第13話
アッキーに考えとけって言われてからどうしようかなって思ってたんだけど、私が出した結論は「遊園地に行きたい」だった。前にアミとトモくんと四人で行ったことがあるから知ってるんだけど、アッキーって絶叫系もホラーも大丈夫なんだよね。私はどっちも好きなんだけどこの二つは好き嫌いがあるから、両方好きって人は珍しい。だからアッキーが一緒なら、遊園地が二度おいしいんだよね。
ということで、私たちはまたいつかの遊園地に行った。今度は二人でだったけど、待ち時間が苦にならないくらい楽しい。
「次、もう一回ジェットコースター乗ろうぜ」
アッキーがはしゃぎながら、ジェットコースターを指差してる。もう五回目くらいだけど、私も全然余裕。むしろ、まだまだいける!
三十分くらい待ってジェットコースターに乗ってから、今度はオバケ屋敷に行くことにした。ここの遊園地のオバケ屋敷、凝ったつくりで有名なんだよね。前回来た時はトモくんがダメだったから入れなかったんだけど、すごく楽しみ。
校舎の形をしてるオバケ屋敷の廊下を、並んで歩く。オバケ屋敷全体が塀とかで囲まれてるから、内部は懐中電灯がないと進めないくらい暗い。うん、本格的。どんなシカケがあるのか、楽しみだなぁ。
「……楽しそうだな」
私より少し先を歩いてるアッキーが呆れ顔で振り返る。だって、楽しいもん。
「アッキーだって楽しそうだよ?」
「まあな。好きなんだよ、こーゆーの」
うんうん。アッキー、遊園地とか縁日とか好きそうだもんね。お祭り男って感じ。
一時間くらいかけて回るオバケ屋敷は本当に楽しくて、私とアッキーは常に笑いっぱなしだった。ふつうは恐怖を求めて入るもんなんだろうけど、私たちの場合はビックリすることが笑いに変わっちゃうんだよね。笑いながら出てきた私たちを見て、遊園地の係りの人が訝しそうな顔してた。怖がってなくてごめんなさい。
「さーて、次がラストか?」
そろそろ日が傾いてきたから、アッキーがそう言った。そうだね、時間的にもそんな感じだよね。最後は何がいいかなぁ。
遊園地の外れにあるオバケ屋敷から中央の方に向かって歩いてたんだけど、観覧車が目に飛び込んできた。私が足を止めたからアッキーも立ち止まって、同じものを見上げてる。たぶん、考えてることも同じだと思う。
「いっとくか?」
苦笑いをしながらアッキーが振り返った。あ、やっぱり同じこと考えてたんだ。私とアッキーで乗ったところでムーディーな雰囲気にはならないだろうけど、それもいいかもね。
今度は一時間くらい列に並んで、私たちは観覧車に乗った。少しずつ、ゆっくりと、地上が遠ざかって行く。やっぱりこの乗り物、揺れるなぁ。
「今日はすげー楽しかった」
これが最後だからなのか、アッキーが気の早いことを言い出した。うん、私もすごく楽しかったよ。また誘ったら、アッキー遊んでくれるかなぁ?
「何だよ? 何か言いたいなら言っとけ。聞くだけ聞いてやるから」
エラそう! でもアッキー、ちょっと照れてる。そんな顔されたら憎めないじゃん。
「また誘ったら一緒に来てくれるかなって思ってただけ」
「おう、誘ってみろ。ヒマだったら付き合ってやる」
またエラそうなこと言ってるけど、半笑いだよ。きっとアッキーの周りにも絶叫系とオバヤ屋敷の両方が好きな人っていないんだね。よしよし、私が付き合ってあげましょう。
「そういえばさ、トモくんって結局アミに告白しなかったの?」
夕暮れの観覧車に揺られてると前に来た時のこと思い出しちゃって、アッキーにそれとなく聞いてみた。そしたらアッキーは驚いたように目を丸くしてる。
「お前、横田から何も聞いてないのか?」
「え、うん」
「それにしたって……気付くだろ、フツウ。あんだけ一緒にいたんだから」
「ってことは、やっぱり告白はしたの?」
「した。で、フラれた」
「あ、そ、そう……」
何か、悪いこと聞いちゃったかな。ごめんね、トモくん。
「あんだけぎこちなかったのに、本当にまったく気付かなかったのか?」
「うん……」
「……そうとうな鈍感だな、おい」
「うう……」
アッキーに呆れたため息をつかれちゃった。あの二人、そんなにぎこちなかったっけ? 遊園地に行った後も全然フツウに見えたけど……。
それきり何となく会話が途切れちゃって、無言のまま観覧車を降りた。アミとトモくんの話、しない方が良かったかな。アッキー、黙ったままだけど何考えてるんだろう。
「……その上目遣い、ヤメロ」
突然、アッキーが口を開いた。でも上目遣いって……そんなつもりで見てたわけじゃないんだけど。
「アッキーの方が背が高いんだから仕方ないじゃん」
「に、しても、もうちょっと見方ってもんがあるだろーが」
アッキー、なんか恥ずかしそうだけど何で? バンドマンのくせに見られるのが嫌なのかな?
「アゴを引くな。顔上げろ」
またイチャモンつける〜。それなら、顔を上げて見ればいいのね?
言われた通り、立ち止まって顔を上げて、アッキーを見た。アッキーの背後には夏の夕暮れが広がっていて、キレイ。ああ、この時期のこの時間帯って気持ちいいなぁ。この遊園地は山の中にあるから、余計に空気がいい。
アッキーがいることも忘れて思わず目を閉じたら唇に何か柔らかいものが触れた。えっ、今の、何?
ビックリして目を開けたら、アッキーも何故かビックリしてた。何でアッキーまでビックリしてるの? 今、何が起こったの?
「っ、バカ!! 目閉じんな!!」
お、怒られた。えーっと、どうしよう。とりあえず、何か言った方がいいかな?
「あの、今……」
「事故だ、事故! キレイさっぱり忘れろ!」
そう言ってアッキーはそっぽ向いちゃったけど、私はどうしたらいいんだろう。せめて何が起きたのか説明してよ〜。
「帰るぞ!!」
怒ったまんま、アッキーは一人で歩き出した。これは、何が起きたのか説明してくれそうもないなぁ。しょうがない、アッキーの言う通りキレイさっぱり忘れるか。
アッキーと二人で出かけた遊園地で起こったハプニングを、私の方は言われた通りなかったことにした。でも言いだしっぺのアッキーはなかったことに出来なかったらしくて、あの日から徹底的に避けられてる。私の顔を見るなり逃げ出すんだもん、それはないでしょ。
「マチ、アッキーと何かあったの?」
アッキーがあんまりにも私を避けるから、アミにそんなこと聞かれちゃったよ。でも何もなかったことになってるんだから、何もないって言うしかない。
「何もないよー」
「そのわりには、アッキーに避けられてるみたいだけど」
「そんなの、私の方が聞きたいって」
もしかして……って思わないこともないけど、実際に何が起きたのか私は知らない。それに「もしかして」ってことをアッキーがする理由が分からない。どっちにしろ「何で?」だよ。
「あ、そうそう。この前、マチが言ってたジャン=ジョエルの曲、アッキーが聞かせてくれたよ。その時にマチのこと避けてない?って聞いてみたんだけど、避けてなんかねーよって怒られちゃった」
でも絶対、避けてるよね? って、アミが言う。うう、ジャン=ジョエルの弾き語りやったんだ。聞きたかったなぁ。
「あ、噂をすれば」
不意に、アミが廊下の先を指した。そこにはアッキーと、トモくんやいつものメンバーの姿がある。皆で楽しそうに話をしてたのに、アッキーは私の顔を見るなり口元を引きつらせた。
「じゃ、オレ、用事があるから」
皆に別れを告げて、アッキーは脱兎のごとき勢いで走り去って行く。全然「なかったこと」になってないじゃん! ひどいよ、アッキー。私が何したっていうの。
「絶対逃げてる、よね?」
アミが呆れながら呟いた一言に皆が頷いてる。私は渇いた笑みを浮かべることしか出来なかった。