第12話
ジュライボックスでクラッカージャックがライブをやる日、幸いにもハルちゃんからバイトに入ってくれとは言われなかった。アッキーに脅されたこともあって初めてライブハウスって所に来たけど、けっこう狭いんだね。そんでもって、お客さんがいっぱいいるからギュウギュウ。
「はい、マチ」
一緒に来てたアミがどこからか飲み物を持ってきてくれた。チケットがワンドリンク制だから、この一杯はタダなんだって。知らないことだらけだなぁ。
「今日は前の方には行けそうもないね。マチも初めてだし、後ろの方でまったり見ようか?」
「うん。そうしてくれるとありがたい、かな」
ステージの近くはもうお客さんで埋め尽くされていて、すごい熱気。しかも女の子ばっかり。あの中に割り込んで行くのは勇気がいるなぁ。
「人、多いね。アマチュアバンドばっかりだから、もっと空いてるのかと思った」
「ほとんどがクラッカージャックのファンだよ。ほら、赤いスカーフを腕に巻いてる子が多いでしょ? あれ、アッキーのカラーなんだよ」
「へえ〜。ということは、皆アッキーファン?」
想像してた以上に、アッキーってすごいんだなぁ。あ、よく見れば前にチラシ配りを手伝ってくれた子たちが前列にいる。ああやって、アッキーを待ってるんだ。
アミと話をしてたら急に照明が落とされた。客席が暗くなって、ステージだけスポットライトに照らされてる。そこへ、アッキーが一番乗り。途端に女の子達の悲鳴みたいな声が上がった。す、すごい人気。
演奏はアッキーの雄叫びでスタートした。聞いたことのない、でもノリのいい曲が一番手。お客さんはみんなこの曲を知ってるみたいで、最初からノリにのってる。去年の文化祭でコピーバンドを見た時にも思ったけど、アッキーってお客さんを乗せるのがうまいなぁ。キラキラ、輝いてるよ。
ノリのいい曲が何曲か続いて、それから曲調が一変した。あ、このメロディ。前にアッキーが学校で弾いてた曲だ。そっか、完成したんだね。ノリのいい曲の時は弾けてたお客さんも、バラードの時は静かに聞き入ってる。感情を込めて歌ってるアッキーの表情がすごく切なくて、みんなその雰囲気に呑み込まれちゃってるみたい。アッキー、そんな表情もするんだね。学校では絶対に見せない顔だからドキドキするよ。女の子たちのため息が聞こえてきそう。
聞き入ってるうちに、曲が終わっちゃった。アッキーたちの出番もそれで終わりみたいで、ステージの袖にはけていく。アッキーがいなくなると同時にアミが腕を引いてきた。
「行こう」
まだ次のバンドがいるみたいだったけど、アミはさっさとライブハウスを後にする。でも他のお客さんは誰も出て来ないなぁ。次のバンドも人気あるのかな?
「アッキー、自分の出番じゃなくてもちょくちょく友情出演するから。皆それ期待して、最後まで帰らないんだよ」
私が後ろばっかり気にしてたからか、アミがそう教えてくれた。へえ、そうなんだ。やるなぁ、アッキー。でもアミは見て行かなくていいのかな?
「うちらは裏から楽屋訪問。出待ちファンに封鎖される前に行っとかないと、アッキーに会えないよ」
へ、へえ〜。なるほど、それはすごそうだね。アミってば、ほんと常連さんなんだ。
「で、どうだった? クラッカージャック」
「うん……」
アミの質問に、なんとも煮え切らない返事をしちゃった。知らない曲ばっかりだったけどすぐに溶け込めるメロディで、聞きやすかった。ノリのいい曲は楽しかったし、バラードは胸が苦しくなったよ。でもなんか、アッキーが遠い人になっちゃったみたいで寂しい。前にも同じこと思ったけど、その時よりもずっと自分の気持ちに現実味があった。
「こんばんは〜」
通いなれた様子で、アミが裏口のドアを開ける。そこはすぐ控え室になってたみたいで、ステージ衣装のままのアッキー達がいた。
「お、いらっしゃい」
「あれ? 差し入れは?」
「あ、忘れてた」
アミ、アッキーの他のメンバーとも親しいみたい。関係者みたいに楽しそうに話してる。私は……どうしよう。アッキーにでも声かけてみようかな。そう思って視線を泳がせたら、アッキーとばっちり目が合っちゃった。アッキーが椅子に座ったまま手招きするから、恐る恐る傍に行く。
「来たな」
うっ、アッキー真顔のままだよ。話をするのはあの雨の日以来なんだけど、まだ怒ってるのかな?
「マチー、あたし差し入れ買ってくる」
あ、アミがギターの人と外に行こうとしてる。それなら私も、と思ったんだけど、アッキーに引き止められた。
「お前はこっち来い。話がある」
うう、やっぱりアッキー真顔のままだよ。ステージ衣装でいつもと印象まで違うから知らない人みたい。ああ、置いてかないで、アミ〜。
心の中の叫びも空しく、私はアッキーと二人で別の部屋に行くことになっちゃった。楽屋には外へ続く扉の他に二つドアがあって、アッキーはそのドアの中に入って行く。うう、怖いよぉ。わざわざ二人きりになって、また怒られるのかなぁ?
後ろ手にドアを閉めてから改めて室内を見ると、何か、変な部屋だった。縦長の狭苦しい部屋の中には楽器やら衣装やらが置いてあって、いかにも荷物置き場って感じ。こんな場所で、一体何を話すっていうの?
「ちゃんと見てたか?」
アッキーが口を開いただけで、体が自然と逃げ出しちゃった。挙動不審な私を見てアッキーは眉をひそめてる。
「何だよ? 別に何もしやしねーから、変に警戒すんな」
あ、いや、そういうことじゃなくて……。ああ、もう、早く話を済ませちゃえばいいんだ。とりあえず、アッキーの質問に答えておこう。
「見てたよ。アッキー、別人みたいだった」
「それって褒め言葉か?」
「そうだよ。とーぜんでしょ?」
「まあ、とーぜんだな」
褒め言葉を素直に受け取って、アッキーはニヤッって笑った。あ、いつものアッキースマイル。なんか、ちょっと安心。
「でも、泣いてなかっただろ?」
「そんなカンタンに泣かないよ」
「まだジャン=ジョエルには及ばないか。ま、それもいいだろ」
アッキー、なんかスッキリした顔してるけどジャン=ジョエルと張り合おうと思ってたの? あ、だから「泣かせてやる」だったのかな? なぁんだ、そっか。それなら全然怖くないじゃん。
「一度ステージに立ってるオレを見たら、もう忘れられないだろ?」
「えっ? うん、そうだね」
「……重みのない科白、アリガトウ」
「あ、そんなつもりじゃ……」
軽い気持ちで頷いたわけでもなかったんだけど、確かに口調は軽かったなぁ。もう、アッキーが急に話を振るから対応が追いつかないよ。アッキーも諦めたのか、深いため息をついた。
「まったく、お前の反応にはいちいちヘコまされるぜ」
「えっ、何で?」
「何で、じゃねーだろ。ちっとは名前が売れてきたかと思えばまったく知らないって言われるし、傍にいても完全に無視されるくらい軽い存在だしよ。これじゃ何のために文化祭で歌ったのか分か……」
そこまで言いかけて、アッキーはハッとしたように口をつぐんだ。文化祭って、去年の? そこで何で私が出てくるの?
「……お前、オレが何を口走ったのかまったく分かってねーだろ?」
そ、そんな恨めしげな目で見られても。分からないよぉ。私があわあわしてると、アッキーはまた深いため息をついた。
「ここまでバラしちまったら全部言う。じゃねーとオレがスッキリしない」
アッキーがスッキリしないんだ? それも何か、変な話だね。
「文化祭でエルズを歌ったのも、今日のライブに来いって言ったのも、お前がまったく興味を示さなかったから意地になってたんだよ。初対面でお前にまったく知らないって言われた時、こいつにだけはぜってー認めさせてやるって誓ったから」
ち、誓っちゃったんだ? ということは、やっぱり知らなかったことそうとう気にしてたんだね。ごめんね、アッキー。ウソでもいいから知ってる振りすれば良かったかな? でも、それはそれで失礼だよね。
「今日のライブ、泣くまではいかなくても、ちっとは心動かされたか?」
「それは、もう。カッコ良かったよ、アッキー。学校で見せる顔と全然違うんだね」
「まあ、な。じゃあ、くだらねー意地も今日でおしまいだ」
照れくさそうに頬をかいてるアッキーは私たちの知ってるアッキーだ。きっと今、私とアッキーは本当の友達になれたんだよね? そう思うと何か嬉しいなぁ。
「で、お前、来週の日曜はヒマかよ?」
「え? うん。何で?」
「ずいぶん経っちまったけど、プラチナチケットの礼、させろよ。顔が売れてきちまったからこの辺りじゃまずいけど、どっか遠くなら二人で出かけても大丈夫だろ」
アッキー……相変わらず律儀だなぁ。ライブに行ったのなんて、もう二ヶ月くらい前の話だよ?
「アッキー、マチー、何してんの?」
私の背後でドアを叩く音がして、その後にアミの声も聞こえてきた。私の横を過ぎて行ったアッキーが、行きたい場所考えとけって言い置いてから扉を開ける。うーん、どうしようかな。