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「俺は、小夜子から何が何でもチョコが欲しい」


 最近、彼はヤケクソという言葉を覚えたらしい。


 私は隣で真面目な顔をして、靴箱からスニーカーを取り出す弘樹の横顔を見ていた。

 冷たい鉄製靴箱の扉を閉めようとするが、流石田舎の高校。がっがっと押しても閉まりきらない。これ、無理に閉めると痛い目見るしな。なんて思いから、しっかり閉める事は諦める。



「バレンタインが近いから?」

「うん」


 ローファーを投げるようにして、タイル張りの床に落とす。

 すのこの上で寒い思いをしているのは嫌だったので、とりあえずローファーに足を突っ込んだ。


 そして、よく踏みっぱなしにしているせいで、ずいぶん柔らかくなった踵の部分に指をやり、足をしっかりとローファーの中に定着させる。


 はあ、と息を吐けば(玄関と言えども)校舎の中なのに、白い息が自分から漏れ出したから少し笑えた。

 五時を回っているからか、外はもうずいぶん暗い。それでも、部活の皆々様はまだまだ活動中のようで、少し先の音楽室からはトランペットの音がした。



「弘樹さん、まだ受験残ってるくせに。チョコが、どうだのこうだの言ってる場合じゃないと思いますけど」

「受験残ってるからこそ欲しい」

「……意味、分かんない」


 高校三年生の二月、なんてもんは時々ある登校日にクラスの皆と顔を合わせるだけの月。

 一応登校日なんてかっこつけた名前がついているものの弘樹以外の皆さんは「たのしい近況報告会」という名前の方が合っている気がする。もちろんわたしも。


 寒いね寒いね、なんて言いながら冷えるつま先を時々手で温めながら弘樹以外の皆が参加する卒業式の予行練習。イン古びた体育館。


 一学年の人数が三桁に満たない田舎高校。

 まぁ、近くの高校が最近廃校になっただのどうだので、人は増えた方だけど。


 その中でまだ受験勉強をしているのは、弘樹のみ。

 近くにちゃんとした塾や予備校もないから、彼の頼りはもっぱら学校の先生たち。

 先生たちも先生たちで、頭がよく聞き分けの良い生徒に勉強を教えるのは楽しいんだろうか。

 都会の高校から転勤になってやってきた。なんていう先生は、前の学校でいかに自分が生徒の成績に革命を起こしたかなんていう自慢を何度も何度も弘樹に話しながら勉強を教えている。

 あの武勇伝聞くの、いい加減うんざりしないの。なんていう私からの質問にも「教えてもらってる身分なんだから、武勇伝くらい聞くよ」なんて弘樹は小さく微笑むだけ。ずいぶんできた人間である。


 先生たちは、この田舎高校から国公立大学への合格者を出す事に必死になっている。というよりは、こののんびりとし過ぎた田舎の中で、ちょっとした張り合いと受験に伴うスリル感を味わう為に弘樹に勉強を教えている。の方が正しいような気がした。担任の先生はさすがに真剣だったけれども。



 少しかび臭い、職員室。

 その一角にある、皮のはがれかけた古びた黒のソファーとその前にある木の机。

 おそらく、接待用のものなんだろうけどこの田舎高校に接待するべき人などはあまり訪れないらしく。弘樹はいつもそこで勉強をしていた。

 石油ストーブも、先生方のご厚意により弘樹の近くに。


 そして私も六限目が終わって家に帰るまでの間、参考書を見ながらただ黙々と勉強をしている弘樹と、机を挟んで向かい合うようにして同じ形のソファーに体をもたげさせていた。



 弘樹が勉強してるなら、先に帰る。部活ももう引退したし。なんて事を弘樹に告げた次の日。私は担任の先生に呼び出された。

 先生を見ればこの田舎高校の教職員方を、呆れとちょっとした笑いに引き込んだ「大富豪の嫁になりたい事件」の時と同じような顔をしていた。


 先生が言ったのはこう。


 お前、森と一緒に帰れ。森の勉強が終わるまでそこで待ってろ。

 あいつな。お前の母親と『小夜子と一緒に帰る』って昔約束したから、小夜子が帰るなら俺も帰らないと。って笑顔で言い張るから。



 センセー、弘樹くんはね。正直ほんとに頭がいいし、なにより自分で勉強の仕方を分かっている人間なんで別に職員室で勉強しなくたっていいと思いますよ。

 それに、先生には秘密にしてますけど。彼、家に「進研セミ」っていう愛人もいますからね。なんて言いたかったけど。

 まぁ、ただ弘樹が勉強しているのを眺めている。そんな無為な時間があってもいいんじゃないの。なんて思った自分が先生の言葉に「分かりました」なんて言ったせいで、私は学校の職員室で、勉強する弘樹を前にドラゴンボールを読破するはめになった。




 今日も、私たちが寒さに凍えながらクッソどうでもいい卒業式の予行練習なんか行っているなか、彼は職員室でぬくぬくとしながら勉強をしていた様子である。

 都会の人から見れば、ひとりだけのんびり勉強しているなんて贔屓だ。なんて思うかもしれない。

 しかし、田舎の学校というものには割と本気で「常識」というものが欠如しているもんで。

 小学校時代、一時間目が国語でも雪が降れば「雪遊び」に時間割変更されるような適当さで生きてきた人間たちからすれば、弘樹の特別扱いなんて割とどうでもいいのだ。自分に害さえなければ。



 もうバカじゃないんだから、こんなに練習しなくても本番でポカしたりしないよ。なんて思いつつも、行われる起立・礼の練習。

 まったくこの予行練習に参加していない弘樹が、本番間違ったタイミングで立ち上がれば面白いのに。なんて赤い頬をしている弘樹を見てぼんやり、そう思った。


 ぎい、と古びた校舎の扉を押せば冷たい風が私と弘樹の間を通り抜ける。

 ほんとに、田舎なのに雪はあんまり積もらないって少しおかしいよね。なんて思いながら私は足をすすめた。



「去年あんた、びっくりするくらいチョコもらってなかったっけー」

「もらってたね、おいしかったよ」

「味の感想聞いてるわけじゃないんだけど!」


 ざっと足を止めた後、弘樹に向かい合うようにして立ってぐぐぐと彼のマフラーを引っ張ってみる。

 ははは、首締まって死んじゃう。なんて彼はくっきりとした目を細めて笑った。



 むかしは。弘樹と向き合って立っても、ただイケメンだな~こいつ。くらいにしか思ってなかった。

 ただ、今は。少し背伸びして、唇を奪ってしまいたいな、と思う。わたし、ちょっとどうかしてるかもしれないな。なんて思いながらまた家に向かって足を進める。



 森弘樹。

 ずっと、ただの格好いい幼馴染だと思っていた。恋愛対象なんかじゃなかった。

 それでも「俺はずっと小夜子の事が好きだったんだよ」なんて笑みを浮かべながら言われれば流石に動揺する。



 告白を受けた日、布団の中で脳内小夜子っちが出した結論は。

 「あんたとキスしてる所までは想像できる。ただ、おセックスまでいたせるであろうか?」

 なんてものであった。ナマナマしいって?許してくれ、私も一応十代のオンナノコ(性教育済み)なのよ。



 これが、友情と愛情のボーダーラインなのでは。なんてポエミーな事を考えていた私。

 次の日に「弘樹と、なんていうか、その、恋愛したりいろいろしたりっていうのが想像できない」なんて言ったものの。



 「想像できないなら、一回試してみようよ」

 返ってきたお返事はこれ。つまりは「とにかく俺と付き合え」なんていう意味。





「小夜子」

「なに」

「今日、寒いね」

「……だね」


 たぶん付き合ってるんだと思う。たぶん。

 部活をやっている時はジャージなんかが詰まっていたエナメルバックも、今はもう詰めるものが少なすぎて。

 リュックに変えてみたんだけど何だか落ち着かない。カバンの部分がずっとケツに当たっていてリュックに痴漢されてるみたい。なんて言えば弘樹は笑っていた。



 校門の近くにいた、下級生の子が弘樹の事を目で追っていく。前までは、モテてる奴はいーね。なんて無責任に言えたもんだが。



「小夜子」

「はいよ」

「チョコちょうだい」

「そういうの、自分から申告してくるものじゃないよ」

「……いいじゃん、別に」


 マフラーに顔をうずめた彼が、すこし拗ねた表情を見せる。

 ただの幼馴染だった時には見せなかった表情。私は、何かが胸からこみあげてくるような気分になって「ん゛」なんて言いながら唇をかんでしまいたくなる。



「チョコって言いましても、世の中にはいろんな種類があるわけですが」

「ガトーショコラ、あれ美味しかった」

「……料理もできない私に、そんなハイレベルなもん求めないでよ」

「料理できるのと、お菓子が作れるのは違うと思うけどな。だって女の子って皆お菓子作るの上手だし」

「毎年毎年、凄い量のチョコをもらってる人は違いますねぇ」


 この学校の人間は、森弘樹に年貢としてチョコでも収めてんのか?というレベルで渡されるチョコ。

 同い年の子たちは、いつだって「森くんは、あげれば絶対に喜んでくれるし、他の男子と違って素直にありがとうって言ってくれるし、ホワイトデーのお返しもしっかりしているからグッド」なんて評価していた。

 しかし、なんで同い年の子たちはラッピングに力を込めまくる年下の子たちと違って、タッパーでおすそ分け感覚なんだろう。なんて去年までの私は思っていた。



「いや、森君が小夜子の事好きだからに決まってるじゃん」


 なんて呆れたような表情を浮かべて、卒業式の予行練習中に言われた時はさすがに目を見開いた。


 いや、弘樹が私の事好きって知ってたの。と聞けば。

 いや、普通に見てたら誰だって分かるから。気づいてないの、あんただけなんじゃないのってレベルだった。なんて返ってくる。

 前の長椅子に座っていた男子がちょっと振り向いた後に「弘樹もお気の毒に」なんてわざとらしく笑っていたから、自分のバカっぷりが恥ずかしい。



「……ガトーショコラ……ねぇ。まぁ、考えとくよ」

「うん。ありがとう」


 そうやって、貰うのを大前提で笑うのやめてくれ。

 なんて思いつつも、家に帰った私はすぐにウィキペディアならぬママペディアに「ガトーショコラってどうやって作るの」なんて尋ねるのだが。







「まっっっっず」


 世の中で一番率直な意見を言ってくる人間って誰か知ってる?

 答え:デリカシーのねぇ兄弟。


 私の姉は、私の作り上げたガトーショコラっぽいものを口に含んだ後大きく顔を歪めてそう言った。

 キッチンに立ち込める甘い匂い。良いぐらいに焼けた。と自分では思っていたものの、どうにもガトーショコラ界では焼き過ぎの分類に入ってしまうらしい。

 コーヒーを片手に「まっず」「なにこれパサパサ」「小夜子、あんたちゃんと時間考えて焼いたの?」なんて説教されれば、流石にちょっとムスっとしてしまう。



「まずいなら、あげるのやめとこう……」

「あげるって誰に?」

「え、……女の子のみんな」

「もう学校ないでしょ」

「……」

「ヒロか」

「……」

「ふうん、小夜子もようやくちゃんと作って渡す気になったんだ。まずいけど」

「……うるさいな」


 毎年毎年、男子に配るチョコが小学校時代からずっと十円玉チョコであった為、私の二月のあだ名は「十円玉」であった。

 ほとんどの男子から、ホワイトデーにお返しは望めなかったが、笑いながら本物の十円玉を返してくれる男子もいた。

 ……まぁあの弘樹大先生はいつだって百倍返しくらいしてくれていたけど。



「まずいなら、余った板チョコそのままあげるからいい」

「……なんでもいいんじゃないの。ヒロならこっちあげた方が喜びそうだけどね」

「あいつ、残飯処理機じゃないよ」

「まぁ、あんたの自由にすればぁ~?」


 デリカシーもないし、無責任。年の近い姉なんてそんなもんだ。



 ちょっとその気になって、付けていたエプロンを外してみる。

 そして焼きあがったガトーショコラ(っぽい何か)を口に含んでみる。

 うん。水分が欲しくなるね。なんて感想が頭に浮かんだ。


 どうしようかね、これ。

 お父さんにでもあげるか。なんて思っていれば弘樹ガチ勢の母親がすでに鼻歌交じりにラッピングを開始しており「今から渡してきなさい」なんて笑顔でそう言った。

 なお、バレンタインは男子にチョコをあげなければいけないという強制イベントではないはずである。


 透明な袋の中に入った、私の作ったガトーショコラもどき。

 母が「ちょっと待って!リボンもつけてあげる!」なんて言いながらリボンと鉛筆を持ってきた。なんで娘より気合い十分なの?



 なんだかちょっと謎のむかつきを感じながら、部屋に戻ってスマホのホームボタンを押す。

 画面に映し出されるのは「2月14日」なんていう文字。今日は日曜日だから、弘樹は家で勉強しているだろう。時計を見れば、十二時半過ぎ。ちょうどご飯も食べて休憩なんかしている時間なんじゃないだろうか。



「いまひま?」


 そんなひらがな四文字を送れば「いまひま」なんて言葉がこだまで返ってくる。

 画面越しにちょっと笑っている弘樹の顔が想像できて、眉が下がる。


 ええっと、なんて打とうかな。なんて今さら迷う自分のバカっぷり。

 すると「今から小夜子の家行こうか?」なんてバレンタインのチョコをもらう気マンマンであろう彼からのメッセージが届いた。


「いい、私がそっちまで行く」


 そう送ったのは、弘樹のお勉強タイムの邪魔をしては悪いから。

 そして何よりも、うちの家族がにやにや笑いながら玄関から私と弘樹の様子をのぞいて居る、そんな姿がすんなり想像できてしまったからだ。





 弘樹の家は、ここら辺の田舎っぽい街並みから若干浮いた綺麗な一戸建て。

 母の話によれば、弘樹パパの実家がこの近くにあり、弘樹が生まれてすぐこっちに引っ越してきたそうな。


 田舎、というものは閉鎖的なものであり新しく入ってくる人をあまり好まない。

 弘樹のパパがこの辺り出身であり、実家も近くであったから良かったけれど。こんな田舎には似つかないキレイでスタイリッシュな家が「田舎に住んでみたくて~」なんていう都会貴族様様のお宅であれば、疎まれていたに違いない。



 「MORI」とかかれたプレートの下にあるインターホンを押す。

 押せば、中からの返答の前に弘樹が玄関の扉を押して外に出てきた。ユニケロのざっくりとしたカーディガンに、すっとした黒のズボン。あんたが着ると、ほんとなんでも「それっぽく」見えるからいいよね。なんて思いながら私はちょっとマフラーに口をうずめる。



「寒くない?」


 私を見るなり、まずそう言う弘樹。

 弘樹はおそらく、やさしさ半分思いやり半分で構成されていて。ほんとに良い人間過ぎてくらくらする。


 そんな時、弘樹の目線が私の右手にやってきている事に気づいた。

 私は、弘樹の時間を「ええっと……」なんてもじもじテレテレチョコ渡せないタイムとして利用する訳にはいかない。なんていう考えからラッピングされたチョコをそのままカバンに入れる事なく手で持ってきたのだ。



「チョコを作りました」


 なんで敬語?



「ガトーショコラ、まずいから食べなくていい」


 じゃあなんで持ってきた?



 脳内セルフ突っ込みが大変やかましいが、弘樹はチョコを受け取ると「ありがとう、嬉しい」なんて噛みしめるようにつぶやいた。



「……じゃ」


 そう言ってダッシュで逃げようと思ったのに、弘樹は私のコートの裾をぐっと掴む。

 見れば、恐ろしく優しい笑顔を浮かべている弘樹がいる。

 小学校の学級会で男子VS女子のどろどろ口合戦が勃発した時。学級委員のくせに口合戦を止めたりせず、黒板の前で楽しそうににこにこ笑っていたあの時の笑顔と同じだ。



「食べた感想言いたいから、家入りなよ。姉貴の作ったケーキもあるし、小夜子はそっち食べてたらいい」

「いいよ。勉強の邪魔になるから帰る」

「家、誰もいないから大丈夫」


 なにこの会話のドッチボール感。

 目の前の男をじっと見るのがいやで、何故か近くにあった彼の家の郵便受けに目をやる。

 そして気づいた。なにやら可愛い柄の袋の端っこが、郵便受けから少しだけ出ている事に。


 ああ、なるほどね。今日日曜日だから。

 弘樹に直接渡せなかった子が、弘樹の家の郵便受けにチョコを突っ込んでおいたのか。

 私の目線に気づいたらしい弘樹は「あ、チョコやっぱり入ってた」なんて呑気に言っている。どうにも彼の家では恒例行事の模様。



「……私のチョコより、そっちの方が百倍くらい美味しいよ」

「そうかな。食べてみないと分からないけど」

「……ほんと、モテるね」

「うん。ありがたいね」


 この男の本当にモテる理由はこういう所であると思う。

 この男は、私だけに優しいんじゃない。誰にだってびっくりするくらい優しいのだ。

 バレンタインのチョコに名前が書いてあれば、ホワイトデーにはちゃんとお返しを手渡しして。ありがとう。美味しかったよ。ちゃんとしたお返しじゃなくてごめんね。なんて言いながら買ってきたチョコレートを手渡す。



 たぶんこの男は変わらない。

 この郵便受けに入っているチョコを捨てたりしない。私以外のチョコなんかいらない。なんて言ったりしない。

 ちゃんと全部食べて。ちゃんと全部お返しを買って。ちゃんと全員に「ありがとう」ってお礼を言う。



「弘樹」

「うん」

「ほんと、そのガトーショコラまずいよ」

「そこまでハードル下げなくても」

「うちのねーちゃん、食べるなり言ったのが『まっっっっず』だよ」

「……覚悟して食すよ」

「ほんとに美味しくないから。……だから、これでチャラにして」


 そう言って、ぎゅうっと弘樹の体に抱き付いてみる。

 家に帰ったら、あの鈍器みたいに分厚い「家庭の医学」なんていう辞書で「バレンタイン症候群」なんていう病気がないか探してみよう。


 絶対あるに決まってるよね。

 だってこんなに大胆な事、したことない。

 こんなに胸、ドキドキしたことない。


 彼のカーディガンの肩辺りの生地をぎゅうっと握りながら。顔は鎖骨あたりに付けて。

 数秒後には、私の背中に彼の腕が回ってきて、より、ぎゅうっと体が寄せられる。



「まだ食べてないけど、これだけじゃチャラにできない気がする」


 どれだけまずい予想されてるんだ、私のガトーショコラよ。

 おいおい、なんて思ってちょっと顔をあげれば、唇が重なった。

 キスしながら息ってどうやってするの?目って開ければいいの、閉じればいいの?

 と、いうより鼻ちょっと邪魔じゃない?


 そんな事をぐるぐる考えた数秒間であった。



 唇が離れた後、私の中にあふれ出すのはうわああああああと叫んで走って逃げたくなる衝動。



「……小夜子、部屋おいで」

「い、いいよ。ほんと、邪魔になるから勉強の!」


 でました、謎の倒置法。

 なんであんたはそんなに余裕たっぷりなの?むかつく。なんて思いながら。それでもまだ離れられずにいれば、弘樹はまた私を抱きしめる力を強くした。



「ホワイトデー、どうしよう」

「……」

「今まで小夜子がくれてたのって、十円玉チョコだった」

「……うん。あんな安物なのにいつも百倍くらいのお返しくれてたもんね」

「これの百倍返しって、無理な気がする」

「……」

「油田、掘り当てるしかないかな……」


 そんな事を呟く彼。

 明日のお昼、また私の担任から「お前、森に何吹き込んだ」なんて苦情の電話が入ってくる予感しかしないよ。




 まぁ、そんな予想通り次の日のお昼。私の家の電話は鳴り響いた。

 表示される番号にちょっと眉を寄せ、電話を取った後、言われたのは「よくやった」なんていう一言のみだった。


 よくやった。その一言が一体なにを表すのかはちょっと分からなかったけど。

 いつもの通り職員室で勉強する彼は、大層ご機嫌な様子であったのであろう。

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