第22話
短い春休みが明けて、私たちは高校三年生になった。今年はよく一緒にいたメンバーの誰とも同じクラスにならなくて、正直に言うとちょっとホッとしてる。このまま自然と距離が開いていくのは寂しいけど、仕方ないよね。こればっかりはどうにもならないことだもん。
高三にもなると進路のこともあって、忙しくなった。私は大学に行くつもりだから勉強しなきゃいけないし、大学の資料を集めたりとかしなきゃいけない。だからあんまり遊んでる時間もなくなっちゃったんだけど、アッキーはそうでもないんだよね。歌えないって言っててもプロになる夢を諦めたわけではないみたいで、卒業後は音楽活動に専念するんだって。だったら尚のこと早く歌えるようにならなくちゃいけないんだろうけど、相変わらず歌えない日々が続いてるみたい。
夏になって模試を受けた帰り、たまたまアッキーの家の近くを通りかかった。メールとかではやりとりしてるけど、最近顔を合わせてないなぁ。アッキー、元気にしてるかな。せっかくだから訪ねてみようかなとも思ったんだけど、お兄さんに追い返された時のことを思い出したからやめることにした。
帰ろうと思って歩き出そうとしたら、すごいタイミングでアッキーの家の玄関が開いた。中から出てきたのは……あれ? あの人、馬場くんだ。クラッカージャックのギターの。
「あ」
馬場くんも私に目を留めて、驚いたように声を上げた。その後ろから、アッキーのお兄さんがひょっこりと顔を覗かせる。そういえば、アッキーと馬場くんって幼馴染みなんだっけ。
アッキーも一緒なのかと思ったけど、出てきたのは馬場くんとお兄さんだけだった。アッキーは留守らしいので帰ろうとしたら、何故かお兄さんに呼び止められてしまった。まるで自宅感覚で、馬場くんまでアッキーの家に上がっていけとか言う。何だろう、この展開。
アッキーのお兄さんと馬場くんに押し切られて、私は何故かアッキーのいないアクツ家にお邪魔することになった。通されたのは、アッキーの部屋。本人いないのに、いいのかなぁ。
「この前はって言ってもだいぶ前だけど、ごめんね」
本当に今更な感じでアッキーのお兄さんに謝られた。さすがに一年も前のことだから気にしてもいませんよ。それでもトラウマがあるのか、アッキーのお兄さんはちょっと怖い。
「横田って子がアキトの彼女だと思ってたからさ。君には悪いことしたなーって、気になってたんだよ」
気にしてたというわりに、アッキーのお兄さんの表情は明るい。というか、軽い。ま、まあ、別にいいんだけど。それにアミのこと彼女だと思ってたんなら、その他全員ファンに見えても仕方ないしね。
「アキトのやつ、まだ歌えないんだよ。だからクラッカージャックも活動休止状態でさ。何とかしてくれよ」
馬場くんが情けない声を出したけど、何とかしてくれって何? 私にどうしろっていうの?
「アッキー、何で歌えなくなっちゃったんですか?」
そもそも、私はその理由からして知らない。だけど二人は私が知ってるのが当然だと思ってたのか顔を見合わせてる。それから、二人そろってわざとらしいため息をついた。
「これじゃアキトのビョーキが治らないはずだよ」
「えっ、アッキーって病気だったの?」
馬場くんが妙なこと言い出すから、ハルちゃんのお店で聞いたアッキーの話が蘇ってギョッとした。もしかしてあれ、本当の話だったの? そうだとしたら、どうしたらいいのか分からないよ。
「もしかして、喉の病気とか?」
私は真剣な話をしてたのに、二人は何故か呆れたように息を吐いた。何なのよ、もう。
「体の病気じゃないよ。アキトの場合はそうだな、心の病? それも不治の」
不治の病って……お兄さん、茶化しすぎ。顔も笑ってるし、どう見てもそれは冗談だよね?
「今度、アキトにとって恋愛ってどんなものか聞いてみなよ。きっと面白い答えが返ってくるから」
笑いながらそんなこと言って、お兄さんはアッキーの部屋を出て行った。何が言いたいのか分からないよ。アッキーのお兄さんってつかみどころのない人だなぁ。
「……活動再開は当分先だな」
諦めたように首を振って、馬場くんも立ち上がる。帰るって言うから私も一緒にアッキーの家を出た。馬場くんは何度もため息をつきながら去って行ったけど、結局二人は何を言いたかったんだろう? 謎だよ。