第23話
馬場くんもお兄さんも私がアッキーの家に上がったことについては本人に言わなかったらしくて、あの後アッキーからその話を聞くことはなかった。私も忙しくて、そんなことすっかり忘れてたよ。思い出したのは、夏休みを目前に控えた晴れた日に屋上でアッキーに会ったから。
「オッス」
日陰になってる場所でコンクリートに座り込んでるアッキーは私と目が合うなり片手を上げた。一人でいるけど、ロンリータイムではないみたい。それなら、隣に座ろうかな。
「ねえ、アッキー」
「なんだよ」
「アッキーにとって恋愛ってどんなもの?」
お兄さんに聞いてみろって言われたから訊いてみたら、アッキーは黙っちゃった。不機嫌そうに眉根を寄せてるから、答えてくれないかもしれない。そう思ったんだけど、アッキーはしばらく間があった後にちゃんと答えてくれた。
「言葉に出来ない衝動」
えっと……真剣に答えてくれたのはいいんだけど、どういう意味だろう。突っ込んで尋ねたら、答えてくれるかなぁ?
「それって、どんな感じなの?」
「たまに、何もかもどうでも良くなってメチャクチャにしてやりたくなる。相手の気持ちとか無視して好きなようにしたいっていう、そういう感じだ」
好きなようにって……。よく分からなかったけど、アッキーがあまりにも真剣な目で見てくるから聞けなかった。いつものアッキーじゃない。それがクリスマスライブの後で見たアッキーと重なって、怖くなった。
「そ、それがアッキーにとっての恋愛なの?」
苦し紛れに質問したら、アッキーはふっと笑った。ラブソングみたいにうまくはいかねぇよとか言って苦笑いしてるけど、アッキーがそんなこと言うなんて意外だよ。ラブソングに息を吹き込むのはアッキーじゃない。そんな、否定的に言わないでほしい。
会話が途切れたから、アッキーは私から視線を外した。ぼんやり空を見上げてるアッキーの横顔には覇気がない。今のアッキー、ヌケガラみたいだよ。あの自信に満ち溢れてたアッキーはどこ行っちゃったの? やっぱりアッキーは歌ってないとダメだ。
そもそも、アッキーは何で歌えなくなっちゃったんだろう。お兄さんや馬場くんは好き勝手なこと言ってたけど、本当の原因が何なのか私には分からない。分からないから、励ましたくても励ませない。私が励ましたからってアッキーが立ち直れるわけでもないかもしれないけど、アッキーが今のままなのはイヤだよ。
「ねえ、アッキー。何で歌えなくなっちゃったの?」
あのクリスマスの日からずっと聞きたかったことを、初めて言葉にしてみた。アッキーは空を見上げたまま一言、「ウソくさくなったから」って言う。意外とあっさり答えてくれたけど、何がウソなんだろう。
「ウソって、何が?」
「オレが今までに書いてきた歌詞。特にラブソングなんてひでーもんだよ。上辺だけ意識しすぎてて、キレイごと並べてただけだった。恋愛なんて、そんなもんじゃねぇのにな」
だから歌えなくなったし歌詞も書けなくなってしまったのだと、アッキーは言う。作詞関係のことは私には分からないけど、それって今のアッキーの感情と、そのラブソングを作った時のアッキーの感情がかみ合わなくなっちゃったってことかな。でも、それって自然なことなんじゃない? 昔は嫌いだった食べ物を好きになることもあるみたいに、時間が経てば何でも変わるんだから。
「だったら、今のアッキーの気持ちを歌にすればいいんじゃないの?」
って、簡単に言っちゃった。よくよく考えてみればオリジナルの曲をつくるってすごく大変なことなんだろうね、たぶん。私はやったことがないから想像するしかないけど。
シロートに何が分かるんだって怒られるかもしれないと思ったけど、アッキーは驚いた顔で私を見てる。しばらく呆けてたけど、アッキーはやがて頷いた。
「お前の言う通りだ」
生気を取り戻したアッキーは興奮してるみたいな表情で私を振り返った。もう、考え事もしてないみたい。アッキーのすっきりした顔、久しぶりに見れて嬉しいよ。
「よっしゃ! そうと決まれば曲づくりだ! 今度こそ泣かしてやるからな、覚悟しとけ」
捨て台詞みたいに言い置いて、アッキーは勇ましく屋上から去って行った。あんなに悩んでる風だったのに、もう立ち直っちゃった。でもアッキーは、やっぱりああじゃないとね。