が言いたかったのかはよく分からなかったけど、アッキーが大事にしたいって言ってくれてすごく嬉しかったから頷いておいた。大好きだよ、アッキー。私もアッキーのこと、ずっとずっと大事にするね。