第21話
バレンタインデーを間近に控えたある日、アミから突然話があるって呼び出された。同じクラスで毎日話してるのに、改まって何の話だろう。しかも教室じゃ話せない内容らしくて、屋上まで連れて行かれた。屋上と言えばアッキーだけど、さすがに今日はいない。
冬の屋上は、寒い。しかも最近雪が降ったばかりだから、日陰では融けきらない雪が残ってる。見るからに寒々しい光景だなぁ。吐き出す息も白いよ。
「それで、どうしたの?」
声をかけると、少し先を歩いていたアミは立ち止まって振り向いた。その顔は、真剣そのもの。こんなに真剣な顔見るの、初めてだよ。一体どうしちゃったんだろう。
「あたし、アッキーが好きなの」
えっ? 唐突にそれだけ言われても、どう反応していいのか分からないよ。それに、アミがアッキーのこと大好きなの、私知ってるし。
「急にどうしちゃったの?」
「……分かってなさそうだから一応言っておくけど、友達として好きだって言ってるんじゃないから」
私の反応がイマイチだったのか、アミはわざわざそう付け加えた。えーっと、それはつまり、アッキーと付き合いたい「好き」ってことかな?
そうやって聞かされても、あんまり驚きはなかった気がする。うん、私、アミがアッキーのこと好きだって知ってたよ。それが恋愛の「好き」だっていうのも、何となく分かってた。でもそれを、何で私に言うんだろう? それはアッキーに言うべき科白じゃないの?
「クリスマスの日のこと、覚えてる?」
私から視線を外しながら、アミは話題を変えた。寒々しい風景でもなく、もっと遠くを見てる目。アミ、どんな想いであの日のことを切り出したんだろう。
「……うん、覚えてるよ」
「あの日、荒れてるアッキーを宥めてて思ったんだ。この人の傍にいたい、って。それで、アッキーのこと好きだったんだって気がついた」
……そっか。あの日、アミも大変だったんだ。ライブの後に何があったのか私は知らないけど、そういう経緯で自分の気持ちに気がついたっていうのは納得だよ。
「バレンタインにチョコ渡すつもり。だから、マチとは前みたいになれないと思う」
「……うん」
「心が狭くて、ごめん。でも、負けないから」
言い切って、アミは一人で屋上を後にした。取り残された私に吹き付ける冬の風は、当然のことながら冷たい。でも、そういう理由なら仕方ないよね。その感情はきっと、誰にも止められないものだから。
……寒いなぁ。ハルちゃんのお店に寄って、あったかいココアでも飲んでから帰ろう。こんな日はブルースでもかけてもらって、一人で耳を傾けたい。
もう言う機会を逸したっぽいけど、本当のことを話してくれてありがとう。自分では心が狭いなんて言ってたけど、嬉しかったよ、アミ。
バレンタインにはチョコを作ろうかなって思ってたんだけど、アミの話を聞いたらその気もなくなっちゃった。だからバレンタインは私にとって無関係な日になった。アミが本命チョコを渡したのかどうかも、アッキーが受け取ったのかどうかも、知らない。
短い三学期はあっという間に過ぎ去って、アミと疎遠になったまま春休みに入った。もともとアッキーたちと一緒にいたのはアミがいたからであって、アミとぎくしゃくしてからは皆と過ごす時間も自然に減った。だけどアッキーとも顔を合わせてないかって言えば、そうでもない。だからチョコをあげなかったことに文句言われたりもしたけど、そんな気分じゃなかったんだって。
「お前さ、最近オレのこと避けてないか?」
アッキーが唐突にそんなこと言い出したもんだから、カップを落としそうになっちゃったよ。あーあ、ハルちゃんが淹れてくれた紅茶がこぼれちゃった。アッキーのバカ。
「……避けてないよ」
「そうだよな。オレじゃなくて、横田のこと避けてる感じだよな」
テーブルの上を拭いてた手が、止まっちゃった。アッキー、変なところで鋭いなぁ。
私に宣言した翌日から、アミは今まで以上に積極的になった。もともとアッキーと一緒にいることは多かったけど、最近はどこで見かけても一緒にいるんだよね。アミと一緒にいたらアッキーにも話しかけづらい。だから避けてるって言われれば、避けてるんだろうなぁ。
アッキーに「何で?」って聞かれたけど、そんなの答えられるわけないでしょ。アッキーがそうやって探ってくるなら、私もアッキーの痛いところを探ってやる。
「ライブ、やらないの?」
最近のアッキーはヒマそうにしてることが多い。ライブがあれば精力的に動いてるはずだから、それで予定がないって分かっちゃうんだよね。たぶん、あのクリスマスの時から歌ってないんじゃないかな。
やっぱり痛い話題だったみたいでアッキーは黙り込んだ。私への追求もなくなったけど、それから会話が途絶えてる。アッキーが黙ってても気まずくは感じないんだけど、さすがに悪いことしたかなって気にはなった。
「二人してなに黙りこくってるの?」
店内に流れてた音楽も途絶えてたので、ハルちゃんがカウンターから出てきた。ナイスタイミング、ハルちゃん。でも、どうやって答えよう。
「昔、マーティアのボーカルが歌えなくなったことがあったよね?」
アッキーが脈絡のない話を突然始めたもんだからハルちゃんが首を傾げてる。でもアッキーの言ってる出来事が記憶にあるみたいで、ハルちゃんは頷いた。
「十五年くらい前だったわよね、確か。その歳で、よくそんなことまで知ってるわねぇ」
「ハリスの自叙伝を読んだんだ。ハルさんも読んだ?」
アッキーが言ってるハリスっていう人はマーティアってロックバンドのボーカルだった人。そこまでは知ってるけど、自叙伝とかは知らない。でもハルちゃんは知ってるみたいで、アッキーと二人で盛り上がってる。
ハリスが歌えなくなっちゃったのは喉の病気が原因だったみたい。でも病気を克服して、ハリスはまたマーティアに戻って来た。病気に勝てたのは歌が好きだったからだっていうハリスの科白に、アッキーは感動したんだって。でも何で、急にそんなこと話し出したんだろう。
「オレも今、歌えなくて。だから歌えなかった時のハリスの気持ちがよく分かるんだ」
ああ……なるほど、そういう話につながるんだ。アッキーの話を聞いたハルちゃんは無言で、蓄音機に向かった。その後に流れてきたのはマーティアの名曲。アッキーと目で無言の会話をして、ハルちゃんはカウンターに戻って行った。なんか、すごく疎外感を覚えるなぁ。
アッキー、何で歌えなくなっちゃったんだろう。病気……じゃ、ないよね。聞きたいけど、訊いていいのかな。 ……やめとこう。誰にでも触れられたくないことってあるよね。
頬杖ついてるアッキーは目を閉じて、マーティアの名曲に聞き入ってる。指がリズムを刻んでるけど、無意識かな? 鼻歌でも歌いだしそうに気分良さそうにしてるけど、それでもアッキーは歌わない。歌いたいけど、歌えないんだろうなぁ。何でか分からないけど、早く歌えるようになるといいね。