第15話
「おじゃましまーす」
夏休みのとある日、私はアッキーの家の玄関をくぐった。今度はアッキーも一緒だから、追い返されることもなく堂々と。
「おう。まあ、テキトーにくつろいでくれ」
まだ部屋にも通されてないのに、アッキーは面倒そうな表情になりながら言う。アッキーに連れられて二階に上がろうとしたら、あのお兄さんに会っちゃった。
「あれ? 君は確か……」
って言ったきり、私を指差したまま止まってる。名前も記憶にないんだ。面と向かうといい人そうに見えるんだけど、やっぱりちょっと怖いかも。
「そいつとは話さなくていいから。行くぞ」
この間のことを怒ってるのか、アッキーの言い方は身もフタもない。でも私まで同じ態度でいるわけにはいかないから、お兄さんに会釈だけしてアッキーの後に続いた。
アッキーの部屋は、いかにもアッキーの部屋って感じだった。想像通りって言うのかな、ギターが置いてあって、ミュージシャンのポスターが貼ってあって、CDやレコードが山積みになってる。物は多いけど、整頓されてるから散らかってる感じはしない。それに、何だかいい匂いがするなぁ。
「あんま、ジロジロ見んなよ」
アッキーに嫌そうな顔されちゃったけど、見たいよ。あ、M.MのCD。黒桜のポスターもある。ジャン=ジョエルのレコードも目につく所に置いてあるなぁ。しょっちゅう聞いてるのかな?
「あ、アクセサリーがいっぱい」
ガラスのケースに入れられて、シルバーの指輪がズラッと並んでる。ドクロとか羽根とか、デザインも色々。見てるだけで飽きないなぁ。
「いいから、座ってろ。始めるぞ」
部屋の中をうろうろしてたらアッキーに座らされた。私はベッドに腰かけさせてもらったんだけど、アッキーは床に座ってる。アグラをかいて、手にはアコースティックギター。私のリクエスト通り、ジャン=ジョエルの曲が始まった。ライブでも最後に演奏してた、あのバラード。
やっぱりアッキーは上手いなぁ。そうとう弾きこんでるみたい。そうそう、こんな柔らかなメロディに乗せてジャン=ジョエルの甘い歌声が響くんだよね。ライブの感動、思い出しちゃう。
「あれ? 歌ってくれないの?」
アッキーの声を聞くことなく演奏が終わっちゃったから、尋ねてみた。アッキーは脇にギターを置いて小さく首を振る。
「お前の前じゃ歌えない」
「何で?」
「ライブ、一緒に行っただろ? オレが歌っても、ジャン=ジョエルと同じ感動は味あわせてやれないから」
ふうん、そんなもんなんだ? 私にはよく分からないけど、アッキーにはこだわりがあるんだね。でもアッキーの歌、聞きたかったなぁ。あ、そうだ、ジャン=ジョエルはダメでもオリジナルならいいんじゃない?
「あの曲、歌ってよ。この前のライブで最後にやった曲」
曲名知らないからこういう風に言うしかないけど、伝わったかな? あ、伝わってはいるみたい。アッキー、嫌そうな顔してるよ。
「嫌だ。こっぱずかしい」
やっぱりね。アッキーのケチ! ボーカリストがそんなこと言ってどうするのよ。
「あ、分かった。聞きたければライブに来いって言いたいんでしょ?」
「お、おう。そうだ、ライブに来い。ステージでなら聞かせてやる」
笑ってるけどアッキー、なんか照れくさそう。別に照れることじゃないと思うけどなぁ。この前のライブではあんなに気持ち良さそうに歌ってたのに。
「そういえば、ラストの曲を歌ってる時のアッキー、セクシーだったよ。あんまり切なそうな表情するからうっとりしちゃった」
「なっ、バカなこと言ってんじゃねえ!」
本当のこと言っただけなのに怒られた。っていうか、照れたんだね。顔が真っ赤だよ、アッキー。
「見んな、バカ」
あ、またバカって言う。不機嫌そうな表情になってそっぽ向いたけど、アッキーはすぐに大きなため息をついた。
「お前さぁ、あんまりそーゆーこと言うなよ」
「何で?」
「簡単に褒められても嬉しくねえ!」
あ、なるほど。そうだよね、いつもいつも褒められてばっかりじゃ聞き飽きるよね。今度からは控えめに言おう。
「……外、出ようぜ。頭おかしくなってくる」
もう一度深いため息をついて、アッキーは立ち上がった。私としてはもうちょっとギターを聴きたかったけど、アッキーがそう言うなら。
アッキーの家を出た後、アクアで食事をしてから帰ることになった。早めの夕飯だったから店を出たのは六時くらいだったんだけど、アッキーが送ってくれるって言うから甘えちゃった。逃げ回ってたこと、まだ気にしてるのかな? アッキー、優しいよ。
「送ってくれてありがとう」
家の前に着いたからお礼を言うと、アッキーはうちを見上げて眉をひそめてた。何か気になるのかな?
「お前の家、共働き?」
「え? 何で?」
「電気、ついてねーから」
ああ、それを気にしてたんだ。でもうち、共働きじゃないよ。
「今日は両親とも結婚式に行ってるんだ。せっかくだから、ちょっと上がってく?」
「いや、無理」
「何で? 誰もいないから気楽だよ?」
「余計無理だっつーの。ってゆーか、何でその状況で誘うかな」
「うん? アッキー、何て言ったの?」
「誘うなって言ったんだよ! 次そんなこと言ったら容赦しねーからな!」
アッキー、怒って帰っちゃった。せっかく仲直りできたと思ったのに、もう誘うなとか言われちゃったし。うーん、気難しいなぁ。