第24話
半年くらい歌えないって悩んでたにもかかわらず、アッキーの復活は劇的なまでに早かった。私に「泣かしてやる」って宣戦布告した日には曲作りを始めたらしくて、それ以来ライブをするために動き回ってるみたい。たまたま街で馬場くんに会った時、よく分からないけどすごく感謝されちゃったよ。私、何もしてないんだけどね。
前はたまにアッキーから遊びに誘われることがあったんだけど、夏休みごろになるとそれもぱったりなくなった。私は私で追い込みの時期だったから、一度も顔を合わせることなく高校生活最後の夏休みは明けちゃった。それから、さらに一月。十月くらいになると、うちの高校は文化祭の準備で慌しくなる。アミに呼び出されたのは、そんな秋の日のことだった。
一人で出かけた街では街路樹が葉を散らせ始めていて、これから日を追うごとに寒くなるのを予感させる。ショーウインドウにはコートを羽織ったマネキンが立ってるし、食べ物屋には秋の味覚が満載。待ち合わせ場所のファミレスにも秋の新作メニューがでかでかと掲げられていた。イモとクリのパフェだって。頼もうかなぁ。
店内に入るとすぐ、アミの姿が目に留まった。窓際の席で頬杖をついて、窓の外を眺めてる。浮かない顔してるけど……あたりまえか。アミはもう、私と友達でいられないって言ってたんだもん。
「……久しぶり」
テーブルに近寄るとアミが私に気付いて、軽く手を上げた。ホント、久しぶりだね。こうして面と向かって話すの、何ヶ月ぶりだろう。三年に進級するまでは、毎日のように顔を突き合わせていたのに。
とりあえず、アミの向かいにある空席に腰を落ち着けた。何か頼めばってアミが言うから、さっき店の入口で見たイモとクリのパフェを注文してみる。アミは無難にモンブランを注文した。こうしてると、毎週末のように食べ歩きをしてた一年の頃を思い出すなぁ。あの頃は楽しかったね。
ウエイトレスが去ってから、アミは私に視線を傾けてきた。アミが話を切り出してくれなきゃ、私から言うことは何もない。アミが何の話をしたくて私を呼び出したのか、分からないから。
「あたし、さ……」
言いにくそうに目を伏せながら、アミが話を切り出した。その後に続いた言葉は「彼氏ができた」だって。それって、やっぱり……。
「馬場くん、知ってるでしょ? クラッカージャックのギターの人」
って、ええ!? 何でそこで馬場くんの名前が出てくるの?
「アッキーじゃないの?」
思わず身を乗り出しながら尋ねたらアミに呆れた顔されちゃった。アミのそういう顔見るのも久しぶりだなぁ。でも、話が見えないよ。
「アッキーは……諦めた。ってゆーか、諦めるしかなかった」
なんか、ものすごく切なそうな顔してるけどアミに何があったんだろう。しばらく話してないけど、このあいだ校内で見かけたアッキーの方にも変わった様子はなかったような気がする。その時はフツウに、アミとかトモくんとかも一緒にいたし。
「先に言っとくけど、理由は言わないからね」
私が絶対理解してないと思ったのか、アミはしっかりとクギを刺してくる。まあ、理由を訊くのもどうかとは思うけど。それで、何で馬場くんなんだろう。
「馬場くんから告白されたの?」
尋ねると、アミは頷いた。良かった、逆じゃなくて。もし逆だったらアミに避けられてた私の立場はどうなるの?
でも、そっかぁ、馬場くんかぁ。確かに、アミと馬場くん仲良さそうにしてたもんね。だけどアミ、まだアッキーのこと好きなんじゃないのかなぁ。それで馬場くんと付き合って、本当にそれでいいの?
「あたしがまだアッキーのこと忘れられないって言ったら、馬場くんはそれでもいいって言ってくれた。だから、付き合うことにしたの。たぶんそのうち、アッキーのことなんて忘れるよ」
私の考えてることなんてお見通しなのか、アミは自分から付け加えてくれた。でもそれって、ノロケっていうんじゃないの? まあアミがそれでいいなら私が口を出すことじゃないけど、ちょっと複雑。
「だから、さ。もうマチを避ける理由もないんだよね。都合のいい話だけど、マチさえ良ければ……」
そこまで言いかけて、アミは口をつぐんじゃった。だけどその後に続く言葉は分かるよ。
「うん。友達に戻ろう? っていうか、戻ってくれる?」
私の方から切り出したらアミは驚いて目を丸くした。それから、いつもの呆れた表情になる。
「あたしが言うのも変だけど、マチってさっぱりしすぎじゃない?」
「そうかな?」
確かに避けられてはいたけど、アミを避けてたのは私も同じだからお互いさまだよ。それに避けられてはいたけどいびられたりとかはしてないし、アミがそうしなきゃならなかった理由も分かってる。だから、嫌いになる要素が何もなかっただけなんだけど。
そんな話をしてると、さっき注文したものが運ばれてきた。イモとクリのパフェ、見た目からして美味しそう。イモはクリームなんだね。丸ごと乗ってるクリも秋っぽくていい。
「食べよ? アミのモンブランも美味しそうだよ」
「……負けた。完敗だわ」
小さく首を振ったアミはふと、誰かに同情を寄せてるような目をした。かわいそうなアッキーとか言ってるところをみると、同情されてるのはアッキーみたい。アミが呟いてたことはよく分からなかったけど、口に運んだパフェは秋の味がして美味しかった。