第10話
ライブが終わってからもアッキーの上機嫌な日々は続いていた。やっぱり、そうとうジャン=ジョエルが好きだったんだね。パワフルなステージに触発されたのか曲作りも順調らしくて、忙しく動き回ってる。きっとまた、ライブやるんだね。
アッキーが学校外で精力的に動いてるから、自然といつものメンバーで集まる機会も減っちゃった。アッキーってムードメーカーというか、中心的な人なんだよね。だからアッキーがいないと、自然散会みたいな感じになる。私が少し寂しいって思ってる以上に、アミは退屈してるみたいだった。
「あーあ、最近アッキー忙しそうだよね」
目の前のケーキを食べるでもなくフォークでつつきながら、アミがため息をつく。やっぱり、アッキーの存在って大きいんだなぁ。アミにとっては特に、なのかな?
「ライブの準備してるんでしょ? 大変そうだよね」
「まあねー。曲作ったりライブの準備してるアッキーっていいんだけどさぁ、うちらとしてはやっぱり寂しいじゃん?」
うーん、まあ、ねぇ。私たちにとっては友達のアッキーっていうのが大きいけど、ライブを見に来る人たちにとってはクラッカージャックのアッキーだもんね。同じアッキーなのに、違う。なんか、不思議。
「ねえねえ、今度のライブは行くでしょ?」
「うん。突然バイト頼まれたりとかしなければ、行きたい」
「バイト、断ればいいのに」
「そうもいかないよ」
ハルちゃんには色々とお世話になってるから頼まれたら協力したい。まあ私がバイトを優先させようと思うのは給料をもらえるからっていう理由も大きいんだけど。食べ歩きをするにしても洋服を買うにしても、お小遣いだけじゃ全然足りないよ。
あ、バイトと言えば、アミにジャン=ジョエルのライブに行ったって話しなきゃ。私の思い過ごしならいいんだけど、そうじゃなかったらヤキモキしてるはずだもんね。
「今更かもしれないけど、アッキーの機嫌が良かった理由、教えようか?」
「え? 何?」
私が唐突に話を切り出したからか、アミはポカンとしてる。この反応は……どっちだろう。よく分かんないけど、話を始めちゃったからには話しておこうかな。
「アミ、ジャン=ジョエルって知ってる?」
「知らないけど……そういえば、前にもそんなこと言ってたね」
「ジャン=ジョエルってすごく昔のロックスターなんだけど、その人が二十年ぶりくらいに日本公演やったの。この間の日曜日に」
「この間の日曜って……予定があるとか言ってた日?」
「そうそう。アッキーはその人のライブを楽しみにしてたから機嫌が良かったんだよ」
そう教えるとアミは複雑な表情になっちゃった。訝しそうな目をしてるけど、何か聞きたいのかな?
「一緒に行ったの?」
「うん。チケットもらったからアミを誘おうかなって思ってたんだけど、ジャン=ジョエル知らなかったでしょ? だからアッキーに声かけたの」
「あのメール、そういう意味だったんだ? でも、何で黙ってたの?」
「みんな知りたがってたみたいだから言いたかったんだけど、口止めされちゃって。プラチナチケットだったから、誰かに取られるのを心配してたみたい」
ジャン=ジョエルなんて、今の若い人は知らない人の方が多いのにね。でもそんな心配しちゃうほど、アッキーはジャン=ジョエルのライブに行きたかったんだ。そう説明したらアミは呆れたような顔をした。彼女ができたわけじゃないから大丈夫だよって言おうかと思ったけど、さすがにその科白は胸中で留めておいた。
「ジャン=ジョエルって、いつの時代の人?」
「もう六十過ぎてるはずだから、一番売れてたのは二十年か三十年くらい前じゃないかな。興味ある?」
「うん、聞きたい」
「私は持ってないけどアッキーがレコード持ってるって言ってたから、貸してって言えば貸してくれるんじゃない?」
「レコード……」
呟いて、アミは苦笑いを浮かべた。そっか、レコードだけ借りても蓄音機がなきゃ聞けないんだ。うーん、これは盲点。
「あ、そうだ、アッキーなら弾き語り出来るんじゃない?」
「あ、それいい。今度頼んでみよっか?」
「うんうん。私も聞きたい」
「でも、どっちにしろライブ終わってからだよねー。今は忙しそうだし」
残っていたケーキを平らげて、アミはまた憂鬱そうな顔に戻っちゃった。アッキーにかまってもらえないのがそうとう寂しいんだなぁ。やっぱりアミって……いやいや、邪推するのは良くないよね。
喫茶店やレストランをハシゴして春のスイーツを食べ歩いたから、もうおなかいっぱい。アミもそろそろ胸焼けしてきたって言ってたから、帰ることにした。そしたら駅前で、噂の主発見。
「アッキー」
「げっ」
顔を合わせるなり「ゲッ」って何よ。失礼しちゃうなぁ、もう。
「なんだ、お前らか。見付かったのかと思って焦っただろ」
「見付かるって、誰に?」
「うるさい。あっち行け」
邪険に手を振って、アッキーは私たちには見向きもしない。何かから逃げてるみたいに周囲を見回してる。何なんだろう?
「あ、いたいた!」
「アッキー発見!」
駅の方から黄色い声が上がって、女の子達がこっちに向かって走って来た。アッキーはもう一回「げっ」って言って、脱兎のごとく走り去って行く。アッキーがいなくなった私たちの目の前を、女の子の集団が同じくらいの速度で駆け抜けて行った。アッキー、追われてたんだ。
「……忙しそうだね、アッキー」
「最近、人気出てきたからねぇ」
クリスマスライブの後から急にファンが増えたんだって、アミが愚痴みたいに零す。アッキーも行っちゃったところで、私たちも駅で解散した。