第26話
文化祭が終わると私はまた勉強一色の日々に戻った。三年生になってから頑張り出したんだけど、そのわりには推薦入試で志望大学に合格しちゃって、十二月のアタマには進路が決まっちゃった。だからもう頑張る必要もなくなっちゃって、卒業後はフリーターになるって宣言してるアミと遊びまわった。
そんなこんなで、二学期はあっという間に終わっちゃった。二十五日には学校主催のクリスマスパーティーがあって、最後なので参加してみることにした。アミは馬場くんと予定があるので来てない。でもサチやレイナたちは来てて、久しぶりに皆と一緒に過ごした。
今年はクリスマスライブをやらないみたいで、アッキーも来てた。でも女の子達に囲まれてて、なかなか話しかけられない。話しかけるタイミングを探してるうちに、歌が始まっちゃったよ。文化祭のゲリラライブは怒られたけどアッキーの歌は人気があるから、今回は学校側からお願いしたみたいだった。
アッキーが歌ったのはクラッカージャックの曲じゃなくて、一般的なクリスマスソング。クラッカージャックのメンバーもいないからアカペラだったけど、アッキーは歌唱力があるから十分響いてる。厳かな雰囲気っていうのかな。聞き入っちゃうよね。
歌が終わって壇上から降りても、アッキーはやっぱり女の子に囲まれてて話しかけられなかった。人気がある証拠なんだろうけど、ちょっと複雑。学校の中なのに、遠い人みたいに感じるのは寂しいな。
ちやほやされてるアッキーを見てたら一人になりたくなっちゃって、こっそり体育館を抜け出した。外、寒い。見上げた空は灰色の雲で覆われていて、雪でも降り出しそう。本当は入っちゃいけないんだけど、校舎の中に入ろうかな。ちょっと気が早いけど、思い出に浸りたい気分。三学期が終わったら卒業、なんだよね。
本当は屋上に行こうかなって思ってたんだけど、校舎の中でも寒かったからそれはやめておいた。代わりに、一年生の時に使ってたクラスに侵入してみる。教室内の光景は変わらないんだけど、一年生の教室は四階にあるから窓からの眺めが違うよね。窓際の席、懐かしいなぁ。ここで初めて、アッキーのこと知ったんだよね。
そんなこと考えてたらアッキーからメールが来た。今どこにいるんだって聞かれたから返事を出したら、それっきりケータイは沈黙してる。返事がなかったから、私は私で一人の時間を楽しんでた。そしたら急にドアが開いたもんだから、ビックリして後ずさっちゃった。
「お前……何でこんなとこにいるんだよ」
教室に入ってきたのはアッキーで、ちょっと息を切らせながらそう言った。アッキーだってロンリータイムに入ることがあるくせに、私がそういう気分でもお構いなしなんだから。でもアッキーだったら、別にイヤじゃない。
「懐かしいなぁと思って。ここで初めて、アッキーと会ったんだよねぇ」
私がしみじみ言うと、アッキーは眉根を寄せながらキョロキョロした。自分のこと知らないヤツがいたんだってヘコんでたくせに、忘れたのかな。まあ昔のことだから、今更その話題を蒸し返さなくてもいいか。せっかくのクリスマスなんだしね。
「アッキー、メリークリスマス」
アッキーにこんなこと言うの、今日が最初で最後かもしれない。でもアッキーはきっと、毎年のようにファンの子たちに言うんだろうなぁ。今年は学校のパーティーに参加してるけど、クリスマスライブとか好きそうだもんね。
メリークリスマスって返すかわりに、アッキーは私の隣に並んだ。窓ガラスの向こうにある空を見てるアッキーはスーツ姿で、何だかいつもと違う。でも髪型はいつものまんまだから、やっぱりアッキーはアッキーだね。
「雪、降りそうだな」
「うん。降ればいいね」
そう言った後で、何かが引っかかった。あれ? いつかも、アッキーとこんな話をしたような気が……。
思い出そうとしてたら、不意にアッキーの歌声が聞こえてきた。ゲリラライブで歌ってた、激しい方じゃない方の曲だ。クリスマスソングってわけじゃないんだろうけど、いいなぁ。この曲を聞いてると、何だか愛されてる感じがする。ファンの女の子たちも、やっぱりそういう気分なのかな。
この曲の最後は「愛してる」っていうアッキーの科白で終わるんだけど、アッキーはそのフレーズを囁かなかった。代わりに、雪が降りそうな空を見つめながら話を始める。
「オレが歌えなくなった原因、お前だって知ってた?」
唐突に告白されたから、ビックリしちゃった。でも思い返してみれば確かに、私と目が合った途端にアッキーは歌うのをやめちゃったんだよね。それまでは気持ち良さそうに歌ってたのに、急に素に戻ったみたいな顔してた。普段の自分を知ってる人に見られるの、恥ずかしかったのかな。そうだとしたら、悪いことしちゃったよね。
「ごめんね」
「ぜってー分かってないだろうからあやまんな」
「……どういうこと?」
謝ったのに、拒まれちゃった。意味がわかんないよ、アッキー。
「お前が好きだって言ってんだよ」
「……えっ」
「ほら、分かってなかっただろ?」
そんな、勝ち誇ったように言われても。えーっと……もしかして今、告白された? でも、どう反応すればいいの?
「いいから、黙って聞いてろ」
「う、うん」
なんかアッキー、私の考えてることお見通しみたい。顔に出てたのかな? まあ、いいや。アッキーがそう言うなら黙って聞いてよう。