第14話
アッキーに避けられ続けたまま、ついに夏休みに突入してしまった。ケータイの番号は知ってるけど出てくれなさそうだし、次に顔を合わせるのは休み明けかなぁ。夏休みが終わっても、このままの状態が続いたらやだな。せっかく、友達になれたと思ったのに。
「どうしたの、マチ? せっかくの休みだっていうのに浮かない顔しちゃって」
アイスティーを運んできてくれたハルちゃんが眉根を寄せながら尋ねてきた。休みだっていうのにすることもなくて、最近は毎日のようにハルちゃんのお店に通ってる。この辺をウロついてればアッキーに会えるかなって思いも、ちょっとだけあって。
「ハルちゃーん」
他にお客さんもいなかったから、情けない声を出してみた。ハルちゃんは私の前の空席に座って、話を聞く体勢に入ってくれる。聞いてよ、ハルちゃん。
なかったことにしたのを少しだけ忘れることにして、私は溜まりに溜まった不満をハルちゃんにぶつけた。忘れたことにはしたけど、考えれば考えるほど理不尽じゃない? 何もしてないのに、何でアッキーに避けられなきゃいけないの?
ハルちゃんは真面目に話を聞いてくれていたけど、途中からため息が多くなった。それで、話を聞き終えたところで一言、
「若いうちにしか経験出来ない悩みねぇ」
って、昔を懐かしむような目で言った。ハルちゃん、こっちは切実なんだってば。
「うーん、ねえ、マチ」
「何?」
「マチは、どうしたいの?」
「どう……って?」
「仲直りしたいとか、もう口もききたくないとか、何かしらあるでしょ?」
「前と同じ感じに戻りたい」
「だったら、それを伝えればいいんじゃない? マチを避けるのは、その男の子の勝手。マチが言いたいこと言うのもマチの勝手でしょ?」
そっか、アッキーが勝手なことしてるんだったら私も勝手にすればいいんだ。ハルちゃん、いいこと言うなぁ。さすが大人だね。よーし、そうと決まればこれからお宅訪問だ。家に住所録があるから、調べればアッキーの家なんて一発で分かる……はず。
「ありがとう、ハルちゃん」
ハルちゃんにお礼を言って、それから家に電話をかけた。お母さんに調べてもらったアッキーの住所をメモって、いざ出発。ふーん、アッキーの家はアクアがある隣駅の辺りなんだ。じゃあライブ帰りに送ってもらった時は反対方向だったんだね。悪いことしたかな。
電車に乗って隣駅まで行って、駅前の交番でメモった住所を見せて大体の方角を教えてもらった。バスに乗った方が確実って言われたけど、徒歩二十分だったら歩いて行けるよね。節約のためにも、歩いて行こう。
駅前にはお店が並んでるけど、少し離れると一気に住宅街になる。ふーん、私の住んでる辺りとはまたちょっと違った雰囲気だなぁ。初めての道って新鮮で、楽しいかも。
風景を眺めながら歩いてたら、二十分なんてあっという間だった。この辺りのはずなんだけどなぁ。アクツって表札は……あ、あった。ここがアッキーの家かぁ。
アッキーの家はフツウの一戸建て住宅だった。うちの高校はお金持ちの人が通うようなところじゃないから、皆の家も大体一戸建てかマンションだよね。さて、どうしよう。呼び鈴を鳴らしてもいいけど、まずは電話をかけてみよう。
コール四回、留守番電話につながっちゃった。もう一回かけなおしてみたけど、やっぱり留守番電話。しょっちゅう出歩いてるみたいだから家にいないのかも。でもせっかくここまで来たんだから、ちゃんと留守なのを確かめてから帰りたいよね。
インターホンを鳴らすとすぐ、家の中から反応が返ってきた。男の人の声だ。でも、アッキーの声じゃない。
「どちらさん?」
玄関から顔を出したのは、私たちより年上っぽい男の人。お父さんではなさそうだし、アッキーのお兄さんかな? 訝しがってる様子もなく気軽に話しかけてくれたから、私も話しやすい。
「アッキー……じゃなかった、アキトくんいますか?」
アクツアキトって、何て言いにくい名前なの。アッキーが「アッキーって呼べ」って言ってるのも分かる気がする。
「ああ、『アッキー』ね」
私がいつもの調子で呼んじゃったから、お兄さんらしき人は小さく吹き出した。でもすぐにアッキーを呼んでくれる様子もなくて、観察するような目で私を見てる。
「ところで、君はどこのどなたさん?」
「あ、すいません。私、アキトくんと同じ高校の和泉真知子っていいます」
「ふうん、高校生かぁ。イズミマチコちゃんね。ちょっと待ってて」
そう言い置いて、お兄さんらしき人は玄関を閉めちゃった。しばらく待ってたんだけど、音沙汰なし。あ、あれ?
これって、もしかして帰れってことかな? でも待っててって言われたし、もうちょっと待っててみよう。そう思ったんだけど、それから十分くらい経っても誰も出てこなかった。
……どうしよう。もしかしてアッキー、私と会うの嫌だって言ってるのかな。でもそれなら、さっきのお兄さんらしき人が教えてくれても良さそうだよね。ってことは、やっぱり何か事情があるんだ。待ってろって言われたのに勝手に帰るのも失礼だし、もうちょっと待ってみよう。
…………。
…………。
……どうしようどうしようって思ってるうちに、一時間も経っちゃった。これはさすがに、帰れってことだよね。アッキー……そんなに私と会いたくないんだ。
ものすごく落ち込んで、家に帰った。アミに話を聞いてもらう気力もなかったから、本当にショックだったんだろうなぁ。なんて、他人事みたいに考えてるけどショックだったよ。あんな風に拒否されるなんて、思ってもみなかったから。
夕飯も食べずに部屋で寝転がってたら、七時くらいに電話が鳴った。誰だろう? あ、アッキーだ。 ……どうしよう、出たくない。
ぐずぐずしてるうちに電話、切れちゃった。やっぱり、何か事情があったのかな。でも今電話に出たら、アッキーのこと責めちゃいそう。そんなの嫌だよ。
あ、今度はメール。差出人は……アッキーだ。家の前に……いる!? 今!?
出て来るまで待ってる。家にいないなら電話しろって書いてあったから、思わず家を飛び出しちゃった。そしたらアッキー、本当にいたよ。私が出て来たのを見るなり、アッキーは頭を下げた。
「ごめん」
えっと……これは、何の「ごめん」なんだろう? でも、家の前でこれはちょっと恥ずかしいな。
「あの、アッキー? とりあえず、歩かない?」
促しながら歩き出すとアッキーは素直についてきてくれた。とりあえず歩き出しちゃったけど、どこ行こう。夏だし、浜辺の方にでも行こうかな。
「兄貴から、お前が一時間くらい家の前で待ってたって聞かされて。ほんと、ごめん」
しばらく歩いた後、アッキーはそう言って話を切り出した。あの人、やっぱりお兄さんだったんだ。でも何で、あんなことしたんだろう。
「最近、ファンのヤツが家まで押しかけてきたりすんだよ。それをウザがった兄貴がああやって……」
なるほど、ああやって追い返してるわけね。いい人そうに見せておいて腹黒かも、アッキーのお兄さん。ちゃんと同じ高校だって言ったんだけどなぁ。私もファンの一人だって思われちゃったのかな。
話してるうちに、浜辺に着いた。夜の浜辺ではあちこちで花火の音が聞こえる。夏だね。海風が気持ちいいよ。
「それで、わざわざ家まで来たってことは、やっぱりあのことか?」
言い辛そうにしながら、アッキーが本題を切り出した。そうだ、忘れるとこだった。私、話をするためにアッキーの家まで行ったんじゃない。
「アッキーのバカ」
「は? えっ、いきなり何……」
「あんな風に避けられたら傷つくよ」
「……そうだよな。悪い、どんな顔していいか分からなかったんだ」
いきなりバカって言ったから驚いてたみたいだったけど、今度はしゅんとしちゃった。反省してるのかな? でも、嫌われたわけじゃなくて良かった。
「ねえ、アッキー。あれは事故だって言ってたよね?」
あれって、実際は何が起こったのか知らないんだけど。でもアッキーがキレイさっぱり忘れろって言うから、私はフツウの顔してたのに。言い出したアッキーもそうしてくれなきゃ、困るよ。
「私、気にしてないよ? だからアッキーも気にしないでよ」
「……少しは気にしろよ」
「え? 何?」
「いや、オレが悪かった。もう避けたりしないから許してくれるか? つーか、許せ」
あ、アッキー節復活。そうそう、逃げ回るなんてアッキーらしくないよ。アッキーはエラそうなくらい堂々としてなきゃ。でも、あれだけヘコまされたんだからタダで許してあげるのももったいないよね。
「許してあげてもいいけど、お願い聞いてくれる?」
「……なんだよ。無理なことだったら聞かねーぞ」
月明かりに照らされて、アッキーの嫌そうな顔が見える。でもその表情は「お願い」の内容を伝えると仕方がなさそうなものに変わった。